或る怪奇譚

 高貴な依頼人①


 琳城から、荷物は少し大きめの手提げ鞄のみを持つようにとの注文を受けたので、私は他の荷を彼の家に置いてきた。
 琳城自身はといえば珍しくステッキも何も持たず、指を組ませて馬車の窓から遷ろう景色を眺めている。


「さて、もう十分に落ち着いてきたところだ。そうだろ?先刻の質問の絡繰を教えてもらおうじゃないか」
「ああ、あの質問の話だね。一つ目の質問についてはこうです。暗号広告によれば相続の問題が発生し、恐らく差出人はイシュマエルに当たる人物と考えられる」
「待て待て、それは安直すぎやしないか?登場人物で言えばアブラハムがいたじゃないか。それに、そもそも当事者じゃなくて彼らと関係の深い人という可能性もあるだろう」
「いえ、それは無いのです。当事者でないならば、遠回りなことをする必要がない。こんなに手の込んだ新聞を寄越したのですよ、少佐。差出人は周囲に信頼できる人間が殆んどいないという心理状況に追い込まれたのです。当事者であることは確かだ。
 では、差出人はイシュマエルではなくアブラハムなのでしょうか。これも違う。仮にアブラハムが差出人とすると、相続の事件だから亡くなったのはサラということになる。しかしご存知の通り、この国の法律ではサラが亡くなってもハガルが相続に絡むことは無い。つまり、亡くなったのはアブラハムということになり、ハガルとイサクを心配する差出人は父を亡くしたイシュマエルということになる。それで父上が健在かどうかを聞いたのです」
「ううん……成程。続けてくれ」
「今は納得できないことも直にわかりますよ、少佐。2つめの質問はもっと単純です」
「単純?」

「思い出してください。ハガルはエジプト人だった」


 コロンブスの卵。

 真実というものは、それが明かされぬ内は複雑に思えるものである。





 夕方から汽車に乗り、あの忌々しい箱の中で朝を迎えた後、我々は更に馬車で目的地を目指した。もう1時間ほど揺られただろうか。身体は強張っているが、意外にも精神的にはあまり疲れていないようだった。
 別に琳城が一緒に乗っていたから、というわけではない。単に以前より自分に耐性がついただけであろう。

 そろそろ我が友の家に着く頃合である。

「しかし、わからないものだ。様々な友と交友を深めてきたつもりだったが、こうなると自分はこれまで親友の何を見てきたのだろうと思ってしまうよ。下手をすると、今まで積み重ねてきた友情のすべてを信じられなくなる」
「少佐、誰にでも一つや二つ隠したい事はあるものさ。察するに、かの御友人の場合はきっとそうせねばならない理由があったのだろう。親友の貴方にも隠さねばならぬ、その理由が」
「琳城、君も私に何か大事なことを隠してるんじゃあ無いだろうね」

 琳城はどこ吹く風、多少含みを持った笑みを浮かべて首を傾げると、颯爽と邸宅の玄関に向かって歩き始めた。口笛を吹いてすらいる。
 私は御者にチップを渡し、その後に付いて行った。我が友の宅は変わらず立派で、ゴシック調の建築様式が以前訪れたときと同じように荘厳に迎え入れてくれた。

「はい、どちらさまでしょう」

 ノックをすると若い女性の声がした。

「どうも。古物商の野宮、と申します。逢坂様に先日ご注文頂いた品を持って参りました」

 なんだって?
 隣にいる相棒が突然全く訳のわからないことを話し出したため少々困惑したが、彼がしっ、と人差指を立てたので引き下がることにした。どうやら考えがあるようであった。

「……はい……少々お待ちになって」

 少々の間の後、扉がごうん、と音を立て開いた。

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