部員の読書日記「雨の日に読みたい本」
こんにちは。Seel編集部のNです。
早速ですが今回は「雨の日に読みたい本」を紹介します。
雨の日ってちょっとだけ特別感がありませんか?
昼間でも窓の外が少し暗くて、いつもより時計の針が進むのが遅く感じられる日。
そんなとき、雨の音を聞きながらゆっくりと読みたくなる本を紹介します。
江國香織さんの『流しのしたの骨』という小説です。
この小説は、父母と4人の姉弟で構成される宮坂家の日常と、そのなかで起こる小さな事件を描いたお話です。
ちょっと変なこの家族は、温かいようでどこか冷たく不思議な空気が漂っています。
たとえば雨の日にタクシーに乗るとき。宮坂家は、なぜだか誰も何も喋らずみんなじっと前を見て、ワイパーの音を聞きます。
たとえば母のお手伝いをするとき。宮坂家の子どもたちは、ぎんなんをむくとか餃子の具を包むとかいう単純作業をする母のそばで、本を読んであげます。
変ですよね。でもこれが、この家族の「普通」なのです。
きっとどこの家族にもそれぞれの「普通」があるのでしょう。
あとがきの江國さんの言葉を借りるなら、
「たとえお隣でも、よそのうちは外国よりも遠い。ちがう空気が流れている。階段のきしみ方もちがう。薬箱の中身も、よく口にされる冗談も、タブーも、思い出も。」
普段は知り得ない、よそのうちを覗き見ているようなおもしろさがこの小説の最大の魅力だと感じます。
また、この小説でもうひとつ注目したいところがあります。
それは、三女のこと子とその恋人の深町直人の関係です。
デートを重ねて少しずつお互いの好きなものを知っていき、丁寧に距離を縮めていくふたりは「正しい恋人」という感じがして素敵です。
それにこのふたりのデートが描かれるときは、他のところよりもなんだか空気が柔らかくなる感じがします。
最後に江國さんの文章について。
家族や恋人の日常を淡々と綴った江國さんの文章や、独特な言葉選びは読んでいるうちに心を落ち着けてくれます。
この本には好きな表現がたくさん散らばっているのですが、そのなかからひとつだけ引用させてください。
「それぞれの体の大きさにみあった、掛布団のつつましいふくらみ」
これだけで、背伸びをしていない等身大の暮らしが自然と伝わってきます。
「つつましい」という形容詞は生活感があっていいですね。決して贅沢ではない、小さな幸せが感じられます。
詩人でもある江國さんの紡ぐ言葉や文章が、この小説の魅力を増大させているのです。
どうしてこの小説を雨の日に読みたくなるのか、明確な理由はわかりません。
強いて言うなら、この小説の纏っている静かな雰囲気が雨の日と似ているのかもしれません。
皆さんも雨の日に、よそのうちを覗き見てはいかがでしょうか。