嬉しいと寂しいは、ちょっと似てる。

見て〜パパ〜!とキラッキラの笑顔な娘。補助輪を外して3回ほど練習すると親が心配になるくらいの運動音痴そうな娘でも小さい自転車をふんふん漕いでグイグイ進んでいる。

息子の時は拍子抜けするくらい初動で乗りこなし、あれ?お父さんってもっとサポートしたりでやっと乗れるようになって一緒に感動するみたいなシナリオじゃないの?とあっけにとられていたが、子供によって違うのだな。娘は絵に描いたように上手く乗れず、兄がスムーズに乗れたのを見ていたから「思ってたんと違う!」という感じで最初はこたつの中でシクシク泣いていた。

もうちょっと練習しよっか。っていうと、すごい決意の顔で頷いて、家の前をうろうろ。補助しながらも前にグイグイ進んでいく感じを理解して、少しできるようになった!と笑顔で帰る。あれから2回ほど練習したら、スッと風に乗るように進み出して僕が歩く速度より早く前に前に進んでいった。

少し手前でブレーキをかけて嬉しそうな冒頭の一言である。
悔しかった分、できたときの喜びは大きい。
これで遠くに行けるな〜!東京とか!と京都のど真ん中でいうから父は爆笑してしまって、そうだなーどこまでもいけるなーと笑顔満点で帰宅する。もう夕暮れ時だ。

自転車に乗れたり、絵が上手にかけたり、ピアノが少し弾けるようになったり、そういうとき、子供は喜びをおさえてこちらを見る。親の目を見る。褒めて欲しいとか、すごいね、とかそういうのも大事だけど、それをしっかり見ていてもらうことが、彼らにとってとても大事なことなのかもしれない。

子供たちが少しずつできることが増えていく様子をしっかりと見ていたい。
携帯なんかおいて、その瞬間を焼き付けないと。その瞬間は二度と訪れない。
子供が何かできることが増えるたびに、僕はとても嬉しくなる。
それと同時に少しずつ自立していく後ろ姿を見て、ちょっと寂しくも思う。

自分たちだけでお風呂に入る!とたまにいうようになった。
お風呂にいれるのは僕の役割。いつもお風呂で頭の洗い方、体の洗い方を教えていたら、しっかり自分たちでできるようになっていた。
お風呂から、なんか楽しげな声が聞こえる。風呂上がりの子供たちは嬉しそうに自分たちでできたとニコニコで、嬉し寂しい感情を押し隠す。

こうやって、どんどん自分たちでできていくようになって、大人になる頃には僕ら親が想像できなかったところまでいくのかもしれない。僕らの親もそういう気持ちで今思っているのかもしれない。

嬉しいと寂しいは、ちょっと似てる。
そんなことを教えてもらった。

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まいにちノート2

100個までしかノート作れないことに気づいた。 二冊目ノート。
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