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あのスティークを切り開き 第4章「目」

 穏やかな日差しが降り注ぎ、時には「7月並みの暑さ」なんて言葉が天気予報で聞かれるような季節になった。

 こうなると、ニットカフェは所謂「ガチ勢」しか来なくなる。とはいえ、今はコットンの糸もバリエーション豊かで、その上、かごバッグや、一見して麦わらのような帽子が編める、堅めの木材パルプ製の糸もある。ガチ勢こと、イツメンこと、ばあちゃんの友人のご婦人たちは、ほぼ全員が引き続き来店してくれている。

 俺は麦わら帽子やかごバックはいらないから、かぎ針でモチーフをいくつも編み、繋げる、テーブルランナーを作っている。3メートル近い大きなテーブルだから、ひと夏かけてゆっくり編むつもりだ。もちろん自宅では引き続きフェアアイル。と行きたいが、暑い日にふわふわのウールの糸を編むのはあまりやる気が出ない。3~4日かけて5段編み、ようやくたっちゃんさんのチェックを受ける、というペースで進めている。俺の、完璧主義のくせに怠惰という良くない気質が顔を出しかけている。

 考え事をしながらダラダラと編んでいたら、たっちゃんさんがドアを少し開けて
「おばーちゃん、ちょっとレオと話していい?」
 と言ってきた。
「あら、どうぞ入って。今日はアイスの方がいいかしら」
「あ、いや、ちょっとそこで…」
 そう言って、軒下の木製のベンチと言うか、長椅子を指さした。
「どうしたの、わざわざ外で」
「うーん、一応レオには伝えたほうが良いのかなと思って。あの、金魚とクジラのタトゥー、中野ブロードウェイ行ったリサさんのタトゥーの写真見て、ぜひこれ描いた人にデザインしてほしい、ってお客さんがいるんだよね」
「ふーん」
「大本のアイデアを形にしたのはレオだから、やっぱレオに関わってもらいたい、ところなんだけどぉ」
 何だか歯切れが悪い。

「タトゥー入れる箇所がね、胸なのよ。女性の胸。胸元だけじゃなくて、バスト全体をぐるっと囲むような形でってオーダーなの」
「あー…」
「ティーンの男子の前でさ、本人を前にして、胸の話をするって、やっぱあんまり良くないと思うわけ。だからまぁ、カウンセリングは俺がして、レオに後から意見があれば出してもらうみたいな」

「いや、俺も同席したい」
「え」
「俺も同席するから」
「断言するじゃん…俺まだ検討段階だったのよ。てか消極的だったけど話聞いてた?」
「デザイン料までもらった時点で、あれは仕事だったんでしょ。俺の仕事を見て、それと同等のものをと求められているなら、責任持って関わりたい。たっちゃんさんからの伝言だけで、お客さんの意向を汲み取れるほど俺は器用じゃない」

 たっちゃんさんは、えでも教育上…俺も大人として責任が…とモゴモゴ言っている。どうしよう、言うべきか、と迷ったが、「無い」ことは決して恥ずかしいことではない、と思って、言った。

「たっちゃんさん、俺は、目の前の女性の胸を見て、興奮したことがない」
 5秒くらいの沈黙のあと
「そうなんだ……」
 とだけたっちゃんさんが言った。言葉足らずだったかもしれない。たっちゃんさんなら、ユキヒロさんのスカートをひと目見て綺麗だと言ったたっちゃんさんなら、別にもう少し詳しく言っても大丈夫か、と思った。

「この女の人の身体に触りたいとか、思った事がない。かといって、男性の身体を目の当たりにしたところで、同じく何も感じない。だから、腕や脚にタトゥーを彫りに来た人と同じ感覚で接すると思う。まぁ、そうだっていう証明はできないけど」
「いや、証明なんていらないよ」
 たっちゃんさんが、いつになく真剣な顔をしている。
「俺はさ、年頃の男子だから、胸の話して悶々とするだろうみたいな配慮されるよりは、自分が関わった仕事を、最後まで見届けたいんだ。でも、もし目の前で、何と言うか……セクシーな話になって行ったら、俺はすごく、気持ち悪いと感じる、と思う」
「いやいやそれはレオがどうとかじゃなく良くないでしょ。お客さんも、病院行くのと同じ感じですって言ってくれてるし、絶対そんな雰囲気にはしないから」

 小学校高学年になり、周りが少しずつ異性に興味を持ち始める中、俺は、たまに誰かがこっそり持ち込む雑誌のグラビアを見て、騒ぐ友人たちと自分との温度感の差に気付いた。俺は「性の目覚め」ってやつが遅いのか、と思いながらも、この状態はずっと続くような気がしていた。それまで一度もクラスの女子を好きになったことがなかったから。

 案の定、中学生になったら周囲との温度差はどんどん開いていった。レオはノリ悪ぃな、と言われることもあり、必死で話を合わせた。そうする自分や、自分が発する言葉に対する嫌悪感がどんどん強くなっていった。
 一方で、体育の後や修学旅行の大浴場で、同級生の半裸や全裸を見ても、俺は何も感じなかった。
 俺にとっては、女子のシャンプーの匂いはただのフローラルの香りに過ぎず、男子の汗の匂いは普通に汗臭いだけだ。

 猥談やどの女子が好きだとかいう話をする、日常の友人付き合いにストレスを感じるのが嫌になり、徐々に小学校時代からの友人たちと距離を置いていった。大っぴらにそういう話をしていないであろう同級生のグループに混ぜて貰えばあるいは、と思ったが、そんな消極的な理由で彼らと友人になるのは失礼な気がして、出来なかった。

 誰かに恋をすることはなく、このまま凪のように生きていくなら、それも悪くない。ただ、同世代の大きな関心事のひとつを共有できず、友人関係が面倒なだけ。そして俺は面倒が嫌いなだけだ。これもまた、俺の、高校生活への求心力を削いだ。まぁ、言い訳だけど。

「うーん、でも性的な感じじゃないとは言え、青少年の前で胸の話するってやっぱどうなんだろ。ねえ、おばーちゃんに一言言っといたほうが」
「絶対やめて、マジでやめて。たっちゃんさん、自分の身内に『来週のいついつ、この子の前でおっぱいの話します』とか言われたいか?」

「あ、えっと、俺身内ってか家族居ないから分かんない感覚だけど、うーん、おばーちゃんに言われるのはなんか嫌かも?」

 瞬間、言葉を失ってしまった。たっちゃんさんの愛嬌や人懐っこさは、おばあちゃん子だからかなとか、家族に愛されて育ったからかなとか勝手に思っていた。
「…そうなんだ。えと、まぁ俺は、すごい恥ずかしいから、絶対やめて」
「分かった、じゃあおばーちゃんには言わないね。ていうか、カウンセリングで話するだけだしね、モロに見せる訳じゃないし、仕事の話だし、レオが問題ないならいっか」
「いいよ、いい。めんどくさいし。なんでもかんでもばあちゃんに報告することないでしょ」
「うーん、いやでもなぁ」
「しつけぇな、当日押しかけるぞ」
初夏の日差しの中、俺たちは流れで、微妙にオープンにしづらい身の上話をすることになった。

 そのお客さんは、ユイナさんと言った。姫カットって言うんだろうか。明るい髪色で、顔周りの髪が頬辺りでぱつっと切られていて、それ以外はかなり長めの、ワンカールのロングヘア。
「どーも、よろしくお願いします。たっちゃんって呼んで下さい。えっと、胸元とバストの周りに、ぐるりと彫りたくて、メインは胸元、と言うかバストの上側に目を、ということですけど。イメージ固まってらっしゃいます?」
「実は、そんなに固まってなくて。あの、魚たちのタトゥーがすごく可愛かったから、それ考えた人に一緒に考えて欲しいなって」
「目、って言うのは何か意図があってですか?」
「はい、あの、あたし、自分の胸が嫌いで。大きいのが嫌で。ジロジロ見られるんです、街中とか電車の中で。だから、見られるなら睨み返してやりたいなって」
 言われるまで気づかなかったけど、確かにグラマーな人だった。

「なるほどぉ、じゃあまさに『目ヂカラ』ってやつがあったほうがいいですね」
「ですね。だから、この前の金魚ちゃんは可愛いけど、あそこまで可愛いと睨みが効かないから、ちょっと違う系統で」
「よくあるのは、こういう、肌に目がもう一つ増えたみたいな…」
 たっちゃんさんが、図案のカタログを開き、「リアルな『三つ目がとおる』」って感じの、第三の目のような図案を指した。
「あー…なんかもっと、見てテンション上がる、ちょっと怖いけど可愛い、みたいなのがいいです」
 なかなか難しい。もう少し深堀りして聞きたいと思ったので、たっちゃんさんの方を向いた。また、優しい目で「どうぞ」と言ってくれたので、遠慮なく聞いた。

「第三の目っぽい感じじゃないってことなら、あの、『寄生獣』分かります?ああいう憑りついた生き物の目みたいなのと、『目玉おやじ』みたいな独立した存在と、どっちっぽいイメージですか?」
「その二択だったら、目玉おやじ系かなぁ。マスコット?妖精?みたいな。睨み効かせて胸守ってくれる存在、みたいな」
「目玉の妖精か…じゃあ、目玉おやじみたいに、眼球に身体が付いてるけど、髪生えててヘアスタイル可愛かったり、とかってどうですか?それこそ、ユイナさんみたいに」
「髪型お揃いか!嬉しいかもー。まぁ衝動的にボブとかショートにするかもしれないけど、ロングの時期の思い出にはなるし」

 あ、それなら、とたっちゃんさんが口を開き、紙に鉛筆で正円を描いた。そして、その正円の上に眼球サイズの丸を描き、大きな正円の円周三分の二くらいを、ゆるくカーブを描いた線で囲んだ。
「こんな感じで、ロングヘアで胸囲うとか。所々にお花足したりして」
 髪の毛に花を挿していく。まるで、花畑に座って遊ぶ少女のように可愛らしい。眼球だということを忘れてしまえば、まさに妖精だった。
「かわいー!これがいいー!!」
「背景にお花足したり、ちょうちょ飛ばしたりも良いかも」
「あ、お願いします、盛り盛りで!」
「後ろのカールの具合はこんな感じですかね。前髪巻きます?」
 もう、美容室みたいだ。最終的に、長い髪で身体を隠した目玉が胸の上に横座りし、さらに目玉のロングヘアが胸の外周を包み、髪の毛の間や背景に花と蝶がたくさん描かれている、という図案になった。

「わーめっちゃいい、超かわいい。しかもちょっとグロい。目指してた感じです」
「よかったぁ。これ綺麗に描いて、メールでお送りしますね。次回の予約いつにしましょうか」
 今回はロケをすることもなく、スムーズにまとまった。俺が口出しした量も少なく、もちろんセクシーな雰囲気になることも全くなかった。

 帰宅してから、部屋で、ユイナさんの言葉を反芻していた。「大きい胸をジロジロ見られるのが嫌」。俺は、勝手に共感した。他者からの望まない性的な視線の気持ち悪さ。そこに共感した。

 高校に入学して割とすぐ、俺にしては珍しく、かなり仲のいい友達が出来た。その子は美結という名の女子で、俺と同じくらいアニメが好きだった。
 美結は、生活態度が良く成績優秀で、模範的生徒というやつだった。課題も予習復習も適当で、毎日毎週深夜アニメばっかり見てた俺と同等に、アニメを観る時間をしっかり確保出来ているのが不思議だった。俺たちは「今期はあの作品が気になる」「とうとう伏線回収されたね」とか話したり、時に同じ番組を観ながらLINEし「実況」し合うくらいの仲だった。男女含めて、今までで一番仲の良く、日常的に笑い話をする友人だった。

 美結が客観的に整った容姿をしていたこともあって、頻繁に
「お前ら付き合ってんの?」
「良いなー俺も美結ちゃんと仲良くしてぇわ」
 などと言われるのが、とても、とても鬱陶しかった。男子と女子だと、ただアニメの話して仲良く盛り上がるだけで何だかんだ言われるのかと。

 俺が1年の秋に高校を欠席、と言うかサボり始めて1ヶ月位経った頃、美結が
「勉強してんの?遅れてる分教えてあげる」
 と言って俺の家に来たことがあった。正直俺は勉強はどうでも良くて、久々にアニメの話が思いっきり出来ると思ってワクワクし、あれも話そうこれも話そうと考えていた。

 当日、初めて見る美結の私服は、もう秋なのに寒くない?というくらい、肩が出ていて、短めのスカートだった。実際、寒くない?と言って、ひざ掛け替わりのタオルケットを渡したぐらいだ。
 俺の部屋で一応ノートと参考書を広げて勉強をしたが、どうにも、距離が近かった。いつも通りフランクに話しかけても、「うん…」と言って沈黙し、じっと見つめられる。俺は、何かを期待されているようで、そしてそれが、異性としての期待のような気がして、じわじわと居心地の悪さを感じた。思い違いだ、と打ち消したかったけど、教室でこんなに顔を近づけたり、腕に触れられることはなかった。
 あと5分この居心地の悪さが続けば、この感情が嫌悪感に変わってしまうだろう。大切な友達なのに。だから、まだ16時半だったけど、
「もう遅いし送るよ」
 と言って、無理やり帰らせた。美結は、別に送らなくていい、と言って、振り返りもせず玄関のドアを閉めた。それ以来、美結に連絡しても、かつて5行だった返信が1行になり、もう俺はこの子と友達では居られなくなったんだな、と悟った。

 数週間後、閉店作業後にたっちゃんさんの店に顔を出した。ユイナさんの施術後の写真を、「デザインに携わったんだし見たいでしょ」と言って、たっちゃんさんが見せてくれた。胸の大部分は手で隠し、タトゥーの入った外周や胸の上だけ見える写真。この写真を見た人は、「セクシーだ」と思うより先に、「可愛い」と思うんじゃないかな、と思った。まぁ、俺が一般的な男性の性的欲求の程度を知らないから、そう思うのかもしれないけれど。

「いいよねぇ。いやらしさとか全然ない。可愛くてちょっと怖くて、おとぎ話みたいでさ」
 たっちゃんさんが同じように感じていたことに安心した。そしてまた、デザイン料をくれた。「今回はアイデア料だから、ちょっと少なめだけど」と。たいしたことは言っていないし、たっちゃんさんの膨らませ方が圧倒的に良かったと思うけれど。

「ユイナさん、自分の胸が好きになった、大好きなアクセサリー付けた時みたいに、胸だけじゃなくて自分全体のこと、可愛くなったみたいで好きになった、って言ってくれてたよ」
 タトゥーにそんな効果があるなんて。嫌いなものを好きにさせる、そして一生傍にいる。たっちゃんさんは、本物の妖精を授けたのかもしれない。

「じゃ、俺これから自分の彫るから。お疲れ様」
「自分の?セルフで今から彫るの?俺見てていい?」
「え何、興味あるの?別にいいけど、そんな面白いもんじゃないよ?」

 今回は脛に彫るらしく、毛が綺麗に剃られていた。両手にゴム手袋をはめ、脛の空いている部分に図案を転写していく。全体的に濃いグレーの羅針盤の絵。
「今塗ったの何」
「ワセリン」
 いつものにこやかさは消え、俺の方を見ることはない。左手に歯医者さんのドリルのような、電動らしき針を持つ。ユイナさんの図案を描くところを見ていたはずなのに、そういえばこの人は左利きだった、と今更思い出した。
 転写した線の上を、ゆっくりだけど、俺が想像していたよりはずいぶん早く、丁寧にペンで絵を描く時、くらいのスピードで彫っていく。電動カミソリのような音が、静かな店内に響く。意外と全然、血とか出ないもんなんだなと思いながら、じっと見ていた。線の周りの肌が、かすかに盛り上がっている。見ていて、「うわ、痛そう」という感じが全然なかった。

 たっちゃんさんが身体を起こし、針を置いてふう、と息を吐いた時、ダメ元で聞いた。
「俺も彫りたい」
「え、ダメだよ!未成年にタトゥー入れたら犯罪だよ?」
「そっちじゃなくて」
 それ、と針を指さす。
「俺持っちゃダメ?」

「はぁ~?!絶対絶対絶対ダメだから!俺の肌彫るってことでしょ?彫師としても安全上も絶対ダメです」
「じゃ俺が持つんじゃなくて、たっちゃんさんが持ってるとこにちょっと手添えるだけとか」
「えー…いやそれもダメでしょ、危ないし」

 一瞬間があった。こういう時、たっちゃんさんは押せばいけてしまう、ということを俺は知っている。
「じゃあさ、未成年の俺がこうやって日常的にタトゥースタジオに出入りして、果てはアルバイトみたいなことしてるのって、法律とか条例的にオッケーなの?」

 たっちゃんさんが、「やば」「確かに」「ぐぬぬ」「こいつ…」をミキサーにぶち込んでスムージーにした顔をしている。本当は、未成年にタトゥー彫るのは条例で禁止されてるけど、出入りに関しては特に禁じられていない、まぁ俺の調べた範囲だけど。詳細は知らん。たっちゃんさんが動揺しさえすれば、それでいい。

「ちょっと左手添えるだけだから。誰にも言わないから。ね、お願い」
「誰にも言わない」の範囲をどう捉えるかは、たっちゃんさんにお任せだ。ボッコボコの穴だらけの論理なのに、たっちゃんさんの心が揺れているのが手に取るように分かる。
「何なら、彫ってる手に触れるだけだと思ってもらってさ」
「えー…。え、本当に、ほんとに誰にも言わない?」
「言わない言わない。俺言うような友達いないし。ばあちゃんになんて言う訳ないし」
「うーん。うーん。じゃあ、じゃあほんと今回だけよ?手も添えるだけよ?絶対針本体には触らないで、力も入れないでね?!」

 ほらね、と思った俺は、たっちゃんさんの優しさと押しの弱さを利用した、とんでもないクソガキだ。たっちゃんさんは、こんなクソガキの策略に乗らないよう、今後気をつけて欲しい。今後。
 俺もゴム手袋をはめ、たっちゃんさんの左斜め後ろに立ち、肩越しに左手を重ねた。「ホント絶対力入れないでね!完全に無になってよね!神様、レオの手からすべての力を奪い給え…」
たっちゃんさんって気軽に神様召喚しがちだよなぁと思ったけど、真剣だということを示すために黙っていた。

 たっちゃんさんの手を伝って、針の振動が伝わる。針先が皮膚に刺さり、スススと線を描く。ただ手を添えているだけだからか、元々そういうものなのかは分からないけれど、皮膚に針が刺さる感触はなく、でも確実に、俺はこの人の肌を刺し、線を彫り残したという、奇妙な満足感があった。征服感に近い、と思った自分が、少し恐ろしくなった。俺はサディスティックな気質があるのか?と。

「はい、ここまで!もうダメだから!ほんと誰にも言わないでよ?あーめっちゃ怖かった、レオっていきなりグッ!って力込めそうだもん」
 なかなか察しがいい。別にしないけど、それに近い気分にはなっていたかもしれない。これは多分、絶対に伝わってはならない感情だと思った。

 タトゥーが針を刺し続け彫っていくように、ニットもひと目ひと目を繰り返し形作っていく。でも「このひと目にこだわりが」なんて思うことはない。
 俺は、今後このタトゥーを見る度、あの線は俺が彫ったと思い返す気がする。これが腕でなく、服に覆われて、そうそう目にすることはないだろう脛で良かった、と思った。



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