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Big Butter and Egg Man

「ビッグ・バター・アンド・エッグ・マン Big Butter and Egg Man」は1926年にパーシー・ヴェネイブル(Percy Venable)によって書かれたジャズ・ナンバー。ニューオーリンズ・ジャズやシカゴ・スタイルをはじめトラッドジャズのスタンダードとなっている。

ルイ・アームストロングが後述するシカゴの「サンセット・カフェ」の出演者だったときにサッチモとメイ・アリックスに向けて書かれた「キャバレー・スタイルのコミカル」な曲(Brothers 2015 p. 157)。なお、この”big butter and egg man”という表現は、当時のスラングで「個人の成功を決める手段として、無謀な出費と人目につくような消費をすること」を指す(Brothers 2015 p. 219)。

サンセットカフェ

サンセットカフェ(のちにグランド・テラス・カフェと改名)は1921年にシカゴのサウスサイドにできたキャバレー(ジャズ・クラブ)を指す。経営者の一人のジョー・グラサーJoe Glaserはのちにルイ・アームストロングのマネージャーになる。またこのクラブで、フロア・ダイレクターとして雇われていたのが、「ビッグバター」の作曲者のパーシー・ヴェネイブルである。

サンセットは、当時で珍しい「ブラック・アンド・タン black and tan」のジャズ・カフェだった。このブラック・アンド・タンとは、つまり黒人で自由に出入りすることのできる場所を意味する19世紀末から使われたスラングを指す。こうした人種混合の結果、このキャバレーではキャブ・キャロウェイ、アール・ハインズ、マグシー・スパニエ、ジョニー・ドッズ、ビリー・ホリデー、ビックス・バイダーベック、ベニー・グッドマン、エディ・コンドン、エラ・フィッツジェラルドなど数々のミュージシャンが鎬を削った。

このキャバレーの観客は「ほとんどは白人だった」(Kenny 1993 p. 22)と言われることがあるが、黒人と白人の観客が同時にいあわせていたとも言われている(Brothers 2015 p. 204)。クラリネット奏者のバスター・ベイリーは「どこもブラック・アンド・タンだったよ[中略]人種的にって意味で、[シカゴの]サウス・サイドは大丈夫だったんだ」と回顧している(ibid. p. 205)。こうした人種統合がサンセット(や、ほかのシカゴのサウス・サイドのキャバレー)が、ニューヨークのキャバレーに比べて、際立っている点である。

録音

Louis Armstrong and His Hot Five (Chicago, November 16, 1926)
Louis Armstrong (Cornet, Vocal); Kid Ory (Trombone); Johnny Dodds (Clarinet); Lillian Hardin Armstrong (Piano); Johnny St. Cyr (Banjo); Mae Alix (Vocal)
この録音で聴けるコルネットのソロは「最高のソロ」あるいは「スイングの奇跡」とも言われ(ハドロック1984)、多くのミュージシャンにとっても模範となった。実際にルイ・アームストロングのフォロワーの一人だったトランペット奏者のマグシー・スパニエは若手時代に、ステージにいるルイ・アームストロングから「ビッグバター」のソロを吹くように呼びかけられ、完コピしたソロを披露している(Brothers 2015)。

Muggsy Spanier And His Ragtime Band (Chicago July 7 1939)
Muggsy Spanier (Cornet); Bob Casey (Guitar); Marty Greenberg (Drums); George Zack (Piano); Ray McKinstry (Tenor Saxophone); George Brunies (Trombone)
ルイ・アームストロングに心酔していたマグシー・スパニエの録音。シカゴ・スタイルの典型のような録音。つまりアンサンブルとソロの両方に志向した録音。ここではルイ・アームストロングのソロの完コピはまったくしておらず、むしろどのようにスパニエがルイ・アームストロングを聴いたのか、その理解と解釈が示されている。最後のコルネット・ソロの高揚感がすごい!

Wild Bill Davison and His All Star Stompers (NYC July 26 1947)
Wild Bill Davison (Cornet); Edmond Hall (Clarinet); George Foster (Bass); Baby Dodds (Drums); Danny Barker (Guitar); Ralph Sutton (Piano);
ディヴィソンのブロードキャストの録音。まさにホットなシカゴ・スタイル。むちゃくちゃあつい。テンポがはやく、またどのソロもドライブ感があって高揚感がある。

Eddie Condon's Band (Greenwich Village June 2 1952)
Eddie Condon (Guitar); Bob Casey (Bass); Jimmy Archey (Trombone); Edmond Hall (Clarinet); Buzzy Drootin (Drums); Gene Schroeder (Piano); Cutty Cutshall (Trombone); Johnny WIndhurst (Trumpet)
エディ・コンドンのバンドの録音。王道シカゴ・スタイル。ボブ・ケイシーがここではベースを弾いている。スパニエの録音とは違い、ここではヘッドアレンジだけだと思われる。だれがソロを取るのかもその場で決めているようで緊張感もあって素敵。

Ralph Sutton & Ruby Braff (NY 1980[?])
Ralph Sutton (Piano); Ruby Braff (Cornet); Jack Lesberg (Bass); Gus Johnson (Drums)
サッチモ・スタイルのブラフとウォーラー・スタイルのサットンの録音。ブラフのコルネットはレイドバックしていて最初のソロが大変心地よい。その後ろのサットンも美してソロはスイング感が1.5倍増しになる。

Rascal Swing Band (Copenhagen 2012)
Lasse Høj Jakobsen (Violin, Vocal); Jens Christian Kwella (Guitar); Torben Bjørnskov (Bass); Jon Noe (Guitar)
マヌーシュ・ジャズのスタイルをもとに独自のスイングを作っているデンマークのラスカル・スイング・バンド。バイオリンはどちらかといえばホット・ジャズより。

Kevin Conor and Swing 3PO (NY, 2017)
Lamar Lofton (Bass and vocal); Mike Daugherty (Drum and Vocal); Kevin Connor (Banjo and Vocal); David Loomis (Trombone)
さまざまなバンドで活躍しているケヴィン・コナーのバンドの録音。ここではバンジョーを弾いている。ラマー・ロフトンのベース・ソロが素晴らしい。それと全体的にディヴッド・ルーミスのトロンボーンが特徴的。

Alapar (Córdoba, Argentina May 2022)
Mariana Laura Piatti (Vocal); Rodrigo Fernández (Guitar); Guillermo Delfino (Bass); Jorge Gornik (Clarinet, Tenor Saxophone); Francisco F. Castillo (Soprano Saxophone);
アルゼンチンのジャイヴ・バンドのアラパー。歌物としてかっこよく、またゴルニックとカスティーリョのサックスがキレキレ。最近のジャイヴ・バンドだと抜群にかっこいい!

参考文献

Brothers, Thomas. (2015). Louis Armstrong: Master of Modernism. New York: W.W. Norton & Company.
ハドロック, リチャード (1985). 『ジャズ1920年代』(訳: 諸岡敏行). 東京:草思社. 
William Howland Kenney (1993). Chicago Jazz: A Cultural History, 1904-1930. Oxford: Oxford University Press.


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