「できる」と言われて肯定も否定もできないのなら「『最凶』になろう」と決意した

 私は昔から占いが好きだ。何故好きなのか理由はあったのかは思い出せない。そのくらい昔から好きだった。だけど多分「占い師」が好きな訳ではなさそうだ。所謂「胡散臭い」と本能的に感じているらしい。私如きがそんな失礼なことを言ってはいけないのでは、と思いつつ、恐らく本質的に人間不信で人間嫌いなのだから仕方ないことなのかもしれない。紙やテレビの視覚情報として占いの結果を知ることが多分好きなのだ。
「今日の一位は◯◯座のあなたでーす!」
「今日の十二位は、ごめんなさい、◯◯座のあなたでーす!」
みたいなのも、毎朝食い入るように見ていた方だ。私は山羊座なのだけど、自分の結果に一喜一憂して、かと言って一位でも六位でも十二位でも納得はしないで、「まぁたかが占いだしねぇ」と笑いながら内心ラッキーカラーだとかラッキーアイテムだとかをめちゃめちゃ気にするタイプ。そう考えると私は全ての占い結果を鵜呑みにしている、というよりは自分に対するアドバイスが欲しかったのかもしれない。自分のことを自分で決めるのは怖くて、でも毎日山程選択することはあって、その度に失敗を怖れ、叱責を怖れていた。それを回避したくて縋る思いで眺めていた占いだったのかもしれない。月刊誌に載っている「今月の占い」なんかも穴が開くほど見つめて頭に叩き込んだものだ。

 そんな私が大人になり、ある日「西洋占星術」の奥深さを知り、それらを主に扱うYouTubeチャンネルと出会い、その中で「この人は信じられる」と思う人を知った。勝手に慕っているだけだが、その先生に会う為、自分のことを「視て」欲しくて、対面鑑定の予約を取ったのが去年のことだ。
 とても緊張していたことを覚えている。本当は夫が付き添ってくれる予定だったが、急に子供の体調が崩れたので一人で原宿まで電車を乗り継ぎ、その館にどうにか辿り着いた。方向音痴の私は地図を見ることができなくて、案の定迷子になり、予約の時間を少しだけオーバーしてしまって、その時点でメンタルがかなりボロボロになっていて、しかも初回にして迷子で遅刻という最悪の想定通りのミスをしてしまった私、死にそうな気持ちで、ただ今日を逃せば先生に会うことはできない(会えないことはなくても時間はかかる)と自分に檄を飛ばし、飛び降りの心境くらい(勝手に)追い詰められながら入館した。予約時間過ぎてますよその分時間短くなるよ次回来る時があれば気を付けてね、とやんわり注意を受けて過去の自分をタコ殴りにする妄想をしつつ、記入事項(生年月日とか)の用紙を提出。トイレや飲み物の確認などがあって、ようやく念願の先生との対面を果たす。

 結果を先に言えば、大正解だったのです、この対面鑑定を受けたことは。

 先生はYouTubeの画面で見た通り、いや、画面の中よりもお綺麗だったかもしれない。ざっくばらんとした対応の端々に見え隠れする手厳しい優しさ。私のことを自分のことのように怒り、そして泣いてくれた先生に私は衝撃を受けた。沢山の言葉をもらって、今一度自分のこと、そして子供達のこと、夫のことを思った。考えて、考えて、考えて、状況に応じてまた考えて、そして、行動を起こした。背中を押されたのだと今は分かる。というか当時の私も分かってはいたと思う。でもそれは無意識下の理解に留まっていて、その根底にあった「言葉」にまで気を回す余裕はなかった、というのが正しいかもしれない。
 つまりは意識さえできればこちらの勝ちなのだ。占いはその為の手段の一つ。誕生日や出生地だけで自分の何もかもが決まるなんてナンセンスだという思いと、生まれる前から決まっていた流れの一つの中で生きているだけで私だけが悪ではないという慰めと、希望も諦観も確信も助言も、占いは与えてくれる。心身共に引き摺る癖に、妙に諦めの良すぎる私にとって、これ以上的確な薬はない、とさえ思う。
 私は占いに溺れることはできない。結果をそのまま飲み込んで、いい子になんてなれない。でも、生きる指針を見失いやすくて、自分を主観視できない私は、私の「客観視している私」の正当性を他者の目線で明らかにしたいのかもしれない。このままでいいのかな、と不安に思うことが山程あって、でも不安を理由に立ち止まることは許されなくて、べそをかきながら、一人で進むしかない私に、道を示したり諌めたり勇気付けたりしてくれる。それが私にとっての「占い」なのだと思った。

 そして、先日。何気なくTwitterを眺めている時に偶然先生のツイートを目にする。 「明日電話鑑定します」という旨のもの。私は飛び付いた。先生の対面鑑定の日程と合う日を待つか、このチャンスを掴むか。時間は問題なかった。が、金銭面で悩んだ。一分三百円超え。少し割高なのは理解していた。けれど今のご時世と、そして、原宿まで再び出向くことのできる可能性を思った。悩みに悩んで、結局、予約を取った。
 自分でも驚いた。自分の欲のために、お金を払うことを決心した、というのは私にとってかなり衝撃的なことだった。私が世界で一番、私の欲を叶えたくないのに。
 予約取ってからはひたすら悶絶した。私なんかが先生の時間を買うなんて……とか、予約キャンセルしたら先生ががっかりするかも……とか、とにかくいろんな言葉がぐるぐる回って、多分それは「後悔」から「後戻りできない」=「覚悟」に変わっていったのだとは思う。これは昨年の対面鑑定に出向く時の心境でもあった。つまり私は「自分なんかに労力を使わせるのが申し訳ない」という感覚を常に抱えているらしい、と再認識した。うん、本当に他人と交流することに向いてない。
 正直、対面より電話の方が緊張した。私は日本語が時々「宇宙語」に聞こえる時がある。「むにょにょにょにょ」と謎の言語に変わってしまう。顔を見られるのなら、口の動きでどうにか解析して理解できる時もあるけれど、対面は聴覚だけが全てを担う。そこにメモを取ろうとすれば集中力を均等に分ける必要がある。私にとって電話+メモを取るのはとても難しいことだ。それを自覚いるから余計に緊張したのかもしれない。
 まずはお礼が言いたかった。昨年背中を押してもらって、頑張れて、結果に繋がったお礼を。先生はきっと私のことなんか忘れてしまっているだろうけれど、お礼は伝えなくちゃと思い続けてきた。それを言葉にするのがとても難しいことも改めて理解した。自分の日本語の下手くそさも痛感した。説明に戸惑いながら、どうにかお礼を言って、一分の通話にもお金がかかるのだから早めに内容に入ろうということで、夫とのことを今回は掘り下げてもらった。昨年その後に起きたこと、その後の私の対応や気持ち、未だに拭い切れない不信感と嫌悪感と、それら全てをひっくるめた時に当たり前のように強くなる自己嫌悪感。どうしてそうなるのか、西洋占星術から見た私と夫のそれぞれの性格や特徴を改めて認識するいい機会になった。私の認識は間違っていなかったと思えた。
 私と夫の間に起きた「あの事件」は、私達の関係を終了させてもおかしくはなかった。私も夫も追い込まれ、そして追い込んだ。お互い傷だらけで、それを許し合う、という決着を付けた、はずだ。私はまだ根底に「許していい訳がない」という怒りを抱えている。事件当時こそ、限りはあったものの、誰かには話を聞いてもらったし、同情もされたし、夫に対する憤りを私より他人がやってくれた。一年。私は「まだ許せないの?」と言われることが怖い。怖かった。だから「あの事件」の話を表に出すことも怖かった。嫌だった。「反省してるならいいじゃない」とか、「それでも離婚しなかったのは自分でしょ?」とか、「あなたにも非があったのだから仕方ない」とか、

『=だから許しなさい』

の言葉が本当に怖かったのだと思う。「許せなくて当然だよ」という言葉に隠された「またその話?」という本音があるのではないかと疑う自分が嫌だった、というのもあるかもしれない。とにかく沈黙していた。夫本人にはネタのように振る舞い、時にちくちくと小言を放ち、傷付いた顔を見ると安心し、そして落ち込んだりしていたけれど。本当に愚痴ひとつ誰にも言えずに過ごした。それを、解き放った。「許せないのが嫌だし辛いです」と。先生は即座に肯定してくれた。
「それでいいのよ」
 私は驚いた。そしてするりと「いいんだ」と呟いた。先生は私の陥りやすい心理状態や、何故夫が他者へ優しくできるのか、そして流されてしまうのか、を説明してくれた。私が日々抱いていたことを言語化してくれた。やっぱりそうなんだわ、と納得した私は、改めて夫ではなく、自分を憎むことになるのだけれど。
「大丈夫よ」
と先生は沢山仰ってくれた。
「あなたは何だってできる、自分の力でやりたいことを成し遂げられる。それだけの苦難は耐えて忍んで、頑張ってしたはず。占星術なんて見なくても、あなたの歩んだ人生を聞けば皆がそう思う、皆がそれを分かる。あなたはその分の力を蓄えてきたんだから」
 最後にまだ聞きたいことはある? と話を振ってもらい、仕事について尋ねてみた。「どんな分野でも成功できる」なんて勿体ない言葉をもらった。
「人の為に頑張ることがあなたの為になる、そんな仕事に就くといいかもしれないね」と。「あなたの今まで経験してきた全てを活かすタイミングが来るから」と。

 「自分の可能性を自分で決めないで」

 今回の電話鑑定で最後の最後に先生に言われた言葉が、それだ。言われてハッとした。私は確かにある程度の時からずっと「私にできるのはここからここまで」「ここから先は私には出来るわけがない」と線引きして、これ以上傷付かずにいられる道を探してきた。周りも自分も傷だらけにしながら生きてきて、ずたぼろになりながら、それでもまだ生きていかなくてはならない私にとって、可能性=自ら死地に飛び込み負傷する可能性、だった。それを、決めないで、と言われた。
「あなたのポテンシャル、本当に高い。何でもできるし、どうにかしていく力がある。だから、限界なんて決めちゃだめ」

 ああ、そんな、私が? 私なんかが?
 肯定の言葉を受け取ることが、こんなに辛くて、そして、……有り難いと思ったのは、初めてかもしれない。敬愛する人からの言葉だったから、だけではない。今まで沢山の人から肯定されてきた積み重ねが、この時に実った、そんな感じがする。それを信じ切れるほど、私は自分を愛せていないけれど、他者から信じてもらった御恩に報いないのは、もっとできない。信じてもらった分、愛してもらった分、それに応える為に、私は邁進する。原動力にする。肯定されることを肯定できないのなら、肯定されるに足りるくらいの努力を更に重ねればいいのだと、今は思う。できる、と言われても、できると思えないのなら、できると、できたと言えるまで、戦えばいいだけ。それだけだったのだ。
 課金限度額、が初期設定八千円で、そこに到達して、唐突に通話は終了された。先生が何かまだ話してくださっていたけれど、無慈悲な「ツー、ツー、ツー……」が聞こえるのみだった。私はとても悔しく思いながら、胸の内には聖火を灯されたような感覚を抱いていた。「私は駄目」だから「死ぬつもりで努力すればいい」を確信していた。死ぬタイミングを逃し続けてきただけだ。今後もそのタイミングを自分で掴むことは恐らくできない。不慮の事故とかは分からんが。
 そう思えば、夫のことも子供達のことも、自分のことも、怖くない、とまでは言い切れなくとも、私がどうにかしてやろう、と言える気がした。祈る神も縋る信仰も、経験も資格もツテもコネも何も持ってない。でも、今までの人生を「どうにかしてきた」実績は、ある。溢れて止まらない思考と枯れない憎悪と何度でも復活してくる自己嫌悪と希死念慮も携えている。

 私、最凶になれる。

 最凶になって、……その先のヴィジョンは何も無いけど、でも、「あんた最低だよ」なんて言われても、「最凶だからね!」と笑顔で返せるような私になろう。そう、思う。

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