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【炎の刻印】第17~18話

ⅩⅦ「雪夜―SNOW FALL―」

 2クール目に入ってからこのかた、丁寧に描かれ続けてきたレオンの心境の変化が結実する回。

 冒頭、レオンとララは「妖精の丘」と呼ばれる不思議なモニュメントへ。苔むしたそれがかつて番犬所への入り口であったことを見抜くレオン。だがモニュメントはとうにその役割を終え、今ではホラー除けの結界が残るばかりである。
「必要ないんだ、だから忘れられたんだな」と、古びた表面に触れてレオンは目を閉じる。「俺と、同じだ」
 父やアルフォンソが自分を探しているような話はとんと耳に入ってこない。偶然再会したエマも至極あっさりした態度であった。まるで、別の世界に住む人間と立ち話でもしているかのような。
 自らとモニュメントを重ね合わせているかのようなレオンの表情は、どこかうつろだ。あたたかい愛情に触れ、まるでただの優しい青年のようになったレオンだが、それでも一抹の寂しさは拭いきれないのだろう。ぜいたくだが切実な悩みだ。生まれ育ってきた過酷な世界から忘れ去られることが、どうしても埋められない喪失感をレオンに与えている。

 それでも、レオンは良く持ち直している。ホラー討滅の為、領主のもとにアルフォンソ王子がやってくるとの噂が流れる。おおかたララに引っ張られて行ったのだろうが、王子を出迎える領民たちの中に交じって、レオンはその顔を隠しもしない。地べたから堂々と馬上のアルフォンソを見上げている。
 領主の館に招かれ、簡単な近況報告の後。「レオン、私は」と切り出しかけたアルフォンソを、レオンは「アルフォンソ」と鋭く名を呼んで制した。そしてそのまま、とつとつとあの夜のことを詫びる。さきに真摯に詫びられてしまえば、アルフォンソはもう何も言えない。「私は」のあと、アルフォンソは何を告げようとしていたのだろうか。同情? 説教? いずれにせよ、レオンはその思いやりに満ちたお言葉を先んじて封じたわけだ。何よりも自分の言葉で、ノイズのない自分の思いを伝えたいと思ったのだろう。
 自分には守りたいものが無かった、とレオンは言う。魔戒騎士として生きてきた人生の中で、確かに彼は色んなものを守ってきた。だが、それは魔戒騎士の義務を果たしていただけにすぎない。心底守りたいと思って、守ってきたわけではないのだ。だからその信念はすぐに揺らぐ。憎しみの炎にすべてを上塗りされてしまう。
 魔戒騎士の資格を失い、生死の縁をさまよって初めて、レオンは自ら守りたいと思えるものを見つけた。
 王子アルフォンソと旧知であるレオンを、ララは「別の世界の人」と称し、「元の世界に帰っちゃうんだよね」と膝を抱えている。そんな彼女に、レオンは「俺はここにいる」と手を差し伸べる。
 アルフォンソとの再会、そして彼の口から父の近況も聞き、レオンは自分が「忘れられ」てなどいないことを知る。そのうえで、彼はララの手を取る。なし崩しで居つくのではなく、自らこの場所を選んだのだ。喪失感が消えたわけではないが、それを自分の一部として受け入れることが出来るほど、レオンの心は穏やかになった。
 最初は「なにも無い」としか感じられなかった風景を、今では「いい眺め」と思える。そこに家を持ち、土に鍬を入れ、自らの足で隅々まで歩き回って生きたからこそ、その眺めの一つ一つに価値を感じられるのである。レオンがそう感じられるようになったとすれば、彼の言う通り、たしかにそれはララのおかげである。彼女が彼女の大好きな畑や森に、どんどんレオンを連れ出したから、レオンも畑や森に好意を持ったのだ。

 平和に見えるこの土地だが、ホラーの魔の手は粛々と忍び寄っている。地面の中を移動し、壁など簡単に食い破っては村人たちを襲う、禍々しいホラーだ。
 ホラーの気配を察知し、レオンはそれをなんとか食い止めようとする。地中から飛び出してきた巨体に対し、転がっていた手斧で果敢に応戦。昔取った杵柄で、眼球の一つに傷をつけることには成功するが、ほんのわずかな時間稼ぎにしかならない。
 レオンにできるのは、安全な「妖精の丘」へ皆を逃がしつつ、救援を呼んでくることだけだ。畑の中の一本道を、レオンはひたすらに走る。足はもつれ、崖からは転がり落ち、走り続けたせいで息は完全に上がっている。きっと、かつての彼ならば呼吸ひとつ乱さずに駆け抜けた距離だろう。
 運よくパトロール中のアルフォンソと出くわし、レオンは「助けてくれ」とわめく。恥も外聞もなく、今のレオンには黄金騎士に縋る事しかできない。「守りし者」でない彼が誰かを守るためには、ほかの誰かの力を借りなければならないのだ。レオンのただ事でない様子に、アルフォンソはすぐさま現場へ馬を向ける。はたして、ホラーはそこにいた。炎を発してララたちの家を勢いよく燃やし、頑強な顎で何かを咀嚼している。
 地中を移動する能力と硬質な外皮には、流石の黄金騎士も若干の戸惑いを見せる。だが、そこはガロである。勢いよく飛び出した口先にすっと降り立って、足の力で左右に顎関節を広げ砕くという規格外の方法でイニシアチブをとると、ホラーの胴体を剣で地面に縫い留め、目にもとまらぬラッシュでダメージを与えまくる。殴りながら次第に鎧の口が開き、狼の鋭く長い牙が剝き出しになる。レオンの母が与えた防衛本能のお守りは、アルフォンソの代になっても引き継がれているのだろうか。

 アルフォンソと別れたレオンは「妖精の丘」を目指すが、途中の山道で見知った顔に出くわす。ララの愛犬、いつもそばにぴったりくっついて離れない、忠実なる家族の一員が、倒れこんで弱々しく前足をかいている。
 異常を感じ、レオンは急いで家へ戻る。そこで見たのは真っ黒に燃え落ちた柱や梁と、地面に焼き付いた人間の形の血痕。血痕の一つは破れた種籾の袋に手を伸ばしている。種籾は自分たちの命だ、と言っていたララの祖父。自らの命を賭しても種籾を守ることで、家族みんなの生活と命を守ろうとしたのだ。
 慟哭するレオンの耳に、か細い声が届く。ララである。つぶれた家の下敷きになりながら、必死にレオンの名を呼んでいる。
 ララの身体をかき抱き、レオンは「いつまでもララと一緒だ」とその手を握る。だが、彼女は最期にレオンを「旅人さん」と呼ぶ。
「わたしの、しらない、とおくの、せかいに……」
 降りしきる雪のなか、彼女の瞳からは光が失われていく。
 レオンに魔法をかけたのがララなら、その魔法を解くのもまたララの役目なのだ。ララたちとの出会いで「旅人」からただの「レオン」になったレオンは、今また「旅人さん」に戻される。この地で家を再建し、ララや祖父の墓を守ってつつましく暮らしていくことを、ララは彼に許さない。
 誰よりもレオンと一緒に居たララだから、レオンの抱える喪失感についても、彼女はうっすら気付いていただろう。そして、それが「遠くの世界」に起因していることにも。昼間アルフォンソと出会ったことにより、「私の知らない遠くの世界」が、レオンにとっては「もともと存在していた、よく見知った世界」であることに彼女は改めて気付く。レオンは「ここにいる」と言ってくれたが、自分が死んでいく以上、そこに「旅人さん」を縛り付けるわけにはいかないのだ。だから、彼女はレオンにかけた魔法を解く。
 たとえ魔法が解かれても、鎧を持たない今のレオンは復讐に命を燃やすことすらできない。なにより、地に足をつけて生きる実感を、レオンは長らく味わいすぎた。元の世界に舞い戻ったとしても、昔と全く同じように振る舞うことはできないだろう。
 初めてできた守りたいものを失い、手に入れかけた生活も失くして、彼は一体これからどうすればいいのだろうか?


ⅩⅧ「幻炎―SCAR FLAME―」

 レオン、再び立つ回。

 ララの亡骸を抱えて、どこまでも雪が積もったあぜ道をレオンは歩く。春になればカミツレの真っ白な花が咲くのだ、とララが心待ちにしていた道だ。穢れなく地を覆い隠した白雪は、彼女へのせめてもの手向けになるだろうか。
 なお、あんなによくしてくれたララの家族たちの姿は一切描かれていない。やはり昨夜のホラー襲来により、みな形も残さず焼けてしまったのだろう。 唯一手許にかき抱いた「守りたいもの」の骸を、レオンは浅い墓穴の中にそっと横たえる。まるで眠っているかのようなその身体に冷たく湿った土を掛けようとしたとき、心の奥底に潜んでいた黒炎が嘲るように姿を現す。
 ホラーを憎むことを「やめられない、やむはずがない」と煽り、レオンを駆り立てようとする影。自らを蝕む呪いに、レオンははっきりと抵抗する。燃え残った家の廃材で作ったララの墓標を地面に突き立てて。そして、アルフォンソが残していったごく普通の剣をふるって。
 レオンひとりでは、もしかしたら抗えなかったかもしれない。父と旅していた頃のレオンがそうだった。憎しみを力として放出する術は身につけたが、それを積極的に消し去ろうとまではしていなかった。だが、ララの存在、そしてアルフォンソの存在が、レオンを正しく導く。
 十字架の墓標は、文字通り彼の行く先を示す標だ。そして、剣はまっすぐに道を進んでいくための、誰かを守るための力だ。
 心配して駆け戻ってきたアルフォンソに、レオンは告げる。「たった一人でもいい、明日へ、その先へつなげていける力」である、黄金の鎧を返してほしいと。

 レオンとアルフォンソの戦いは、アーチ状を積み重ねたような外壁が残る、古い遺跡で執り行われる。刃引きもしていない真剣で、命がけのやり取りを交わす二人。
 レオンが突きこんだ剣をアルフォンソはまっすぐに切り下ろす。レオンの剣は地面に刺さる。咄嗟にアルフォンソを蹴り飛ばし、距離を開けるレオン。彼は剣の柄を掴むと真上に投げ上げるように引き抜く。宙に浮いた剣を横から握り直すと、刃先が背に流れる。身を回しながら曲芸のように背面で剣を持ち替え、遠心力を剣先に乗せてそのままアルフォンソに叩き込む。
 実力は拮抗している。マントをなびかせて宙を舞いつつ、フェンシングのような突きや真っすぐに構えた斬撃でレオンに畳みかけるアルフォンソ。それを受けながら反撃するレオンは、アルフォンソの足場を崩すほどの強力な一撃や、先ほども見せた蹴り、また刃先を地面に引きずるような下段からの切り上げで、アルフォンソの首筋を狙う。気合の入ったアクションは眼福。

 暗い森の中、木のようなホラーに追われる姉弟。もうだめかと神に助けを乞うたその時、二つの影が立ちはだかる。アルフォンソと、真新しい白いコートに身を包んだレオンである。レオンの指には魔導輪ザルバ。黄金の鎧はいま再び、元の主に戻ってきた。
 久方ぶりにガイアの鎧を纏ったアルフォンソとともに、レオンはホラーを圧倒する。闇になびくマントが格好いい! 助けた姉弟に礼を言われ、黄金騎士はひとり涙する。悔恨ではなく、きっと安堵の涙だ。彼は再び「守りし者」になることが出来たのである。

 さて、ヘルマンである。以前番犬所に呼び出され、メンドーサに協力するよう告げられていた彼。ヒメナにも言わずにしばらく姿を消していたようだ。女のところにいるのではないか、というアルフォンソの推測はおそらくある意味では正しい。神官を女と見ればだが……。
 宿代を支払い、立とうとするヘルマン。その背中をそっと引き止め、涙をこぼすヒメナ。出会いはまるでギャグで、再会は傷だらけで、そして過ごしてきた時間は温かくて。
 魔戒騎士に永遠の安住を望むことはできないが、一夜の夢なら与えてやれる。隣にぽっかりとスペースの開いたベッドで目覚めたヒメナは、花瓶にささった一輪の白い花を目にとめ、ひとり膝に顔をうずめる。
 バリアンテを離れたヘルマンは、何年振りかに口を開いたという相棒・魔導輪ジルバに軽口を叩きつつ、息子と甥に暇を告げる。彼によると、メンドーサへの協力は、どうやら「守りし者」にとっても悪い話ではないようだ。今までのメンドーサの所業からして、こちらとしては不安しかないのだが……。

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