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【炎の刻印】第21~22話

ⅩⅩⅠ「父子―KNIGHTS―」

 世界をとるか、一人をとるか。の回。

 雑な挨拶ひとつでふらっとレオンたちのもとを離れ、以降メンドーサに付いていると思しきヘルマン。番犬所とガルムが何を目的にしていたのか、今回やっと明かされることになる。
 彼らの狙いは、メンドーサが復活させんとしている巨大なホラーである。月食の今夜、メンドーサがホラーの封印を解くことにより、ヴァリアンテには特大のゲートが開き、ホラーの大群が押し寄せる。それを一掃することで、逼迫している魔戒騎士・法師の人手不足に対する一助としよう、というのがガルムの説明だ。人手不足なのに大量のホラーをどうやって倒すのか、という尤もなエマの疑問に、ガルムが示したのは不気味な分厚い雲。サンタ・バルド城上空に渦を巻くその雲からは、なにやら逆さまに天から突き出す尖塔がいくつも生えている。
 ガルムはその怪しげな秘密兵器に自信を持っているようだが、ヴァリアンテの王子たるアルフォンソにとって、民を危険にさらすようなこの計画は到底見過ごせるものではない。レオンにとってもそれは同じだ。目の前のたった一人を守るために、彼は再び騎士の鎧を纏ったのだ。それをないがしろにするような番犬所のスタンスは、レオンにはどうやっても相容れない。
 そして、その番犬所の命令にヘルマンが付き従っていることも、レオンにとっては到底理解できない事実である。
「誰の命令だろうと、納得できないことにオヤジが従うはずがない!」
 ちゃらんぽらんな、到底真面目とは言えないような父親である。だが、レオンにとっては、守りし者としての生きざま・矜持を教えてくれた、たった一人の父親だ。向き合うヘルマンに、レオンはまず言葉での対話を試みる。以前なら感情に任せて突っ込んでいっただろうに、だいぶ丸くなったことだなあ。引きこもっている間、ララがなんやかんやと話しかけてくれた影響かもしれない。武力を介さない言葉のみのコミュニケーションは、レオンの人生にとってはかなり新鮮な経験だったことだろう。それが証拠に、ヘルマンはレオンの問いかけを鼻で笑って、真面目に取り合おうともしない。
「言葉なんざ何の意味もねえ。魔戒騎士が語るのは、ただ剣のみだ」
 ヘルマンの挑発を受けて、レオンはとうとう父に斬りかかる。久方ぶりの真剣勝負は、確かに彼にとって非常に雄弁であった。繰り返される手、身体に染みついた間合いと極限まで高められた緊張感は、レオンに遠い過去のことを思い起こさせる。幼い自分が父の言いつけを聞かずに無茶をして、却って父を危険にさらしてしまった日。「ただ一人も見過ごすことなく戦って、戦い続けて死ぬ。それしかないんだ」……崖下に振り落とされ、敗北を喫しながらも、レオンは父の本心が今でも変わっていないことを確信する。岸に這いあがったその手にはヘルマンの魔導輪・ジルバが託されている。

 前回片足を失ったオクタビアは、居室でメンドーサと通信を行っている。
「自ら盾になると言うのだ。せいぜい役に立ってもらおうではないか」
「彼奴の言葉を信じるのですか?」
 ヘルマンの忠誠に対して懐疑的なオクタビア。彼女は知る由もないことだが、先に述べた通り、ヘルマンにとって「言葉なんざ何の意味もねえ」のだ。疑念は大当たりと言ったところである。
 だが、メンドーサとて馬鹿ではない。ヘルマンが番犬所の意を受けて動いていることなど、彼にはとっくにお見通しだ。それでも好きに泳がせているのは、ガルムらの思惑など到底うまくいくはずがないという自信があるからだ。
 メンドーサはヘルマンをサンタ・バルド城の最奥部へいざなう。曰く、墓所の上に建てられたという伝説の残るこの城だが、正確には城の地下にあるのは墓ではなく封印である。満々と澄んだ水を湛えた窪地の中心に、青白い燐光を放ちながら胎児のような姿勢でうずくまっている、首から上のない巨人。メンドーサはそれを「アニマ」=生命と呼ぶ。開かれたゲートに集まる無数のホラーを食らいつくして、アニマは完全なる復活を遂げる。その力を手にすることで、メンドーサは「永遠となる」のだという。
 人々に恐怖と死をもたらすホラーの親玉が生命そのものの名を持っているのはどうにも皮肉であるが、もとより死と生は一つの命を違う側面から見ているだけの言葉にすぎない。といっても、ホラーのもたらす「永遠」なんてろくなものではなさそうだ。

 余談。ガルムの発音があまりにもよく、常にメンドーサが「メンデューサ」になっているのが愉快。自分が覚えていないだけで、誰か別のよく似た人物が出てきたのかと思った。……出てきてないよな?


ⅩⅩⅡ「結界―DREADLY FOCUS―」

 ヘルマンがとうとう行動を起こす。メンドーサの仕事を黙って見過ごすのも、ガルムに言われるがまま恭順するのも、彼の望むところではない。守りし者として、ヘルマンは自分のなすべきことを為す。取り急ぎはアニマへと通じる扉を開き、レオンたちの到着まで死守することがその役目だ。切り落としたメンドーサの腕で生体認証を突破し、双剣の一つをつっかえ棒代わりにして、手負いのヘルマンは短刀一本で素体ホラーの群れに立ち向かう。素体ホラーは壁から天井から、尽きることなく湧き続ける。体力がなくなり、鎧を装着することすらままならなくなってもなお、ヘルマンは剣をふるい続ける。絶望の淵から這い上がってきた息子への確かな信頼がそこにはある。背後に希望があるからこそ、男は何度でも立ち上がることが出来るのだ。
 そのレオンたちは、ダンジョンのような幾重もの結界を抜けてヘルマンのもとへと急ぐ。託されたジルバは文字通りのメッセンジャーであった。どこで見ているとも知れないメンドーサにバレぬように計画を伝えるには、まさに適任である。
 結界をいくつも解除し、メンドーサが住み着いていた空間までたどり着いたレオンら。その瞬間、メンドーサの罠が発動する。呪物の発する光に包まれ、気が付くと3人は見知らぬ建物の上に立っている。レオンたちには何が何やらわからない景色だろうが、画面のこちら側の我々にとってはよく見慣れた光景。メンドーサが作り出したその空間は、現代日本のオフィス街にそっくりだ。無人のビルとビルの間を跳び、歩道をひた走り、レオンたちは街に隠された呪物を破壊する。あたかも、実写『牙狼』の魔戒騎士たちが昼のお務めとして、ゲート候補のオブジェを潰していくような光景だ。メンドーサが個人の力で時間と空間を超越したのか、それとも魔戒騎士や魔戒法師は、どんな世界の同胞ともどこかしらでつながっているものなのか……。
 やっとヘルマンの守る扉までたどり着いたレオンたち。が、ヘルマンは息子の合流を待たず、ひとこと声を掛けただけで先に地下へと降りて行ってしまう。動けない身体を見せたくなかったか。その目論見は当たって、レオンたちはすぐにヘルマンを追おうとはせず、悠長に室内の惨状を検分している。ここまで無理に結界を破ってきたので、多少体力を回復したいという理由もあるのだろう。しかし、壁中にヘルマンの物ともホラーの物ともつかない血痕が飛び散り、床にはメンドーサのしなびた腕が転がっているような状況では、到底気も休まらなかろうなあ……。

 ヘルマンによって片腕をなくしたメンドーサは、しかしそんなことを気にする素振りもなく、特大のテトリスに忙しい。パズルのように組みあがって、巨大な十字架を形作っていくそれは、今まで彼が魔女狩りと称して集めてきた魔戒騎士や魔戒法師の魂である。
「かつて封印されたアニマは、人を媒介としてよみがえったもの」だったとメンドーサはヘルマンに語る。しかし、今回メンドーサが媒介に使うのは、この巨大な十字架だ。魔戒騎士と魔戒法師の怨嗟の声が響き続けるこのオブジェクトにより、アニマはさらなる力を引き出されることになる。
 その昔アニマの依り代となった人間は、いったい何者だったのだろう。そんなに強大な力を得てしまうほど、世界に絶望していたのだろうか。
 同じくこの世界に絶望し、メンドーサの作る新しい世界を見たいと渇望する者がいる。オクタビアである。失くした片足に義足を嵌めた彼女は、人間の盾としてメンドーサにいいように使われながらも、その忠誠心を少しも揺るがせない。それどころか、自分にも魔戒騎士を倒すための力を与えてほしいとまで言い出す。妹のようにかわいがっていた後輩を自分の判断でホラーに食わせた後、彼女の魔戒騎士への憎しみは頂点に達した。すべての不幸の責任を魔界騎士に押し付ける彼女の生き方は、迷いが無いだけ楽ではあるが、しかしずっとしんどいままだっただろう。よくアンガーマネジメントで、怒りを鎮めるためには頭の中で数秒数えるとよいと聞く。数秒どころか何年たっても、オクタビアの怒りは深く彼女の脳裏に刻まれて消えることが無い。負の感情を自己に向ける(少し前のレオンのように)よりかは、外に理由を求めるオクタビアの方が若干健康的ではあるが。
 メンドーサの杖をオクタビアが掲げると、無数の黒い針が虚空より飛来し、彼女の眼球も皮膚も髪も全てを刺し苛む。人間を捨て、力を手に入れた彼女の姿は、まるで鉄仮面をかぶっているようである。決して感情を表に出さない、鋼鉄の淑女。身も心もメンドーサに捧げた彼女の、これが末路だ。
 ホラーとなったオクタビアは、瀕死のヘルマンを素通りしてレオンたちのもとへ向かう。どうせ放っておいても死にそうなヘルマンよりも、あからさまに後輩の仇であるレオンたちを優先したか。いくらメンドーサに忠誠を誓っていても、自らの根源にある感情は支配できないようだ。

 疲れ果てたヘルマンにはまたしても素体ホラーが、そして早くヘルマンのもとに駆け付けたいレオンたちの前にはオクタビアが立ちはだかる。絶体絶命の状況だが、こんな時でもヘルマンは前向きだ。腹の座り方の年季が違う。月食が完成し、ガルムが妙な兵器を暴走させないうちに、なんとかその場を切り抜けてほしい所。

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