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営業マンという仕事:5

転職活動を初めですぐに紹介型のエージェントに登録し貿易商社の面接にこぎつけた。それまではサラリーマンの世界は全く知らずに生きてきたが、面接に関して特に緊張することはなかった。それまで正社員として10年勤務している設備取付業は辞めておらず、面接の日時調整が大変であった。

現在もそうだが現場職人の仕事に週休2日はほとんどない。特に建築現場関係は皆無に等しい。
そんな中、週休2日制をとっている会社の面接に行くには平日の仕事を終わらせてから出ないとまず行けない。面接は毎回仕事が終わってから行ける時間帯に調整してもらっていた。面接希望時間は全ての企業に対して19時を指定していた。そうでなければ面接へは行けませんというスタンスは変えなかった。

これには既存の仕事が終業してからでないと行けないという実際問題とは別に2つの目的があったからである。

その1つ目は転職を希望しているが現職にはコミットしており献身的に働いていることを間接的に主張し、簡単に有給、半休は取れない会社で10年間も働き続ける耐性があることをアピールするため。

2つ目が重要で、相手企業の19〜20時にかけた社内の雰囲気を確認するために常にこの時間帯を指定していた。

転職時の面接は最低限のやり取りに留めても約1時間ほどはかかるし、話し込んでしまうと2時間に迫ることもしばしばあった。面接は個室で行われることがほとんどだが、個室に招かれ入る際と帰り際は必ず相手企業の社内を見てとることができる。なんなら部署の配置やフロア構成などの説明を求めても良い。私にはその観察が非常に重要だった。

もうみなさんもうお分かりだろうが求人要項の就業時間が8時から17時、9時から18時などと書いている中で、19時の面接を快く受け入れてくれる企業はよっぽどその人材が欲しくて時間を合わせてくれているか、普段から残業が常態化していて遅い時間に設定された面接時間に対して何の疑問も感じていないかのどちらかであると当時の私は考えるようにしていた。

1社目の貿易商社の面接は冷たい雨の日だった。足元が重い中遅い時間に来てくれてありがとうと謝辞をもらい非常に丁寧な口調で話す営業部長さんが面接してくれた。話も盛り上がり面接終了は20:30を回っていた。面接会場の応接室を出ると一目に見渡せる広いフロアの奥、その部長さん席の上だけ蛍光灯が灯され、フロアはほかの全ての電灯が消灯され社員さん達はほぼ全員帰宅してしまったようだった。

薄暗いなかで瞬間的に通る通路からフロアの様子を瞼に焼き付けると、几帳面に配列されたデスクは灰色のスチール製で、役所や学校でよく見るレトロなものだった。配置的に上長が座る位置は部下達のデスクの背後にあり、一般社員のデスクであろう多数の机の上にはPCらしきものはなく、一部の机の上だけにデスクトップパソコンが置かれていた。

私は面接結果が出るまでの数日の間にこの会社の事務所近くに数回偵察に行っている。それはやはり残業の実態を確認するためだ。相手企業のロケーションによるが大体はどこかのテナントビルに入居していてどこかしらの窓際には面している。ましてや自社ビルなら分かりやすい。探偵顔負けの張り込みで残業の実態を調べるのである。面接の帰り際に焼き付けたフロアのイメージを反芻して実際のオペレーションをイメージする事でその会社は自分の求めている環境に則しているかを類推するのである。

この観察と類推、それを元にした考察で相手の本心や本質を見極め仮説を立てる、それを自分の立ち回りに生かしてニーズを引き出しスムーズに受注に繋げる。この能力は法人営業では欠かせない能力となる。商談相手がどの様な目的であなたに会おうとしたのか?その相手の真の目的は何なのか?相手と話をできる時間は限られているし、特に親しくしているベテラン同士でもない限り腹を割って話してくれるものではないから、外回りに出始めた初級の営業マンは商品知識、業界知識などは大前提として、まずこの「洞察力」が非常に重要となってくる。

営業マンが狩りに出る捕食者だと考えると、猜疑心と警戒心が強くないとダメである。更に心掛けとしては相手との立場や考え方の違いから生じる認識の差というものに対して常にアンテナを張り、その認識の差を埋めたり利用したりするような考察癖をつけると無駄な商談に時間を浪費しなくて済むし、ましてや「こうじゃなかった」とならないように洞察力を駆使して先を読み、自分の行動を管理することは営業マンにとって必須の能力であるのだが、この頃の私はそういった能力に無自覚で感覚と衝動だけを頼りに転職活動をしていたのであった。

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