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あのスティークを切り開き 第8章「鳥」

 ちょっと長くなるかもしんないから、レオ、トイレ行っといたほうがいいよ。
 大丈夫?えじゃあ俺行ってもいい?ゴメン、ちょっと待ってて。
 ……お待たせ、ゴメンね、話始める感じだったのに。どこから、話そうかな。

 俺はね、ずっと施設に居たんだよ。児童養護施設。いわゆる「物心ついたときから」ってやつ。そこはキリスト教系でね、ご飯の前にお祈りすんの。「父と子と聖霊のみ名によって。アーメン」。別に信仰心はないけど、今でもたまに一人の時とかに、何となくやっちゃうね。
 子どもの頃時々、お祈りするふりして、心の中で「お願い」をしてた。「誰かがお腹いっぱいになって、唐揚げ一つ残って、それが俺に回ってきますように」とか、「明日雨になって、体育の時間は体育館でドッヂボールになりますように」とか。結構叶うんだよ、これが。叶わなかったら、「あーまだお祈りポイント足りてなかったなぁ」って。お祈りでポイント貯めて、ある程度ポイント貯まったらお願い事と交換できるって思ってたの。
 小学6年生の頃、俺はしばらくポイントを貯めて、ひとつ大きい願い事をした。ああいう施設って、小さい子の方が多いんだ。上の学年になるほど、家の問題が片付いたり、親戚が引き取ったりして出ていく。だから、上の学年の子たちあんまりいなくなっちゃって。特に男子が居なかったから、寂しくてさ。
「お兄ちゃんがやって来ますように」
って、お願いした。

 そしたら、中学入学したての頃、本当にお兄ちゃんがやって来たんだ。近くの大学の、ボランティアサークルの人たちが、勉強を教えたり一緒に遊ぶために、定期的に来るようになった。お兄ちゃんはその中に居た。それが、この写真の人。カズマさん、一匹の馬……じゃなくて、馬は一頭か。一頭の馬で一馬さん。
一馬さんは、
「俺かっちゃんって呼ばれてるんだよ。佐藤君はタツミだからたっちゃんだ。タッチみたいだね」
って言ってた。
 レオの世代、タッチって……え、分かるんだ!さすが、名作ー。

 俺は、ずっと「佐藤君」か「タツミ君」か「タツミさん」だから、あだ名付けられるの初めてで、すごい嬉しかった。しかも、お兄ちゃんみたいな、かっちゃんとセットのあだ名で。まあ、お兄ちゃんっつっても俺と背丈同じくらいだし、なんかポヤポヤしてお坊ちゃんぽくて、あんまりお兄ちゃん感はなかったけど。世間知らずな感じの人だった。

 かっちゃんは、週一回夕方に来て、俺ら中学生に勉強を教えてくれてた。いや、教えてくれてたっつーか、まず学習机に向かわせるだけで40分、ノート開かせるまでに10分、ちょっと書いたらタイムアウト、みたいな感じだった。俺と、同室の奴らは、かっちゃんに構って欲しいし、かっちゃんをいじりたいだけだったから。「かっちゃん彼女いんのぉ」とか、「お尻と胸ならどっち派?」とか。
 レオめっちゃ嫌そうな顔したね。まぁそうだよね、嫌なガキだったと思うよ。今はこんなことしないよ?あ、うん当たり前、そう当たり前なんだけどさ。
 でもかっちゃんは、こんな嫌なガキどもをハイハイって適当にあしらいながら、毎週必ず来てくれた。そんで、毎週学習机に向かわせるところから始めて。なんであんなに優しいって言うか、我慢強かったんだろうね。今でも分からない。

「たっちゃん字もっとちゃんと書け。字綺麗だったら、内容微妙でも、いいこと書いてある感じになるから」
 とか、
「頭ん中で考えないで、ちゃんと途中式書け。自分も分かりやすいし、先生にも、こいつここまでは分かってるなって伝わるから」
とか教えてくれて。未だにそれは気をつけてる。計算とかはもうしないけど、考え事する時は、紙とペン用意して、ちょっとずつ考えを書きながら進めたり。

 俺の勝手な感覚だけど、かっちゃんは特に俺のことを気にかけてくれてた、と思う。きっかけはよく分かんないけど、中2の頃かな。俺が当時付き合ってた彼女と別れた話をかっちゃんにしたんだ。
「別れちゃったー、何か俺の友達のこと好きんなっちゃったんだって」
って。そしたらかっちゃんすごいびっくりしてた。何でそんなあっさりしてんだよ、って。
「まー、ややこしくなる前に自分から言ってくれて良かったんじゃん?」
って答えたら、
「たっちゃんは大人だな、すごいな」
って。そっから、結構対等に話するようになった気がする。まぁ、二人とも今の俺からすれば子どもだけどさ。
 かっちゃんは、大学1年の時に出来た彼女とずっと付き合ってたんだけど、結構めんどくさそうな人だった。飲み会とか行く度に、写真撮らせるんだって。浮気してないか証拠写真、みたいな。え?……まぁ、そこまで悪くは言わないでよ。
 そういう付き合い方してるかっちゃんからしたら、俺がアッサリ彼女と別れたのは、大人びてる風に見えたのかもしれないね。

 お小遣いの中から雑誌とか漫画とか買えたから、これ面白いんだよとか、このアーティスト好きなんだよ、みたいな話して。
「たっちゃん、英語出来たら海外アーティスト来た時通訳できるぞ、頑張れ」
「国語けっこう出来るから、いっぱい勉強していっぱい本読んで、漫画の編集者とか目指せ」
 って、夢みたいなこと焚き付けて。俺赤点スレスレだったのにねぇ。目先の勉強はだるいけど、それを積み重ねたら、夢みたいな将来につながるかもよって言いたかったのかな。

 俺が中学を卒業するタイミングで、かっちゃんもサークルを引退することになった。最後に施設に来た時、かっちゃんは先生に、俺が入る定時制高校の入学式の日程を聞いてた。そして、入学式当日、保護者席にスーツ着たかっちゃんが居た。生徒も保護者も、みんな私服なのにさ。照れ臭いけど、嬉しかったよ。施設の他の子のためにはそんなことしない。特別扱いだなって、思うよね、そりゃ。
 その時に撮ったのが、さっきの写真。撮る前にかっちゃんに聞いたんだ。
「彼女、この写真もチェックしたがるかな」
って。かっちゃんはわかんないって言ってたけど、俺は彼女が見た時のために、あっかんベーしてやった。

 高校入ったら、バイトが出来るっていうか、しなきゃいけないんだよね。卒業後自活するために。だから俺も近くの定食屋でバイトして。かっちゃんはそこにもちょいちょい来てくれてた。俺がシフト入ってない時にも、来てたよって何度かお店の人から聞いた。 
 かっちゃんはその頃は大学院に進んで、鳥類の研究をしてた。そう、ゴメン。鳥が好きなのは、俺じゃなくてかっちゃんなんだ。でも俺も、かっちゃんと一緒にバードウォッチング行ったのは本当だよ?……ん、ああ、2回。だって忙しかったし!バイトも学校もあるし!

 そうやって、勉強はそこそこ、バイトはしっかりみたいな生活してたら、高3の時、バイト先のお客さんに番号渡されて。携帯の。ナンパ?逆ナン?みたいなやつ。それで、ちょっと年上の、それこそかっちゃんと同い年くらいの人と付き合ったんだ。その人は美容師さんで、大人として色々教えてくれたよ。まぁ普通に浮気されてっていうか、俺が浮気相手だったのかもしれないけど、半年ちょっとで振られちゃった。

 かっちゃんは、バイト先には来てくれるけど、連絡先交換とかはしなかった。やっぱり、まだ施設に入ってる未成年と個人的にやり取りするっていうのは気が引けたんだろうね。バードウォッチング行こうよ、ってときも、バイト中に約束して、ちゃんと施設に連絡して許可取ってから行ってた。

 もう言っちゃうけど、俺そこまで鳥興味なかった。うん、完全に嘘ついてたことになる。これに関してはゴメンとしか言えないわ。ただ、鳥の話する時は、かっちゃんがすごくイキイキして楽しそうで、そういう姿を見てたいなって思ったから。大好きな野鳥を、研究目的で一旦捕まえて印を付けることはあるけど、自分のものにしないで放ったり、ただ見つめて満足してるって、不思議な感覚だなって思ってた。

 高校卒業してすぐ、俺はタトゥーの師匠に弟子入りした。海外アーティストのタトゥーの写真見て憧れてたし、頭良くないから、手に職付けて生きていきたいって思ったの。でもそれ一本じゃ食べていけないから、別のバイトもして。すごい忙しいけど、ちゃんと前に進んでるぞって感覚があって、やっとこれから俺の人生が開けていく、って思ってた。かっちゃんともやっと連絡先交換して、ちょいちょいご飯連れてってもらってた。
 ご飯食べに行く度に、かっちゃんは彼女に見せる用の写真を撮るから、俺はかっちゃんと写真撮る時はあっかんベー代わりに舌を出すのが癖になってた。「安心してんじゃねぇよ」って。

 またバードウォッチングに誘われたとき、俺は「レンタカーで連れてってあげる」って言ったの。施設にいる間に免許取ってたんだよ。多分今もそうだけど、児童養護施設に住んでる子供向けに、免許の費用出してくれる会社とかあって。奨学金みたいな感じで。俺もその制度使って取れたの。車校でも結構上手かったし、まぁ大丈夫だろ、って思って。

 山の中で、前みたいに野鳥見て。かっちゃん真剣な顔してんなぁって、眺めて。それから、高速代節約したいから、下道で、途中晩飯食べようって言って飯屋に入った。
飯食いながら、今働いてる店こんな感じだよーって、写真見せたの。そん時、俺はスマホかっちゃん側に向けて上下逆から見てるからさ、思ってるのと逆方向にスワイプしてしまった。
 画面に表示されたのは、例の、美容師の恋人が、俺を後ろからハグしてる写真。それはどう見ても友達の距離感じゃないし、恋人も「ボーイッシュな女性」とは言えないくらい、しっかりと、男の人だった。頭の中が真っ白になったね。かっちゃんには、一生言わないか、反応とかタイミング伺って、言ってプラスになりそうな時にだけ言おう、と思ってたから。

 一瞬間が開いたけど、かっちゃんが
「彼氏?めっちゃかっこいいな!」
 って言ってくれた。俺は、
「やめて、元彼だよ、こないだ振られたんだよー」
 つって。かっちゃんは、
「マジかごめんごめん、でも俺もこないだ振られたんだ、あの彼女に。好きな人出来たんだって。あんな束縛しといてさぁ。振られ者同士だな」
 とか言ってくれて。全然普通の恋愛の話になっちゃった。かっちゃんはすごいなぁと思ったよ。

 そろそろ行きますかって言って、また車に乗り込んだ。かっちゃんは免許持ってないし、ずっと俺の運転で。
 俺は、急なカミングアウトで気が大きくなってたのか、ヤケクソになってたのか、よく分からないけど。運転しながら、かつての慎重さを忘れて言ってしまった。

「かっちゃん、俺は束縛もしないし、浮気もしないよ」

 って。この言葉だけ切り取ったら、宣言とか自己紹介だけど、前後の流れと状況考えたらさ、やっぱ違うよね。めちゃくちゃ真面目なトーンで言っちゃったしさ。
 そしたら、かっちゃんは、そっかぁ、って。そっかぁって言った後、
「俺はね、小柄な人が好きなんだよね」
って。

 上手いよね。笑っちゃった。頭いいだけあるわ、かっちゃんは。まぁ振られたんだけど、俺が男だからとかそういうこと言わずに、普通に振ってくれた。そういう優しくて、聡明なところが好きなんだな、って思った。
「そっか、それは無理だなぁ俺じゃ」
 って言って笑ってたら、全然気まずい空気にもなんなかった。

 俺は、怖かったんだ。もうこれまでみたいな、兄弟のような関係に戻れなくなるんじゃないかって。でも、かっちゃんのおかげで何とか取り繕えた。これからも、普通の友達みたいに飯食ったり、あんま興味ないバードウォッチングに行ったりできるかなぁって思って、右折レーンでの信号待ちの時、助手席のかっちゃんを見た。

 ブレーキランプの赤色に照らされたかっちゃんの顔は、はっきり、怯えてた。少なくとも、俺にはそう見えた。
 そりゃそうだ。車の中っていう密閉空間でさ、自分よりずっと体格いい男がハンドル握ってて、急に告白めいた事言ってきて。全然恋愛対象じゃないのに。こいつこれからちゃんと家まで送り届けてくれるんだろうか、って、怖くなるよね。今ならそれが分かる。

 でもその時は、「俺って全然信用されてないんだ」とか、「やっぱり前みたいな関係には戻れないんだ」とか、「何であんなこと言っちゃったんだ」とか、色んな気持ちがごちゃごちゃになった。悔しい、悲しい、ムカつく、あと絶望。全部の嫌な感情が一気に来て、俺は久々に神様にお願いした。
「神様、この空間を爆発させてください」
って。

 神様は、叶えてくれた。でも、ポイント足りてなかったのかなぁ。半分だけ叶っちゃった。信号変わって、前の車につられて、全然冷静じゃないまま右折したとき、まさか俺が右折するなんて思ってない直進の対向車が、モロにぶつかった。俺が運転する車の、左前方。助手席あたり。
 かっちゃんあの時何考えてただろう。190cm70kgの俺と、総重量2トンのミニバンと、どっちが怖かったんだろうって、たまに考える。中1から、だから、6年間か。何度も笑い合ったのに、最後俺が見たのは、俺に怯えた顔だった。

 そっからの1ヶ月のことは、ほとんど覚えてない。ひとまずタトゥースタジオは休ませてもらって、掛け持ちのバイトはクビになったのかな。もちろん葬儀になんて行けないよ。
 事故から3ヶ月経った頃かな。かっちゃんのご両親からの手紙を受け取った。俺への静かな憎しみに溢れてて、直接的にじゃないけど、「絶対に私たちの前に現れないで」ってことも書いてあった。当然だよね。優しくて賢くて、努力家の自慢の息子だったと思うよ。そうじゃなくても、大切な大切な子供を、よく分からない免許取りたての男が、殺した。
……いや、やっぱりあれは、俺が殺したとしか思えないんだ。ごめんね、気遣ってくれたのに。

 俺は、かっちゃんの仏前にも墓にも手を合わせることができない。詫びることができない。だから、墓標を立てようと思った。「利き腕だから、慎重にモチーフ選んで彫ってもらおう」と思って、空けておいた左腕に、かっちゃんの墓標を立てようと。それが、この白い鳥さん。

 レオの部屋で、フェア島の本を読んで「野鳥の飛来地」って書いてあるのを見たとき、何か、俺はかっちゃんをここに連れて行きたいって思ったんだよね。生きてたら、喜んだだろうなって。
 思い返したらこの数年間は、俺は早く一人前になりたい、独立したい、店を軌道に乗せたいで、全然長い休み取って遠くに旅行行くとか、できなかった。ずっと、俺の半径1kmくらいにかっちゃんを閉じ込めてたなって思った。その数年分込みで、遠くに連れてってあげよう、って。
 ごめんね、レオの想いに便乗しちゃって。でも、一人でこんな断崖絶壁行って、俺大丈夫かなって思っちゃった。ちゃんと行って、ちゃんと帰って来たい。いい歳して、そんな甘えたこと考えてんだよ。
 いざ行くとなったら、ちゃんと大人として引率するから。だから、俺も連れてって欲しいんだ。

 レオ、覚えておいて。大きすぎる願い事はダメだ。神様はあんまり優しくないから、半分しか叶えてくれない。ギリギリ叶いそうなやつにしてね。
 俺はもう、下手に大きめの願いが叶わないように、小っちゃい願いを小出しにして、こまめにお祈りポイントを消費してんの。レオの鼾が止まりますようにとか。あ、これはでかいか。え、笑ってよ。お願い、虚しくなるじゃん。

 まぁ、そういう訳だからさ、頑張って、一緒にフェアアイル完成させて、旅に出よう。堅実な願いを叶えてさ。


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