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【読了記録】 『日の名残り』(カズオ・イシグロ) 感想

ここ数日、多忙な日々が続いていたが、カズオ・イシグロさんのこの作品をようやく読み終えることが叶った。
主人公の老執事スティーブンスの視点から語られる過去と現在のこの物語は、美しく、きわめて温かい示唆に富んでいる。読み終えた今、僕はこの作品に潜む優しさを分析することができるように思う。

イギリス的な優しい眼差しが素晴らしい

この作品は上述の通り、老執事スティーブンスの一人称物語である。そしてその言葉の清流を丹念に泳いでみると、著者であるイシグロ氏の思いやりと慈愛に満ちた眼差しをふんだんに感じとることができる。

あたかもヨーロッパの昔風の暖炉の中に燃える、セピア色の光のようなこの独特の慈愛は、まぎれもなくディケンズの時代から連綿と続くイギリス的な優しさ、あるいはこう言ってよければヒューマニズムを体現しているように、僕には思えた。

そう思って巻末解説を読むと、まさにディケンズがイシグロ氏の影響を受けた作家として言及されており、溜飲の下がる思いであった。氏は日系イギリス人であるが、英文学の伝統と本質を見事に表現してみせたのだ。

主人公の一途な思慕が美しい

さて、その巻末解説と僕とで感じたものの異なる部分もあった。僕の独自の解釈かもしれないが、ご高覧願いたい。
それは、スティーブンスの涙のワケである。

解説では雇い主であるダーリントン卿の不幸、そしてスティーブンス自身の不幸、これらが互いに重なって、スティーブンスは感極まってしまったとあったのだが、僕の解釈は少し別である。

もちろん執事たる彼自身にも不幸はあったのかもしれない。だが全ての原因は、偉大で人情味溢れるダーリントン卿への、執事であり召使であるスティーブンスの、一途な思慕の情から来ているように僕には思う。

物語全体を通じて、彼は執事としての品格に非常にこだわる。その品格を主人に対する忠誠心に見出した彼は、初めのうちはきわめてぎこちなく人工的に、主人に忠誠心を持とうとする。そして、それは物語を通じて次第に大きく、自然なものになっていく。

最終的には、それは主人に対する思いがけぬ涙という形で結実するのだ。当然かもしれないが、人工的な感情で人は自然に涙を出すことなどできない。
この涙は彼が執事としての品格を、つまり雇い主に忠誠心を持つという任務を、見事に立派に達成したということ、まさにその象徴だと言えるのではないか。そう僕には思えたのだ。
スティーブンスは偉大な執事である。

旅の終わり、イシグロさんの眼差しが温かい

スティーブンスとミス・ケントンの若き日のロマンスも、不幸と言えば不幸に終わったのかもしれない。だがその頃スティーブンスは品格を追い求めるのに必死だったのだ。そう、恋愛感情よりも。

その辺りの感情の変遷による満たされない気持ちも、イシグロ氏は温かく眺めている。結局、ミス・ケントンは幸せになったし、スティーブンスも旅の終わりで、求めていた品格に辿り着けたことで、幸せになれたのではないか…僕はそう願ってやまない。

イシグロ氏は物語を通じて、ともすれば失いがちな人情を僕に思い出させ、僕の内面を柔らかい光で満たしてくれた。
具体的には控えるが、様々な深淵かつ難解な問題も、やんわりとしかし的確に捉えられていて、僕はここにノーベル賞作家の力量を垣間見た思いがした。
素晴らしい旅であった。

新たな旅へ

スティーブンスは新しい雇い主に忠誠心と、そしてユーモアを持って尽くそうと決意する。
彼の新たな旅の始まりである。

そして読者たる僕もイシグロ氏の美しい作風に惚れ込んだようだ。氏の作品のクオリティの高い優しさで引き続き心を洗いたいのである。

そう思った僕は、さらにこの優しい世界に潜り込む。幸いにして僕はまだ氏の作品をこの一冊しか読んでいない。目の前に広々と展開されている彼の多様な作品群の中から、次はどの作品を取り出そうか。
僕の新たな旅の始まりである。

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