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After You’ve Gone [君去しあと]

「アフター・ユーヴ・ゴーン After You've Gone」は、トラッド・ジャズ/スイングの大スタンダード。日本語だとほかに「君去しあと」という訳も与えられている。名曲中の名曲(好きなジャズの曲ベスト5に入るかもしれない)。作曲がターナー・レイトン(Turner Layton)で作詞がヘンリー・クリーマー(Henry Creamer)。1918年に出版され、アル・ジョルソン(Al Jolson)やマリオン・ハリス(Marion Harris)が同年に録音する。最初のジャズの録音が1917年であることに鑑みると、ジャズの録音史とともに歩んできた曲ということになる。

ブロードウェイから火が付きジャズのスタンダードに

いわゆる「アフリカ系アメリカ人が書いて、白人のプレイヤーが有名にした曲」の代表例 (Gioia, 2021, p. 17)。”After You’ve Gone”はまず「ニューヨークで人気になる」(Furia & Lasser, 2006, p.20)。というのも、1916年に"So Long, Letty"というミュージカルがブロードウェイで上演されたが、あまり人気が出なかった。やがて "After You've Gone "がこのミュージカルのレパートリーに加えられると、どこで上演されても大人気となったわけである。その後、前述したようなジョルソンやハリスのようなポピュラーソングのシンガーが録音するようになる。ちなみに、当時はもっとゆっくりなテンポで暗くアレンジされていた。

それから10年ほど経ってから、1927年7月のベッシー・スミス(Bessie Smith)の録音を革切りに、同年10月にソフィー・タッカー(Sophie Tucker)が録音をする。ここではまだダークだけれどもブルージーな雰囲気をまとっている。それでも比較的テンポはゆっくりである。

『シカゴ・トリビューン』の"So Long, Letty"の記事。おしゃれなページづくりである。

曲のテンポが速くなってきたのは、ホットジャズでも人気が出たとき。とくに人気になったのは1935年のテディ・ウィルソン(Teddy Wilson)とジーン・クルーパ(Gene Krupa)を従えたベニー・グッドマン(Benny Goodman)の録音からと言われている(Gioia, 2021)。また、ジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt)が録音したことによってマヌーシュ・ジャズやフレンチ・ジャズでもスタンダードになる。ちなみにビバップではそんなに演奏されないし、現代ジャズの文脈では、まあ無視されるような曲だけどエメット・コーエンがライブで演奏していた。そういった意味で、トラッド・ジャズ/スイングのミュージシャンがよく演奏する曲と言えるだろう。

歌詞はというと、「え?別れるの?え?やめてよ!ほら!おれ泣いてるじゃん!」というナヨナヨしたヴァースを経て、「チクショー!どっか行ったらお前も一人ぼっちになっちまうぞ!悲しさが積もるとき、それを埋めるのは俺だよ?待ってくれ〜!」とコーラスが続く。わたしはこの曲は、トラッド・ジャズの録音でもとくに速い録音が好きなので、こうした風に聴こえる。いずれにせよ、人の弱さを表していて、そういう「業」を描くという意味で、落語に似ているように思う。

作曲をしたターナー・レイトンと作詞をしたヘンリー・クリーマーとのコンビは1917年にはじまって1922年に終わる(Jasen, 2003)。短命ではあったのだけれど60曲以上も書いている。このほかの曲で有名な曲といえば “Down Yonder in New Orleans”だろう。これもスタンダード。コンビじゃないけれど、レイトンが書いた“Dear Old Southland”もスタンダード。レイトン自身にかんする記述はまた別の機会に。

録音

正直好きなものが多すぎて、どれを書いたらよいかわからない。プレイリストの曲数もめちゃくちゃ多い。

Art Tatum Trio (NYC. Jan. 5, 1944)
Art Tatum (Piano); Tiny Grimes (Tenor Guitar), Slam Stewart (Bass)
インスト。アート・テイタムの録音のなかで一番好きなのは、このトリオの時期。アート・テイタムがすでに素晴らしいのに、それにタイニー・グライムスもスラム・スチュワートが加わったら…ヘブン状態である。しかもこのときタイニー・グライムスはギターをはじめて5年とかじゃないか?この録音はアート・テイタムのイントロからすでに素晴らしい。テンポもめっちゃ速い。どこをとっても最高である。

Stuff Smith & His Onyx Club Boys (NYC. March 13, 1936)
Jonah Jones (Trumpet); Stuff Smith (Violin, Vocal), James Sherman (Piano), Bobby Bennett (Guitar), Mack Walker (Bass), Cozy Cole (Drum)
歌あり。この録音も素晴らしい。スイング期のスモール・グループの傑作。ジョナ・ジョーンズが吹くテーマにオブリでからむスタッフ・スミスのバイオリンもかっこいいし、ソロもめちゃくちゃかっこいい。コージー・コールのドラムにもうっとりする。恋人が去ってしまったことをスイングで踊り散らかすようなスタッフ・スミスの歌もいい。これも最高の録音の一つ。

Quintette du Hot Club de France (Gramophone, Paris May 4 1936)
Stéphane Grappelli (Violin); Django Reinhardt (Guitar); Joseph Reinhardt (Guitar), Pierre “Baro” Ferret (Guitar); Lucien Simoens (Bass); Freddy Taylor (Vocal)
歌あり。上のスタッフ・スミスの録音と対になっているのが、ジャンゴ達つまりQHCFの録音。録音時期も近い。この録音のフレディ・テイラーはレイドバックした歌い方をしていて、スタッフ・スミスの方は「チクショーーーー!!!」と歌っているのに対し、レイドバックしている分こちらはわりかし哀愁を感じさせている。

Bill Coleman et son Orchestre (Paris, Nov. 12, 1937)
Bill Coleman (Trumpet), Stephane Grappelli (Violin), Joseph Reinhardt (Guitar), Wilson Myers (Bass), Ted Fields (Drum)
インスト。ビル・コールマンのヨーロッパでの活動の一つ。グラッペリがトランペットとリードを分かち合うのは珍しいのではないか?そんな珍しさを抜きにしても、ここで聴けるグランプリはめちゃくちゃかっこいい。トランペットのあとの2回目のソロとかもうそれはそれはバックドロップを喰らったような衝撃。それとやはりビル・コールマンのトランペットもめちゃくちゃ素晴らしくて最後のソロなんて参加者がみんなで盛り上げている。汗かきます。

Benny Goodman Sextet (NYC. Feb. 4, 1945)
Benny Goodman (Clarinet); Red Norvo (Vibraphone), Teddy Wilson (Piano), Mike Bryan (Guitar), Slam Stewart (Bass), Morey Feld (Drum)
インスト。これはぶち上がりますな。40年代のベニー・グッドマンの録音のなかでも最高のバンドだったのではないか。ベニー・グッドマンはもちろんだけど、レッド・ノーヴォのビブラフォンがもうむちゃくちゃかっこいい。それとやはりスラム・スチュワート。ソロもすごいんだけど、それ以外も緩急あるベースを弾いていてすごくかっこいい。

Little Fats and Swingin’ Hot Shot Party (Tokyo 2013)
Atsushi Little Fats (Tenor Banjo and Cornet); Charlie Yokoyama (Washboard); Dr Koitti One Two Three (Violin); Red Fox Maruyama (Clarinet); Yamaguchi Beat Takashi (Guitar); Doggie Maggie Oguma (Bass); Hajime “Big Fats” Hajime (Piano)
インスト。日本が誇るパーティー・バンドのリトル・ファッツの録音もめちゃくちゃ熱い!アツシさんのコルネットを合図にテンポアップするところとかもうぶち上がりますね。ジャケットの見開きで富士山の前で撮っている写真もかっこいい。

Hot Club du Nax (Innsbruck, Austria September 2017)
Isobel Cope (Vocals); Tomas Novak (Violin); Arian Kindl (Lead Guitar); Lukas Bamesreiter (Rhythm Guitar); Dario Michele Gurrado (Double Bass)
歌あり。オーストリアのマヌーシュ・ジャズ・バンド。最近のバンドだととても好きなバンド。ヴァースと最初のコーラスはゆったりとしたテンポで演奏していて、最初のソロからテンポアップする。それでも落ち着いた演奏でとてもかっこいい。この録音はYouTubeにも上がっていて、これがそのままCDになっている。服もかっこいい。

The Viper Club (Meudon, France 20 June 2023)
Tcha Limberger (Violin/Vocal); Jérôme Etcheberry (Trumpet); Dave Kelbie (Guitar); Sébastien Girardot (Bass)
サッチモ系のトランペット奏者のJérôme Etcheberryと万能超人バイオリンのTcha Limbergerが中心となってスタッフ・スミスのOxny Club時代にゆるく志向しつつもマヌーシュさもある録音。とてもよきよき。

上の助空五郎 (東京[?] September 2022)
上の助空五郎 (Vocal, Ukulele, Spoon); 見谷総一(Percussion); 南勇介(Bass); 和田充弘(Trombone); 照喜名俊典(Trumpet)
元バロンさん、上の助空五郎さんの録音。カルロス・ゴーンが登場。楽しくて笑顔になる録音。

Katherine Whalen's Jazz Squad (Durham 1999)
Katharine Whalen (Vocals); James Mathus (Banjo); Stu Cole (Bass); Ted Zarras (Drums); Mike Minguez (Clarinet); Robert Griffin (Piano); Cecil Johnson (Tenor Saxophone); John Kennedy (Trombone); Je Widenhouse (Trumpet)
90年代後半から2000年代前半のスウィング・リヴァイヴァルの時代の録音。スクウィレル・ナット・ジッパーズSquirrel Nut Zippersに在籍していたキャサリン・ウォーレンの録音。ジッパーズに期待されるようなパンキッシュなジャズはあまりない。ちょっとあやういボーカルが魅力。

Hot Club of Cowtown (Austin Texas, May 10, 11, 12, 200)
Elana James (Fiddle); Whit Smith (Guitar, Vocal); Jake Erwin (Bass)
地元オースティンでのライブの録音。とにかく熱いライブ。どこから言えばいいかわからないけれど最初から最後まですべてが素晴らしい。この録音のすべてが好きなんだけれど、わたしとしてはエラナ・ジェイムズのフィドリングが好きで、2回目のソロは常軌を逸する演奏がなされている。

James P. Johnson's Blue Note Jazzmen (NY March 4 1944)
James P. Johnson (Piano); John Simmons (Bass); Sidney Catlett (Drums); Jimmy Shirley (Guitar); Ben Webster (Tenor Saxophone); Vic Dickenson (Trombone); Sidney De Paris (Trumpet)
いわゆる中間派に位置付けられる録音だと思うのだけれど、40年代の録音も非常によい。録音のどこをとっても素敵としか言えない。たぎる。

まだまだ好きな録音があるんだけど書ききれない。ほんとういつまでも好きな録音を挙げることができるすごい曲だ。

参考文献

Furia, Phillip & Lasser, Michael. (2006). America’s songs: The stories behind the songs of Broadway, Hollywood, and Tin Pan Alley. London: Taylor and Francis.
Gioia, Ted. (2021). The Jazz Standards: A Guide to the Repertoire, 2nd Ed. Oxford: Oxford University Press.
Jasen, A, David. (2003). Tin Pan Alley: An Encyclopaedia of the Golden Age of American Song. London: Routledge.

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