マガジンのカバー画像

ドイツで考えたこと

22
運営しているクリエイター

記事一覧

Hの災い

ドイツ語の発音はそれほど難しくない。基本的に書いてある文字をローマ字読みすれば良い。 一体いつどこで目にしたのか、ドイツに来てドイツ語を勉強し始めた頃、既に私の頭の中にはそんな文章が刷り込まれていました。英語との付き合いは長いのに、未だにその発音に自信がない私。「ドイツ語の発音は簡単だから」と、最初から完全に甘く考えて勉強し始めたのでしたが、まもなく泣きを見ることになります。 ドイツ長期滞在許可を得るために、私は短期間のうちに一定のレベルのドイツ語を習得しなければなりません

時間の感覚

母がヨーロッパの文学や音楽に強い関心を寄せていたせいか、ヨーロッパは幼い頃から私の身近にありました。大学での専攻は比較政治で、主にヨーロッパの政治・歴史・思想について勉強していました。30代を過ぎたころから、ヨーロッパには度々旅行していました。そのせいか、私はドイツに移住した後も、ドイツという国の文化や習慣などに対し、コペルニクス的転回を強いられるようなカルチャーショックなるものを受けたことはありません。確かに「日本にいる時のようには物事が運ばないのだ」と思うことはあっても、

診断書

1月初め、突然首が痛くなりました。 最初は、単なる「寝違え」だと思っていたのですが、その後1ヶ月を経て良くなるどころかジワジワとひどくなるばかり。ついに昨日は全く下を向くことができなくなり、痛み止めを飲んでも効き目がないことから、医者に行くことにしました。ドイツの医者は日本の歯医者のようにどこも完全予約制なのですが、幸いいつもお世話になっている家庭医は予約なしに受診できる時間帯を設けているので、その時間に行くことにしました。待つこと2時間、ようやく受診できました。予想したと

ドイツ予防接種事情

成人してから予防接種を受けたことがありますか。 私は大学入学以降予防接種を受けたことが一回もありません。もしかしたら、インフルエンザの予防接種に至るまで、義務教育終了後から一切受けていないかもしれません。そもそもいつ最後に予防接種を受けたか記憶にないのです。それでも中学以来インフルエンザに罹患することは一度もなく、いつも「だいたい、インフルエンザの予防接種なんて、宝くじみたいなもんでしょ。たまたま当たれば効くけれど、外れれば注射打たれ損」と大口を叩いていました。ですから、ド

10月はたそがれの国

ドイツの10月から12月にかけては、私が一年で一番好きな季節。木々の葉の色が変わるにつれ、次第に日の照る時間は短くなり、ある日は一日中霧に包まれ、やがてAdvent(待降節)が始まります。そして10月になると必ず読みたくなる本があります。今年も書棚から取り出しました。Rey Bradbury『The October Country』です。この短編集は以下のような散文から始まります。 現在手元にあるのは英語の原著ですが、最初はもちろん和訳を読みました。和訳タイトルは『10月は

辛くなる前に

私の古い友人に、Aという人がいます。 彼はもともと職種は違えど私と同じ職場で働いていました。一年ほど組んで一緒に仕事をしたこともあります。しかし、当時は、もちろん会えば挨拶こそしますが、特別に親しいといった仲ではなく、一緒に仕事をしていても連れ立って昼食を食べに行ったこともなく、同じ会議に出席するために一緒に日帰り出張したとしても、会議が終了すれば建物を出たところで「じゃ」とお互い軽く挨拶して別れる、そんな間柄でした。 私がその仕事を辞めてドイツに渡った時、Aはその少し前

私の木

丘の上に1本聳え立つ桜の古木。 私にとっては道標のような木でした。 春になると真っ白な花を咲かせ、初夏にはサクランボを山のように実らせる。それを摘み取る人がいないのか、いつもそのサクランボは宝石のように道の上を飾っていました。もったいないなあと毎年思いながら、私はその傍を通り過ぎたものです。本当に大好きな木で、春も夏も秋も冬も、カメラを変えフィルムを変え、何度写真を撮ったことか。その数はとても数えきれません。 先日、その木が切り倒されていることに気づきました。2021年6

霧のなか

朝から辺り一面深い霧に包まれた日の午後、近所の森を歩いていたら、同じくらいの年齢の見知らぬ女性と出会しました。目が合ったので挨拶を交わします。こういうことは、この辺りでは珍しいことではありません。そこから話が色々と広がることもあります。天気のこと、物価のこと、もうじきやって来るクリスマスのこと…。彼女とも暫く立ち話をしました。すると、しばらく経ってから彼女が「私の家はすぐ近くなんです。ちょっと寄っていきませんか」と誘います。私に予定はありません。せっかくなのでその言葉に甘え彼

trübe

ドイツ語に「trübe」という語があります。 ハイネがその詩集「Deutschland. Wintermärchen」の冒頭で、このtrübeという語を用いていますが、それにどなたかが「曇った」という訳語を充てていました。辞書を引けば「濁った、くすんだ」などと並び「曇った」と書かれていますから間違いではないのですが、そこから東京あたりの「曇り」を思い浮かべてしまうと、まるで話が違ってきます。 ドイツの人々が天気を「trübe」と形容する時、高層霧(Hochnebel)が一

ミドルネーム

以前、皮膚科に行った時、担当医と名前について話したことがあります。 私の担当医は女性で旧姓をミドルネームとして名前に残しています。彼女がPC画面を見ながら私のカルテに何か入力する傍ら「あなたは旧姓を残さなかったの?」と聞くので、「日本ではミドルネームって基本的にないんです。だからピンとこなくて。何よりもドイツの方は日本の名前を聞き取りにくいから、何かあるたびに綴りを説明しなければなりません。それが面倒なので、何かと手間がかかる日本の名前はファーストネームだけに留めておこうと

外干し

あなたは「ヨーロッパ(南欧を除く)では洗濯ものを外に干さない」と考えていませんか。何をかくそう、私もそう思ってドイツへ移住しました。ところが、10年ドイツに住み、様々な場所を旅して、少なくともドイツでは、そう一概に言い切れないのではないかということに気付きました。 私は駅沿いにある小さな街から更に15分ほど山に登った住宅地に住んでいます。比較的敷地面積に余裕のある家が多く、広い庭付きの家も少なくありません。複数世帯が住む家の上階には、大抵の場合、テーブルと椅子をおいて会食で

大雪

私が住んでいる地域はドイツで最も温暖な地域だと言われています。そのせいか、毎冬雪が降ることはあっても、積もることは殆どありません。私の記憶を辿れば、ドイツ移住前の2010年の冬に大雪が降り、移住後3年間続けてまとまった積雪があった後、約10年ほど長い時間雪が地表に残ることはありませんでした。降ってもすぐにとけてしまうのです。 ですから今回の積雪は本当に久しぶり。雪が止んですぐにカメラを持って外へ飛び出しました。 しかしながら、明日朝の最低気温は-10℃まで下がるものの、明

3年間

画像倉庫にしているFlickr、ここには「silent spring」というタグをつけた写真が何件も保存されています。以下はその写真を見ながら過ぎ去った3年間について、2023年7月に書いた記事です。 久しぶりに写真ブログ(135と120)を更新しようとFlickrに蓄積してある写真を見繕っている時、「silent spring」という自分でつけたタグを発見しました。2020年春先からしばらくの間使用していたタグです。ここまで書けばご想像がつくと思いますが、コロナウィルスが

列車の中の他人

私の髪をいつも切ってくれる美容師さんは日本人です。子供の頃からドイツに住んでいるので、ドイツ語はペラペラ。両親が日本人なので日本語もペラペラ。羨ましいかぎりです。いつも髪を切ってもらう間、彼女と思いっきり日本語で話すことが楽しみの一つにもなっているのですが、そんな彼女が先日こんなことを言っていました。 「日本に行って電車に乗ったりすると、私、なんだか緊張しちゃうんですよね」 え。それどういうことですか。そう訊ねると、彼女は引き続きこんなことを言いました。 「電車の中で隣