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マリオネットの回想録 〜劇場時代

月はさらに傾いて、西の山の陰に隠れるくらいになると、月の光は小屋の古い漆喰の壁を照らすばかりで、マリオネットや私などのがらくたたちは壁に反射する微かな光にうつる格好となった。

このときマリオネットは不思議なくらいに落ち着いていた。
「やっぱりそうだった。あかるい光は、今の僕にとっては毒なんだよ。考えすぎて胸が苦しくなったり頭が痛くなったりする。劇場で踊った時も、骨董屋のショーウィンドウの中で狂っていた時も両方、眩しい照明にさらされていたんだ。ここに目のついた人形やレンズのついた品がいれば、少しわかってもらえると思う」
マリオネットが話し終わるや否や、私たちの真向かいの棚に置かれた小太りのマトリョーシカが目を見開きこちらを向いた。モノが突然動きはじめる様は、1世紀近く生きる私でも慣れない。マトリョーシカは鼻にかかった声で言った。
「どうぞ初めまして、マリオネットさん、そして今起きていらっしゃる部屋中のモノの方々。失礼しますがマリオネットさんは今『あかるい光は毒だ』とおっしゃいましたけど、どういう意味なんでしょう。私はここに来るまで、ご老夫婦の御宅のリビングルームで中の姉妹全員とも広げていただき、暖炉の明かりと温もりで育って参りました。こんな真っ暗で埃まみれの倉庫は御免です。妹たちに埃が被らないよう匿っていつかここから出られる日を待つばかりです。他の方々も、きっと早く外に出て家の窓辺から明るい空を見たいと望んでいることでしょう。
それなのになぜ、あなたは光が恐ろしく、闇が落ち着くなどとあべこべなことをおっしゃるのですか。」
小皿同士がぶつかる音や、本がガサゴソと動くあるいはパラパラとめくれる音がした。話せないモノたちの拍手喝采や野次といったところなのだろうか。マリオネットの考えは少数派、あるいは一人だけだったのかもしれない。私はこの予想だにしない古小屋での論争を静観しようと思った。・

しかしマリオネットはたじろぐことなく失笑と嘲笑の入り混じった様子で鼻で笑うのだった。
「君たちは他者に働きかけたり一芸に秀でいたりするのかね。断言しよう、僕はこの中で異端なもの存在はずだ。まず1つは言わずもがな踊りができる点。次に僕は両手にナイフを取り付けられてた点。だから劇場で『剣の舞』の真ん中を務めることだってザラだった。人形の剣の舞なんて見たことないっていうんで、大勢劇場に人間が押し寄せたこともあるらしいんだ」
「すごく楽しい生き方じゃないですか。他者に立って活躍できるなんてやりたくてもできるものじゃありませんよ。」
マトリョーシカは感心して褒め讃えた。

マリオネットも満足げだった。
「僕は光の中で踊り、努力してきた。自由を求めて一生懸命に続けて、過密なスケジュールだろうが数年間ずっとこなしたさ。マリオネット劇場は年に一度ベテランの人形を街の骨董屋に売るんだが、その時には僕の舗装は所々痛々しく禿げてしたらしい。
でもどうでも良かった。両手の剣さえあれば、僕は僕らしく生きられると思ったのさ。」

骨董屋のショーウィンドウ。
マリオネットの生が最も狂乱の様相を見せる一舞台。
次回からマリオネットは、大道芸とはまったく縁のない世界で、ひとり冒険を始めることになる。


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