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自刃剣士vs精神外科医

 ガキン、と響く硬質の金属音。鎧が相手の攻撃を弾き返す、聞き慣れた音。だが、ピシッと鎧にヒビの入る音が、確かにそれに続いた。

 俺の無敵の全身鎧。たった一つの自信の象徴。これまで一度だって傷つけられたことはなかったのに。

「自分が無価値であるということにだけは、絶対の自信がある。そうでしょ?」

 眼前の女の声が耳に纏わりつく。俺は歯を食いしばった。鎧の正体を見破られている。恐らくは、剣の方も。

「自他の境界線が曖昧だから、平然と相手を傷つけられる。あなたの剣は要するに自傷行為の延長線。私には通じないわ。決して踏み込ませない」

 信じられなかった。殺し屋として一流の領域にまで踏み込んだ俺が、自分自身を嫌悪し、拒絶し、どれほど裏世界で名を挙げても自分を認められないでいるなんて、誰にもバレたことはなかったのに。

 だが、負けを認めるわけにはいかない。自分に対する否定と嫌悪だけが、俺のただ一つのアイデンティティであり、最大の武器だ。これが通じないなどと認めてしまえば、俺は本当に終わりだ。

「舐めるなよ。俺の自己嫌悪は絶対の刃で、完璧な鎧だ。どんな標的だって斬り伏せてきた。どんな奴でもだ」

「今日まではね」

 女は、すっと俺の顔に向かって手を伸ばした。あまりに自然な動作。気付いた時には、兜に触れられていた。後ろに飛びのく。

 女の全身が、視界に否応なしに飛び込んで来る。白衣を着た長身の女。短く切り揃えた黒髪。これまで、数多の精神疾患能力者を退けてきた、「精神外科医」の姿だ。

 見透かされているような青い瞳。覗き込んでいると、海の中に沈んでいくような――――。

「ふざけるな! その手に乗るか! 俺はクズだ! 俺は一番よく知ってる!」

 兜を殴りつけ、自信がないという自信を強引に補強する。この無価値さすら無意味にさせてたまるか。

「あなたの自己認識はよくわかった。でも、私はそれに同意出来ないわ」

 精神外科医の次の話術が、既に始まっている。

【続く】

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