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あのまるまるとした腹を突けば赤い血が溢れてくるはずである。

奴は身体が重いのか、動きが鈍い。よたよたと翔ぶ姿は滑稽で、無性に腹がたってくる。

何故、自制できないのか分からない。今も血を吸われた男は奴のすぐ側にいる。頭を掻きむしってる男が奴の位置に気付けば、一瞬で潰されるだろう。

男は痒さからか苛立っているように見える。自制し、俊敏に逃げられる分しか吸わなければすぐに安全な場所へ移動ができたのに、何故、欲望のままに血を得たのか私には理解できない。

奴が私に気付いた。はにかむ表情も腹立たしい。

私は男の家にある庭から生まれ、観察しながら生きてきた。あの男の血は吸ったことがない。他の人間の血で生きながらえてきた。

あの男の血は欲しいが、まず皮膚を貫くのに躊躇った。
また他の蚊を潰してゆく表情をみると、生きている最後の瞬間にあの顔をみるのも嫌だと思った。どうしても、刺せなかった。

奴がよたよたと近寄ってくる。
今まで私はあの男の血にしか執着というものを感じていなかったが、はじめて他の者の血にも興味を持った。吸うのではなく、浴びたいと思った。

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