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鐘姫詣りの怪【其ノ壹】

此れ迄の御噺
https://note.com/sea_thousandleaf/m/m5e404cb188a6

ぼっぱら堂禍異談【双夜】
〜女学生・巳津塚桜花の語り〜


     一

 確かに「或る日の夕間暮れ」、あの放課後の彼女との出逢いがきっかけだったかもしれません。私の親友『籠手清華こてせいか』は何と云うんでしょうか、やはり人とちょっと違ったところが魅力的だったのかもしれません。容姿はそう、どちらかというとボーイッシュな感じでしょうか?異性よりも同性の方により好かれるような。でも男女問わずにクラスのほとんどから好かれていて。もちろん親友としての身内贔屓が入ってるかもしれないけど。
 だからか最初はやっぱり話しかけ辛かったんですよ。というか私からは話しかけた事もなく、誰にでも満遍なく愛想を振りまけるっ子ってちょっと苦手で。でも人間関係の潮目のようなモノ、わかりますよね?ある日突然クラスの人気者だった子が「いじめの対象」になってしまうとか。そういうのってホントに起こり得るんだなって。
 だって小学校とか中学校とかならまだわかるんですよ。人間としての人格形成がみんな不安定だから、異端分子を排除するみたいな。動物的な本能的な行動なんですよね、きっとそういうのって。でも私たちはもう高校生で、学力だって受験の時点で「同じようなレヴェル」の生徒が振り分けられていて。

 でも正確に言うと「いじめ」って云うのともちょっと違って。ただあの籠手清華が「ゆるやかに避けられつつある」っていう変な状況が起こって。傍目から見ててちょっとずつおかしいなとは私も思っていて。
「あれ何でだろ、籠手さんと話してる人今日は少ないな」みたいな。それまで実は清華と話したことって、私はそれこそ事務的な会話しかなくて。でもやっぱり人気者って自分に縁がなくても気になる存在じゃないですか。ホント変な話、遠目から見てるだけの只のファンだったんですよね、私。
 そんなことがあって、ある日の休み時間に聞いちゃったんです。二人の男子同士の「クラスの女子で誰が好き?」みたいな、よくある会話なんですけど。
「俺はやっぱり籠手さんかな」みたいに一人の子が云って。でももう一人がちょっと不快そうな顔して
「あいつ可愛いけど筋モノじゃん」て吐き捨てるみたいに云って。で籠手さんが好きって云った方の子は
「は?筋モン?何それ?ヤクザの娘ってこと?」みたいに訊いて。清華をけなした方の男子は
「いやいや、知らんのならそれでイイんだけどね」みたいな謎の会話してて。正直私も不快な気持ちになって
「ヤクザの娘って。そっか、だからいじめまでは行かないけどみんな何となく避け始めたんだ」って。そういうのって本人が「私ヤクザの娘なんだよね」みたいに自慢げに振舞ってたら確かに本人に敬遠される責任がありますけど、清華は絶対そういう子じゃないって、仲良くなる前から私には確信があって。
 だから本人に一切責任がないのに勝手に持ち上げといて、そのあと残酷におとしめるって、高校生にもなって何やってんだ!てクラスみんなに対する不信感とか湧いてきちゃって。でもそういうのにイライラしつつ私自身は何も行動できないで、無力感とかいっぱいだったんですけど。そんな時にやっと彼女が私にちゃんと話しかけてくれる機会があって。

 そうです、あの日の夕間暮れの放課後。私とっくにホームルームなんか終わってるのに夢中で本を読み続けてたみたいで
巳津塚みつづかさん、その本何読んでるの?」って清華が。その時の私結構分厚い本を読んでいて。もちろんブックカヴァーは掛けてたから書名なんて分かるはずないんですけど
「もしかして京極夏彦でしょ?その厚みは『魍魎もうりょうの匣』?」って彼女が尋いて
「えっ!何でわかったの?」って驚きと嬉しさで私も云って。当時はまだ「これを読んでる私は選ばれし者」みたいな、私にも京極先生愛読者としての変な矜持きょうじがあったから、まさか同じ年の子が読んでるなんて思ってなくて。
「ウソ、籠手さんも読むの京極夏彦?」ってテンション上がって尋いちゃって
「うち両親共ミステリ好きでさ。私はそんなにミステリファンってわけじゃないけど、京極夏彦はちょっと一味違うでしょ?」
「うんうん、キャラクターがさ、みんな一癖も二癖もあっておもしろいよね」って盛り上がって、他にも沢山お喋りして。それでその日の最期に清華がくれた一言が嬉しくって
「もっと早く巳津塚さんと友達になれば良かった」って云って貰えて。だから私も
「籠手さんのこと前から気になってたけど、今日話せて良かった」って返して
「ええ〜何それ!私たちって両想い?」って清華がふざけて云って、二人とも笑って。あの頃の私たち楽しかったなって、なんかしんみりしちゃうんですけど。

 その日から私たちホント毎日話すようになって。周りの子達の「なんであの地味な巳津塚さんと籠手さんが仲良くしてるの?」みたいな視線、やっぱ感じちゃうんですけど。でもそれもある意味優越感みたいな。あんた達はそうやって清華を一線引いて避けようとするけど「私は全然気にしません!」みたいな。
 それである程度仲良くなった頃、思い切って尋いてみたんです。
「すごい訊き辛いし、怒らせちゃうかもしれないんだけど。もしかして清華ちゃんてヤクザの娘だったりする?」って。そしたら清華はすごく可笑しいって感じで朗らかに笑って
「もう、誰から聞いたのよそれ。うちは全然ヤクザとかじゃないよ」って。当たり前ですけどウソでごまかす感じじゃないし。
「いやなんか一部の男子がさ、清華ちゃんの陰口云ってて。あいつは『筋モノ』とかって。私も腹立っちゃってさ!やっぱりウソだったんだ」
「それはねぇ、桜花。『筋モノ』の意味が違うんだよ。あたしもね、隠すこともないから桜花にはちゃんと云うけど、うちはヤクザなんかじゃないけど『魔女の家系』ではあるのよ」ってすごい告白されて。
「え?魔女?何それ?すごくない?」って
「うん、西洋風に云うとね『魔女の家系』って云ったほうがわかりやすいから。桜花結構好きでしょ、オカルト系。和風に云うと『憑き物筋』。これもわかるよね?京極夏彦の作品に出てくるし」
「ウソ、筋ってそっちの筋?」って尋いたら
「うん、正確に云うとね。うちは神社なんだけど巫女の家系で。昔はそれこそ陰陽師みたいな、そういうご先祖さまも居たみたいだけど。やっぱり西洋でも東洋でも呪術者って差別されがちじゃない。目に視えない、今の日本だと罪には問えない謎の力を持ってるみたいに思われたりさ。でも残念ながらそんな『人を呪わば〜』なんて力はとっくの昔に失われてるんだよね。うちのお婆ちゃんは逆にそういう『呪いを祓う力』を持ってて、人を呪ったことなんてないのに。母は、そうだね病気がちだし、ちょっと占いができるってくらいかな。あたしはって?ううん、安心して何にもできない!アハハッ」ってなんか清華は無理して笑い話にしてるみたいに見えて。やっぱり理不尽ですよね。『魔女の家系』だって『憑き物筋』だって、本人が選んで生まれてきたわけじゃないのに。
 それに思ったんですけど、清華をそうやって『筋モノ』として避けている生徒って、清華の実家の神社のある村の住民か、その近所の人なんじゃないかって。コミュニティとして閉鎖性がある場所ってそういうケースが起きがちじゃないですか?
 きっとその生徒自身は清華に差別意識はなくても、親とか祖父祖母世代の人たちが「あの神社の者は筋モノじゃから」みたいに洗脳する感じで刷り込むんじゃないかって。だから私軽い気持ちだったかもしれないけどこう云ったんですよね。
「今度清華のうち遊びに行きたい。神社とかめっちゃ見たい」って。そしたら清華ちょっと泣き笑いみたいな表情で
「桜花なら喜んで招待する」って云ってくれたんです。

     

 あ、云い忘れてたんですけどうちらの学校ってこの近所ではなくて。つまり埼玉県じゃなくてもっと北にある群馬県の厩橋市まやばししなんですけど。清華の実家の神社はその近隣にある双巳沢村ふたみざわむらの『双龍神社そうりゅうじんじゃ』ってところで。
 中々由緒のある神社らしいんですけど、代々宮司さんになるのは女性がほとんどらしくて。今の宮司さんは清華のお母さんで。お父さんは普通の勤め人らしいんですけど、お母さんが病気がちだからお父さんも清華も休みの日は神社の運営を手伝ったりしていて。
 私も休みの日には巫女さんのバイトとかで雇って貰おうかな?とか冗談で云ってみたんですけど。
「それより桜花に大事な話があるの」って真剣な顔で云われて。じゃあ今度絶対遊びに行くねって約束して。それからすぐに休みの日になったら行ってみたんです、双龍神社に。

 双龍神社の場所は丁度『双巳沢村』と『双子沼』の中間地点にあって。双子沼は“沼”といっても「軽く湖じゃない?」てくらいな大きな湖沼こしょうで。名前の通りに大きい方の沼と小さい方の沼がこう“瓢箪型”に繋がっていて。
 それで神社に着いたらまず歴史がありそうな立派な拝殿に二人で参拝して。巫女神楽のための舞台なんかも見学して。
「清華この舞台で踊ったりするの?」って尋いたら
「ここ最近は毎年巫女舞をするよ」って云うから
「ええ!?すごい!すごい!」って私なんかはしゃいじゃって。だって「ちょっとバイトで巫女やってます」て人は割といるかもしれないけど「先祖代々の本物の巫女」なんか中々出逢えないじゃないですか?
 やっぱり清華はすごいや、纏ってるオーラだけじゃなくて、ちゃんとした“本物”のバックグラウンドがあるんだって。
 逆に私なんかホント何も無いですから。でもそういうのに対してコンプレックスとか嫉妬も感じないくらい「清華はすごい」って憧れの気持ちがあって。だから「清華と友達になれてホント良かった」って心底想えるんですよね。
 ただ不思議な光景が一つあって、双龍神社には“梵鐘ぼんしょう”があったんです。神仏習合の関係で「鳥居のあるお寺」が存在するというのは聞いたことがあったんですけど、「梵鐘・釣鐘つりがねがある神社」っていうのは中々珍しいですよね?
 それが二つも神楽殿の奥の方に「釣られずに安置」されてあって、「あの鐘は何のために?」って考えてたら
「あの鐘、気になるでしょ?」て尋かれて「わ!清華に心読まれた」って思ったら
「あとで教えるから今は内緒ね!」て誤魔化されてしまいました。

「こっち来て」て案内されたのが社務所兼住宅になってる処で。生まれて初めて神社の社務所って入ったんですけど、ちゃんとした和風建築の家屋になっていて。一瞬「お邪魔します」て云うのも忘れちゃったくらい「うわ!なんか料亭か旅館に来たみたい!」って感激して。
「すごい良いとこだね」て素直に感想云ったら清華は
「もう、普通でしょ!」って照れたみたいにごまかして。
「ただいま!」って清華が声かけたら
「あら、いらっしゃい」て出て来てくれたのが第一印象的に「美人女将!」って感じのそれは綺麗な女性で。
「え!ウソ!これが清華のお母さん?ズルイ!」って思ったくらい「たおやかで大和撫子」な人だったから。
「初めまして。清華ちゃんにはいつもお世話になってます。巳津塚桜花です」ってご挨拶して。
「初めまして、清華の母の籠手刈穂こてかりほと申します。こちらこそ、いつもうちの子が桜花ちゃんにお世話になってるて聞いてますから。ありがとうございます」って云ってくれて。

「じゃあ清華、お母さん先に準備しておくわね。桜花ちゃん、ちょっと失礼するけどまた後でお会いしましょうね」って云って忙しそうに何処かに行く刈穂さんの後ろ姿がまた凛々しくて。一本結びの黒髪に白衣はくえの清楚さといい、浅葱色の袴の清潔感といい、さっすが清華のお母さんて感じで。
「じゃあわたしらはちょっとお茶でもしましょうか」て提案されて。おお!ついに清華の私室にお邪魔できちゃう?とかテンション上がって。
 でもいざ清華の部屋に案内されたら「ワァ!全然女子っぽく無い」て感じの“ザ・和室”で。いや日本家屋なら当たり前かもしれないんですけど、むしろ茶室か?てくらい地味に装飾性がなくて。なんだろう千利休とか好きなら大喜びなんでしょうけど。
 私的には清華の部屋だけは謎にゴシックだったりオカルト風味なのを期待してたんですけど、いやそれは確かに私の理想の押し付けで。むしろ神社の息女としてはこれが普通なんだから、そんなことで幻滅したりしないし。
 でも古き良き卓袱台でやたら美味しい玉露を頂いたり、和菓子を食べたりしてたら「和室、最高じゃん!」て思い直して。しばらく楽しくお喋りしてたんですけど。

「あのね、桜花。この前あたし、大事な話があるって云ったじゃない?」って急に清華がシリアストーンで話し出して。確かに今日会った時から笑顔ではあっても、ちょっと陰があるなというか。親友だったらやっぱ気付くじゃないですか?そういうのって。
「正直こんな要件で呼び出したんだって思われたら、あたし嫌われちゃうかもしれないんだけど。でもきっと桜花にしか頼めない大事なことだからさ」って。
「何?ちゃんと話してみてよ。私が清華のこと嫌いになるはずないじゃない」って私も応えて。
「桜花もわかってると思うけど、あたしがクラスの一部の人たちに避けられてるのは知ってるでしょ?」
「え?だからそれは『筋モノ』の件でしょ。自分は『魔女の家系』だからって、清華説明してくれたじゃない」
「そうなんだけど、それだけじゃまだ説明が足りなくって。現代で『憑き物筋』なんて云っても、そんなの迷信だからって桜花みたいに気にしないでいてくれる人がほとんどだと思うの。けどそれだけじゃなくって、あたしだけじゃなく籠手家の人間が村の一部の人たちに『忌まれている』ってことも事実なの」
「『イマレル』って?『忌まわしい』の忌むってこと?それって完全に差別じゃ・・・」
「うん、でもそれには『そう思われるに足る』きっかけがあったの。それを桜花にはちゃんと話しておこうと思って」
「けどそれってかなり大事なこと、あまり口外してはいけないことなんじゃないの?私みたいな部外者にそんな——」
「だってそれは桜花だから。桜花はあたしのこと大切な友達って思ってくれてるでしょ?だから話すの。もしこの話を聞いて嫌われてしまっても、それは仕方ないと思う。でもあたしも桜花のこと、唯一の友達だって思ってるから——」
「つまり、清華は私のことをすご〜く信頼してくれてるってこと?」
「フフッ、そんなの言わなくても十分伝わってるでしょ?」
 この言葉を聞いて私はなんだか涙ぐんでしまいました。孤独だったのは私だけじゃなかったって。清華も私と出逢うまではきっと孤独だったんだなって。孤独な二つの魂がようやく自分にとって「最良の片割れ」——ベターハーフを見つけたんだって。

     

 そして清華は厳かに双巳沢村の伝承について話し始めました——
「双巳沢村の口承では昔々『刈鐘姫かりがねひめ』というお姫様がいて、家来の者達と一緒に村へと落ち延びて来たの。
『悪しき者どもに追われております。どうか匿っては貰えませぬか』と。お姫様一行は都風の高貴な方々に見えたから、これは是非にお助けせねばならんと村の庄屋さんが『頭宇陀寺ずうだじ』というお寺に頼んで姫様たちを保護して貰ったの。それで刈鐘姫は
『助けて頂いた恩返しに何かを贈ることは難かしゅう身の上ですが、ほんのお礼ばかりに』と云って村の“勧農”、今で云う『農業政策』に色々と助言をくれるようになったの。いえ“託宣たくせん”と言い換えても良いかもしれない。というのは当時の村では“水害”に多く悩まされていた。だから灌漑かんがいの工夫の仕方について提案したり、米だけではなく水害に強い作物を植えてみたら良いと助言したりね。
 もちろん最初は村の人たちも半信半疑どころか『都のお貴族様に畑仕事の何が分からいでか!』って反発された。でも庄屋さんはじめ『根が割と素直な人たち』は、助言通りに農作のやり方を少しづつ変えて行ったの。そうしたところ“託宣”を受け入れた農家は軒並み豊かに作物を蓄えられるようになった。
 もちろん村人から村人へお姫様のかんなぎに等しい“託宣”の評判は広まり、そのうち『あの姫様は神様仏様の現身うつしみじゃ』と崇められるようになっていった。卑弥呼や神功皇后じんぐうこうごうのように、我が村にも『女性の貴い巫者ふしゃ』がいると云うのは村人の誇りにもなり、それが理由で周辺の村落から移住する人も増え、村自体の発展にも繋がったの。
 ただそれをおもしろく思わない存在が一つあった。元々の村の祀り神であり祟り神でもある『双子沼の蛇神』。そいつが刈鐘姫への信仰が集まった為に自らに対する信仰心が疎かにされたと逆恨みし、村へと災いを向けるようになった。元々その蛇神は恐怖で人々の心をおびやかしていたようで、度々深刻な水害を村にもたらし、その度に祟りを鎮める為の人柱ひとばしらつまり生贄を要求していた。
 だからその蛇神の次なる要求はこうだった。
われが怒りを鎮めたくば、神仏を気取るよこしまなる巫女の身を捧げよ』と。どっちが邪な存在だ!って話よね。けどお姫様はその話を聞いて
『わたくし一人の命を供犠くぎにすることで、その蛇神の祟りを“永劫”に鎮めてみせましょう』と云って自ら進んで命を捨てに行ったの。けど村人たちはその実『姫様はその持てる法力によって祟り神めを“調伏ちょうぶく”せしめるのではないか?』という希望を抱いていた。あの姫様ならきっとそれを成し遂げてくれる、と」。

「ただ残念ながら村人の期待通りにはならなかった。姫様が自らの命を差し出したその日、大規模な天変地異が起こった。落雷に突風、海なんか無い土地なのに考えられないくらいの“大津波”まで発生した。それで村は壊滅的な被害を受けてしまった。
 特に姫様一行を保護していた『頭宇陀寺』は建物も僧侶たちも、姫様のお付きの者たちも全てを亡き者にされてしまった。残ったのは『ただ二つの梵鐘』、それだけ。
 その悲劇の後、姫様を慕う村の者たちが鎮魂の為に『双龍神社』を建立し、『頭宇陀寺』の遺留物である二つの梵鐘を祀ることになった。
 けれど村人の中には『あのインチキ巫女の連中が蛇神様を怒らせたから村が壊滅した』と恨みを持つ者たちも当然出て来てしまう。それゆえ未だ『蛇神の祟り』を恐れる村人からは『あの忌まわしき神社に絶対に関わってはならない』と忌避されるようになったの」。

     

「科学万能のこの時代に何が祟りだって思うでしょ?でもあの『双子沼』に蛇身の祟り神が今も住まうのは本当。だけど今私が話したことはあくまで村の『言い伝え』であってその全てが事実というわけでは無いの——」そこで清華は一度哀しそうな表情で俯いて
「だから、もし桜花が『本当のこと』が知りたかったら今から行く場所に付いて来て。けどこんな話バカバカしいって思ったら——」
「バカバカしいなんて思うわけないよ!」ってちょっと私、怒って云っちゃいました。
「朝からずっと深刻そうな顔しちゃって。今話してる時もこんな話、実際信じて貰えないだろうなって半ば諦めちゃったみたいな哀しい顔して。そんなに私が信用できない?私は清華をちゃんと信じてるから、清華を信じる私のこともちゃんと信じてよ!」
「ごめん、違う桜花。あたしは桜花を信じてないとかじゃなくって。ほら私たち友達って云ってもついこの間から急に仲良くなったから。距離感がまだそこまで近くないんじゃないかって。だからあたしのことをそんなに桜花が信じてくれてるなんて思ってなくて。あはは、ごめんね。多分あたし人を心から信用するとか、友達とどう仲良くなったらイイかとか慣れてなくて——」
 冷静になってみたら、確かに清華の云う通りなんですよね。清華は家族ごと一部の村の人たちから避けられてるわけで、その影響は学生生活にまで及んでいて。
 そんな時にいくら「村の外の人間だから」といって、私みたいなのが急に「親友ヅラ」してきたら普通は困惑しちゃうじゃないですか?
「ごめん、清華。私も何だか急に熱くなっちゃって。でも嬉しかったから。村の言い伝えの話だって誰にでも話して良い内容じゃないものね。だから私はある程度信頼されてるんだって解った。けど清華がこれから明かしたいって思ってる『本当のこと』って、きっともっと大事なことで。それを知ったら知る前の状態には戻れない。その覚悟はあなたにある?ってことなんでしょ」
「フフッ、桜花ったらいつから読心術使えるようになったの?あたしなんかよりよっぽど巫女に向いてるよ」
「伊達にコナン・ドイルとか京極堂シリーズ読んでるわけじゃないからね」って冗談を云い合って。
「ちゃんと私は覚悟できてるから。どこへなりとも、清華の行くところに連れてってよ」
「わかった。じゃあ行こう、“本殿”に」

 神社仏閣に詳しいわけじゃないから知らなかったんですけど、皆さんが神様に参拝する拝殿の奥に大抵“本殿”というのがあるんですね。当たり前ですけど普通は関係者以外立ち入り禁止のエリアであって。
「私って信用されてるどころかむしろ超VIP待遇なのでは?」って凄いプレッシャーを今更になって感じて。拝殿裏から本殿への板敷きの渡り廊下を歩いていても足元が覚束なくフワフワした感触で。
 なんだか物凄い重大案件を安請け合いしてしまったみたいな、そんなもはや後には退けぬ罪悪感みたいのがぐるぐるしてしまって。そんな風になんやかや考えてるうちに着いちゃったみたいで、“本殿”に。
 拝殿が比較的新しくて綺麗な感じに見えたんですけど、逆に本殿の方は“古色蒼然”といった感じで。いつ時代に建てられたとかはわからないんですけど、きっと昔『頭宇陀寺』が在った跡地に建てられたんじゃないかって、そんな気がしました。
 内部は軽く道場みたいに広い板敷きの間で。ここで多分神楽舞を披露するにしても十分なスペースというか。奥にはもちろん煌びやかな神棚もあって。御神体が何であるかっていうのは尋くの忘れちゃったんですけど、きっと刈鐘姫様に所縁ゆかりのある何かであろうとは思います。
 そこで迎えて下さったのが先ほどもお会いした清華のお母さんであり双龍神社の宮司でもある籠手刈穂さん。刈穂さんは何と先ほどの質素な神職の衣装から、まるでこれから神楽舞に挑むかのような“巫女装束”に着替えられていて
「よくおいで下さいました、桜花さん。これからお話しすることは当神社の“秘伝”にも関わることなので、このような装束で失礼致します」と仰って。
 そして村に伝わる口承とは異なる、清華が私に伝えたかった『本当のこと』。双龍神社に伝わる『双子巫女の伝説』について語り始めたんです。

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