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【炎の刻印】第19~20話

ⅩⅨ「黒翼―TEMPEST―」

 エマ、過去の因縁に決着をつけるの巻。

 当初より、エマは何かを探して旅を続けていた。父子と共闘する機会が増えるにつれ、それがルシアーノという名前であり、ホラーであるということが徐々に明かされてきた。
 ルシアーノ・グスマン。エマ・グスマンの夫であり、彼もまた魔戒法師であった。エマの記憶の中、彼は満月を眺めて「綺麗だな」と妻に微笑みかける。ただしその満月は幾体ものホラーの死体が宙づりになった向こうに冴え冴えと浮かんでいる。地面には大きな血だまりが出来ており、そこにも美しい満月が映りこむ。凄惨な職場環境の中でも綺麗なものを綺麗だと言える、そういう男だ。
 魔戒騎士たちに露払いのように扱われながら、グスマン夫妻は低級ホラーを狩る。メインディッシュの大物は、重役出勤の魔戒騎士たちが勇んで倒しに行くのだ。エマの操糸術は大量のホラーを殲滅するのに都合がいい。ルシアーノの鉄扇も飛び道具として利用することが出来る。ある意味では適材適所であるが、多くのホラーを狩るということは、それだけ多くの遺族を生むことになるということでもある。
 倒したホラーの指に嵌まっていた指輪。夫だったホラーをルシアーノに討滅された妻は、泣きながら彼をなじる。指輪はエマとルシアーノの場面でも印象的に光る、二人にとって大切なアイテムだ。それをホラーに見とめたことで、ルシアーノは思わずホラーと自分たち夫婦を重ねてしまったのではないだろうか。
 ホラー越しの満月を綺麗だと思えたのは、ホラーを単なる怪物としか見ていなかったからだ。ホラーがホラーになる前の人間について一度でも考えてしまうと、もう前のような見方では見られない。ルシアーノはただホラーを滅するのではなく、人をホラーに落とさぬ術を求め、深く思い悩む。ある晩倒した一体のホラーの姿が、さらに彼の苦悩を加速させる。そのホラーの首には、見覚えのある耳飾りがついていた。さきの未亡人がつけていたのと同じデザインのものだ。――先にホラーになった夫を自分に重ねたルシアーノが、今ホラーとして死んだ妻をエマに重ねてしまったとしても不思議ではない。
 どうにかして人を救いたいのに、一度ホラーになってしまえばもう二度と救うことはできないというジレンマ。良かれと思って倒したホラーが、新たな悲しみを呼び起こし、次なるホラーを生み出してしまう。そしてそれは、自分たちにとっても全く他人ごとではない。
 本当に、他人ごとではなかった。ルシアーノの激しい悩みに、ホラーの影が忍び寄る。そしてとうとうある夜、あまりにも大きな満月を見上げながら、彼は異形の翼を背に生やす。
「ここからだと、まるで誰もいなくなってしまったみたいだ。……不思議な ほど、気持ちが晴れたよ」
 人間が存在しなければホラーも生まれない。ホラーが生まれなければ、この世に残されて悲しむ遺族も生まれない。何と単純明朗な解決方法だろうか。
 尖塔から夜空へ羽ばたいたルシアーノは、街に向けてパワーダイブを刊行する。立ち並ぶ家々を巻き込んで地面に大穴を開け、そのままエマの前から姿を消してしまった。
「お願い! 私はあいつと約束したの!」
 反逆の可能性ありとして閉じ込められたエマは、騎士たちに向かって声の限りに叫ぶ。自分にルシアーノを追わせてほしいという彼女の願いは、しかし一笑のもとに切り捨てられる。「魔戒法師風情」を馬鹿にして出ていった騎士たちだが、その魔戒法師であったルシアーノにみな弑されてしまったのだから、笑おうにも笑えないジョークである。
 エマがルシアーノと交わしたという「約束」とは、何だったのだろうか。二人が指切りげんまんをするシーンなど、回想の中には出てこない。

 話はいまに戻る。ルシアーノをやっと見つけたエマは、レオンに見守られながら最後の戦いに挑む。戦闘機のような形に変化したルシアーノに対し、大量に射出した追尾機能付きのカイトを次々と乗り移りながら、二人は熾烈なドッグファイトを繰り広げる。そのさなか、エマの目に映ったのは街中にそびえる尖塔だ。街を見下ろすようなバルコニーは、かつて彼女とルシアーノが幸せな日々を過ごした場所によく似ていた。
 ルシアーノの名を叫びながら、エマは彼に向って指輪を投げる。頭上から落とすように投擲された指輪は、ルシアーノの視線を一身に受け、込められた呪いを発動させる。現像のように浮かび上がるのは、かつて二人が身を寄せ合った記憶のイメージだ。ルシアーノの風防が割れ、中から生身の瞳が覗く。爆炎に吹き飛ばされ、エマは尖塔に向かって落ちていく。
 塔の先端の鋭い装飾が今にもエマの柔らかな脇腹に突き刺さる、そのギリギリのところで、大きな鉤爪が彼女の身体をすくいあげる。
 少し血色の戻った、まるでかつて人間だったころみたいな顔で、「お帰り、エマ」とルシアーノは語り掛ける。
「そうだったの。あなた、ずっとここに帰りたかったんだ」
 ルシアーノの頬に手を伸ばすエマ。その声音はひどく優しい。ルシアーノが縁もゆかりもないこの街に現れた理由は、自分との思い出を尖塔に重ね合わせていたからだった。「ここ」とは今この場所ではなく、二人が過ごしたあの尖塔のことなのだ。同じ光景を思い出し、同じように懐かしむことが出来る。もしかして、と淡い期待を抱きたくもなる。
 だが、彼女は身に染みてよく知っている。一度ホラーになってしまった人は、元に戻ることは無いのだ。
「僕はもう何も失いたくない。だから、僕の中で永遠に――!」
「永遠に、お休みなさい、ルシアーノ」
 大きく開かれたルシアーノの喉奥を、糸で硬く固めたエマの黒髪が刺し貫く。

 エマとルシアーノの約束。ルシアーノの側から何かを提示したような描写はないが、エマからはひとつ、彼に提案していたことがあった。
「ね、どこか遠くで、別の暮らしをしてもいいんじゃない? ふたりで、穏やかに年を取っていく。それでも私は構わないわ」
 人をホラーに落とさないための研究にのめり込みすぎているルシアーノに、エマが告げた言葉だ。
 このエマの言葉は、なんだかルシアーノへ向けた誓約のようにも聞こえる。魔戒法師であろうとなかろうと、年を重ねて互いが命を全うするまで、ふたりで一緒に生きていく。あなたがいつか死んでしまう時まで、私はずっとそばにいる。
 残念ながらその時には、ルシアーノはエマの提案を固辞している。人を救いたいという思いは、彼の中であまりに大きくなりすぎていたのだ。先走り過ぎた願いは、彼の身に悲劇を呼び込むことになった。
 二人で暮らした土地とは遠く離れた街で、文字通りにルシアーノは「別の暮らし」をしている。ルシアーノを追って旅をしているエマも、今まで通りの暮らしとは到底言えまい。穏やかに年を取る事こそ叶わなかったが、ルシアーノの瞳が最後に捉えたのは、永遠に己の血肉にしたいほど愛する妻の姿であった。だいぶ当初の予定とはかけ離れたものの、エマはルシアーノへの「約束」を無事に果たしたのではないだろうか。

 以下余談。
 碁の打ち方を全く知らないガルム、微笑ましい。一人ぼっちの番犬所では教えてくれる人も相手をしてくれる糸もいないので、一人遊びに精が出るのもやむなし。
 ホラーのことなら何でも知ってるザルバさんだが、一人称の「我」がまだ違和感ある。ところ変わればキャラも変わるものだなあ。
 敵を蜘蛛の巣のようにからめとり、巻き付けてねじり切るような使い方が多いエマの糸。今回は自らの髪を剣とするため、ぐるぐると巻き付けて補強に使っていた。しなやかに受け止めるのではなく、貫き通すための一点集中だ。糸だけではなく己の一部を使ってとどめを刺すのは、彼女のルシアーノに対する思いの表れのようにも思える。また、長髪を切ってショートヘアーになったことについて、なんだか夫を亡くして仏道に入った尼僧のような印象も覚えた。
 そしてレオン、きみ、やはり父の子なのだね……。てっきりララに操でも立てるのかと思ったら……。


ⅩⅩ「侍女―DOUBLE DEALER―」

 サブタイトル、ダブルスパイ的な「二か所に使える侍女」の意味だろうかとなんとなく思っていたのだが、調べてもdealerという単語に「侍女」の意味は無いので少し首をひねっている。「dealer 侍女」で検索してもこのアニメしか引っかからないぞ……。
 dealが「対処する」「取引」という意味のようなので、よりよい暮らしを求めて打算的に王に仕え、もし王子からの求婚があれば受け入れる、とラウラに話すオクタビアの気質を表す表現なのだろうか。メンドーサとの関係も、取引的であると言えなくもない。オクタビアは献身的にメンドーサに仕え、代わりにメンドーサは彼女を決して見捨てない。
 かつてメンドーサが回想していたが、メンドーサが神以外のものを信望しているとオクタビアに見抜かれたのが、彼女を傍に置き始めたきっかけであった。オクタビアもまた、神などと言うものを信じていない。あんなに一生懸命お祈りしていた家族が狼の群れに襲われた時、神様は(そして村人たちは)ちっとも助けてなんかくれなかった。狼たちは家の中に入り込み、そこにいた人間を荒々しく食らっている。外にいたオクタビアは、窓の格子から妹のアレッタに「逃げよう」と必死な声をかける。だが、アレッタは家から出ようとしない。きっと神様が助けてくれるはずだから、と。その頑迷な信心深さが、アレッタの命を奪った。
 おっちょこちょいな新米侍女ラウラに妹の姿を重ねながら、オクタビアは夜ごとメンドーサのために食事を運び、世話をする。メンドーサの起こす秘術の奇跡は、祈りなどという不確かな要素がもたらす結果ではない。メンドーサの尽きない研究心と向上心によって、計算づくで生み出されるものだ。それは、魔術理論と人間との取引であるとも言えるだろう。

 ラウラは城に入ったばかりの侍女である。侍女頭のオクタビアについて、王の身の回りの世話をすることを仕事としている。周りの他の侍女たちからは、そのどこか抜けている性格についてひそひそ陰口をたたかれている……たとえばぼんやりしていて王子にぶつかったり、その拍子に持っていた水差しを落としてしまったり、水差しを拾い上げると零れた水もそのままに自分の仕事へ向かってしまったり。
 だが、根が悪い娘ではないのはオクタビアもよくわかっている。だからこそ王の世話という大変重要な仕事を彼女に引き継がせようとしているのだ。夢見がちなラウラの性格は、オクタビアの妹・アレッタの面影を思わせる。
 だが、ラウラはラウラ、アレッタはアレッタだ。
 王子が連れてきた二人の客人、レオンとエマに自分が疑われていると悟り、オクタビアは巧妙にラウラを利用する。自身がメンドーサのもとへ向かうためのおとりとして、ラウラに地下での水くみを命じたのだ。お人好しの王子はそれでやり過ごすことが出来た。が、罠に引っ掛かったのはオクタビア自身の方であった。
 地下神殿の中にエマが張った一本のワイヤー。知らずに歩くオクタビアは、うっかりそれを足に引っ掛けてしまう。急行するレオンたちを撒くため、オクタビアは走る。彼女が向かったのはあろうことか、王の寝室である。
 ベッドの中で安らかに眠っている王。その傍にはラウラが控えている。血相を変えて飛び込んできたオクタビアを、ラウラは何の疑いもなく出迎える。
 そこでオクタビアが取り出したのは、金属製の小さな呪物。メンドーサから託された、いざというときのためのホラーである。
 呼び出したホラーに、オクタビアはまずラウラを食わせる。一切の抵抗も出来ず、声を上げる間もなく、ラウラはこの世から姿を消した。
 丁度そこへ飛び込んできたレオンたちに、オクタビアは虚偽の申告をする。いわく、「ラウラが急にホラーとなり、自分たちを襲ってきた」と。話に信ぴょう性を持たせるため、更に彼女は自分の足をホラーに食わせた。これにより、巻き付いたエマの糸を証拠隠滅することにも成功する。一石二鳥の作戦だ。
 ホラーは騎士たちによって瞬く間に討滅される。足を食われたショックで気を失ったオクタビアは、血止めの処置などをされたうえで、王子の手によってベッドに運ばれている。空虚になった自分の足先を確かめるようにしながら、オクタビアはひとり目をつぶる。メンドーサを守り切れた安堵と疲労が滲んでいるようだ。そこにはもしかすると、やり切れないような思いも少しは生まれているのだろうか。アレッタを奪った神を憎みながら、今信望するメンドーサのためにラウラを犠牲にした自分自身。その矛盾する怒りを、彼女はすべて魔戒騎士に向ける。メンドーサの薫陶の賜物というよりは、どちらかというと自分の心を守るための責任転嫁のようにも聞こえる。

 無事ホラーを討滅したレオンたちは、まだほかに関係者がいるのではないかと疑いを巡らせている。そこに現れたのは、先日ふらりと姿を消したヘルマンであった。

 以下余談。
 前回エマと一線を越えたとおぼしきレオン、エマに対して妙に体を気遣ったり、守ろうとしたり、こうなんというかむず痒い感じ……百戦錬磨の父とは違って、まあ初戦だしな、という……。エマの方も特段嫌がる素振りはないので、なし崩しに付き合っちゃっているのか? そういうことなのか?

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