見出し画像

2/25

箱根。山の中、温泉施設と称し派遣されたのは施設内のコンビニでした。

✳︎

2月25日。ここに来てから一月が経とうとしている。

昼夜は完全に逆転している。
部屋には口を縛ったビニール袋が五つ、縛っていない袋がひとつ。
口を開けたポテトチップスの袋にはまだ少し中身が入っている。昨日、退勤後に開けたもの。
ビールの缶が二つとエナジードリンクの缶が二つ、コーラのペットボトルが二つとお茶のペットボトルがひとつ。全て空。

おとといは休みだった。起床は11時、その後何度か目を閉じ15時頃に身を起こした。起床後読んだ雑誌に「フォレストガンプはいい」と書かれているのをみてフォレストガンプを鑑賞し、妙に締め付けられるような思いがしたので気を紛らわすためにエナジードリンクを飲んでオーシャンズ11を観た。エナジードリンクのせいで寝付くことができず、窓の外がぼうと白み始める頃に眠ることができた。

自分が休んでいたその日は、新しく派遣のひとが訪れる日だった。翌日どんなひとだったか聞いてみたところ、三十代後半の男性とのこと。初日三時間勤務し、休憩が終わった後、戻ってくるなり「僕もうやめますんで」とだけ言い残し帰ってしまったらしい。再びここに来ることは無いとのことだった。

そのことを僕に教えてくれた少し先輩の女性は今日が最後の勤務日だった。三十代男性のことは自分にとっては何も関係が無いしあったとしたらまた夜勤が増えたということくらい。あまり気にならない。けれどその女性がいなくなるのは辛かった。

その女性と初めて会ったのは僕が箱根に派遣社員として飛ばされた二日後だった。職場には年配の方が多く、自分と同年代といっても、二十四歳が最年少で、やはり敬語の抜けない関係だった。しかしその女性は自分と同じ二十歳だという。出身は熊本で既婚ということだった。へえ、と聞き流しその日は業務を終えたのだが、勤務三日目である次の日。彼女から「実は二十歳じゃないしきみより全然年上。熊本出身は嘘で結婚もしたことがない」と告げられた。なぜ嘘をついたのかわからなかったけど、さして気にならなかったし、気軽に話せる相手であることに違いはなかった。

✳︎ 

5月まで勤務すると言っていた彼女から、2月末で熊本に帰らなければならなくなったと言われたのは2月中頃。やっと仕事にも慣れてきた頃だった。着任してから二週間は経っていただろう。彼女は妊娠5週目だった。

✳︎

彼女の最後の出勤日であった今日、僕は22時まで働いた。彼女の退勤時間である20時までになにか話せればなと思っていたけれど、土曜日はひとが多く、19時半頃まで絶え間なく人が並び、その混雑がおさまると同時に休憩にまわされた。休憩が終わりスタッフルームへ行くと彼女は帰る支度をしていた。一言二言話したが内容はあまり憶えてない。はいと渡されたチョコはその日に他のスタッフさんから頂いたものだったそうだが、ありがたく食べた。休憩時間を過ぎていたので短く挨拶を済ませレジに戻り口をゆすいだ。チョコは苦手だったのでしっかりゆすいだ。レジの前でおでんをとっている男性の近くにはふたりの幼い男の子が暇そうにしていた。同じ背丈で同じ顔だった。

レジ脇にはガムボールの入ったガチャガチャがあった。帰り支度を済ませ飲み物をレジに置いた彼女は、ふたりの男の子をみるなり「ガム食べる?」と聞いた。僕はおでんの男性の会計をしていたので、隣の社員さんが彼女の会計を済ませていた。ふたりの男の子はしばらくお互いを見つめ合い、片方は少しもじもじしてから10円玉を受け取りレバーを回した。もう片方は父であろうおでんの男性をちらちらとみてから、許しを得た途端にやや小走りで10円玉を受け取りガムを取り出していた。ふたりとも同じ、オレンジ色のガムボールだった。最後もあまり憶えていない。おでんの会計を終えた頃には彼女の姿はなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?