見出し画像

 陶器製の花瓶から顔を出すその花は、とても傲慢に見えた。誰一人自分を貶す者はいないとでも言うかのように、真っ直ぐに上を見つめている。
 そこに、どこから湧いたのかわからない小さな蝿が飛んできた。耳障りな音。蝿はその花の周りをぐるっと一周すると、まるで興味を示さずに去っていった。

 白い花。その小さな花弁の端が、ところ狭しと中心に植え付けられている。何枚も折り重なる花弁の間隔は一見、統制の取れたようでいて、よく目を凝らすとそうではなかった。
 花弁の数は何の数か。魅了された者の数だろうか?こんなに少なくはない。誘惑した者の数だろうか?そんなに少なくはない。
 白い花弁は白く塗られている故に白い。元の色は何色か。薄汚れた茶色。塗りきれない灰色。悪戯のような黄土色。傲慢な花は白く塗られた新しい自分を、それがさも本来の美しさであるかのように胸を張っている。

 どうしてこんなに私を見るのか。どうしてそんなに上を向くのか。だけどどうして、あんなに健気に映るのか。

 花瓶には、気づけば、わずかながらにヒビが入っているようだった。ほんの小さな隙間から、これから水が流れ出るのだろう。少しずつ、少しずつ、それはこの花の幸せを奪い取っていくのだろう。

 花はじっと上を見ている。その姿はどこか遠い過去を思い遣っているようにも見えた。
 野に咲き、雨や風を好きなだけ浴び、虫たちと会話した過去だろうか。
 その花の周囲は同じ花ばかりだったろうか、この花の器量はいかばかりだったろうか。鮮やかな色を見せる隣花に嫉妬したろうか。

 花瓶には一輪しか咲かない。
 上も無ければ下も無く、土も無ければ草も無い。ただ、その首を伸ばし、何を考えても仕方なく、命の消耗を待つのみの、この花。


 小さな蝿は小煩い音をブンブンと鳴らしながら、今度は不意に興味を持ったように花弁に着地した。花の首が揺れる。花弁の間を蝿は跳び、また跳び、出鱈目に脚を出して、動かぬ相手を脅す。
 はらり、はらりと数枚の花弁が机の上に舞い落ちた。

 そのとき、私は自分を愚かしく思った。その邪な思考を恥じた。誰が見ているでも無く赤面した。

 舞い落ちた花弁の裏には突き抜けるように鮮やかな青が居座っていたのだ。
 なんと美しい青。透き通るような、私を見透かすような、突き刺すような青。
 声をあげぬ花は塗られ、その美しさを失ってもまだ、痛みを堪え口を閉ざしていたのだ。

 蝿は何処かへ飛び去ったのだろうか。
 
 部屋には私と花しかいない。

 ゆらゆらと不安定な運動を終えた花は、つんとした澄まし顔で私を見ている。

「なあ、すまなかった」
と、声をかけてみる。
「おまえは……」

 それが聞こえたのか、花はただ黙り、もの悲しげに見上げるばかりだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?