時雨れる心の在りか #3

結ばれるって何?
結婚って何?

好き合っていれば
結婚は当然のことでしょう

あざやかな紅い糸で結ばれる先は
結婚だけとは限らないって

あなたの涙が教えてくれたの


***


付き合い始めてから2年が経った

お互いに相手と別れることなく
4人アバター通じての交友関係も続いていた


わたしたちより3つ年上だった彼は
一足先に大学を卒業するとドイツへ留学した


さすがにゲームをする時間は
もう取れなかったようだけれど
わたしにもたびたび
Skypeチャットを使って連絡をくれた

時差のせいで
こちらの時刻は毎度午前1時を
回っていたけどね


>> 俺さ、愛人ができたんだよ

<< どういうこと? 


彼の話はいつも突拍子もない
いつもなら笑って許せる話でも
今回はちょっと許せる気がしなかった


>> うちの家系は代々愛人を作るんだよ、親父もそうだしな


彼の父親はお医者様と聞いていた
大病院の院長らしい
弟が医学部
弟が後を継ぐから
俺は自由に ”させてもらえている”
そう話していたことを思い出した


<< 意味わかんない、凛香さんがかわいそうよ


普通なら、彼氏が浮気をしていたら許せないもの
間違うことなくそうだと思い込んでいた


>> 凛香は知ってる、ちゃんと理解してくれてるんだ。あいつは頭がいいからな


全くもって
浮気が許される理由になっていない
わたしは尊敬していた彼に
初めて嫌悪感を抱いた

>> あいつは本当にすごい。独学で3か国語話せる上に、今はドイツ語の勉強しているようだし


彼が彼女の話をするときは
いつも心の底から愛おしそうだった



<< いくら凛香さんが許していても、わたしは許せないですね

少しでも常識的でまともな恋愛感覚を理解して欲しいと
語気を強めて打ち込む


>> 俺さ、忘れられない先生がいてさ


話をすり替えようとしているのか
そうならばもっとはっきり批判してあげないとと、打ち込みかけて
まもなく、キーボードから手を離すことになった


>> 教育実習で来た先生だから、5つほど年上の女性だったんだけど


彼は先生とのエピソードを
打ち込み始めた

まるで自分の中でゆっくりゆっくりと嚙み砕き
飲みこんでしまえるようにと

長いストレートの黒髪が印象的な先生は
哲学が好きだったよう
たくさんの本を読みあさり
自分の中で確固たる信念を作りあげて
それを彼に話していたらしい

「あなただけに教えるわ」


そう言って


左手首には古い傷が残っていたが
彼の前では 隠すことなく堂々としていたそう


チャットが一気に流れたと思ったら
寝てしまったのかと思うほど
返信が遅くなったりもした

わたしはその不規則にポップアップされる文字列を
ただ眺めていた


先生が

どんな哲学を好み
どんな信念でもって
過去を背負いながら
生きていたのか

彼は細かい話まではしなかった

大事にしている先生の想いを
わたしじゃ正しく理解はしてくれないと
思ったのだろう


うん、それで結構

わたしはその先生を理解することは
できない


>> ちょっと通話に替えてもいい?


何時だと思ってるんだ、こっちは夜中3時よ
現実でつぶやきながらも画面上は受け入れた


「もう、その先生はこの世にいないんだ」




ーーー長い沈黙



いや、たいして長くはなかったのかもしれない
やけに部屋の掛け時計の秒針音が
大きく聞こえたのを覚えている


20代半ばで自らの終わりを決めた先生
彼は先生の愛読していた本を
片っ端から読みこんだ

それで先生をわかった気でいるなんて滑稽だと
心の中でぼやいてやった


「シグレさんも、”そう” したいの?」

わたしはたまらず 訊ねてみたが
答えはなかった



「ゆりちゃんは、彼氏のこと好き?」


また唐突に話題が変わる
もうそんな彼との会話も慣れたもの


「えぇ、もちろん」

即答した
迷う理由など何もなかったから

「それって、いずれ結婚するってこと? 」

何を当たり前なことを言うんだと
自分の常識が正しいものだと示すように
はっきり伝えてあげた

「好き合っていれば、結婚を考えるのは当然でしょ。
 シグレさんだって、いずれ凛香さんをドイツに連れて行くでしょう?」

「そうか」

今日の彼はまったくわたしの質問には答えなかった


しばらくして
イヤフォンの奥から
鼻をすするような音が聴こえた気がした


「ゆりちゃんたちが、羨ましいよ」


わたしは聴こえないふりをした


「羨ましい」
「羨ましいよ」


彼はそう
何度も何度もつぶやいていた



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恋し続けるために顔晴ることの一つがnote。誰しも恋が出来なくなることなんてないのだから。恋しようとしなくなることがわたしにとっての最大の恐怖。いつも 支えていただき、ありがとうございます♪