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ニュース定型文は覚えてしまおう(政治用語解説編③)

地味に(?)人気のあるニュース定型文シリーズも今回で3回目となりました。特に今月は全人代・全国政協会議があり、中国の新期指導部が発足したこともあり、どのような政策を新たに打ち出すのか注目していたという人も多いでしょう。

彼らの政策がいいかどうかということは別にして、指導者が常々口にしている独特な政治用語をしっかり理解しておくことは中国のニュースを読み解き、理解し、さらには翻訳する上でとても必要なことだと感じています。

というわけで、今回もこのような思いから皆さんに中国政府(中国共産党)の政治用語を解説したいと思います。お付き合いください。

百年未有之大变局

この言葉ですが、特にコロナ後から目にすることが多くなったと感じる人もいるでしょう。

私はこの語句を「100年間なかった大きな局面の変化」と訳しています。

この中にある「局面の変化」とは「世界が現在経験している激動の情勢」を指すだけでなく、「中国が現在直面している激動の情勢」も指しており、「これらの情勢は互いに影響しあっており、因果関係があるのだ」というのがこの言葉の真意となっています。

この言葉を最初に口にしたのは習近平総書記ですが、実は初出はコロナ後ではなく、2017年12月28日に開催された外国駐在使節工作会議に出席した際に彼が述べた次の言葉が最初とされています。

その後も習近平総書記は国際会議で何回か口にしていましたが、2020年初のコロナの世界的な流行、2022年のロシア・ウクライナ戦争など世界を大きく揺るがす事件が多発するようになり、この「百年未有之大变局」という言葉はますます大きな意味を持つようになっていきました。

◇◇

さて、、ここからは翻訳者目線の問題です。読者の皆さんの中には、「变局」はそのまま「変局(へんきょく)」と訳してもいいのではないかと考える人もいるのではと推察します。

ただ辞書を調べてみると、日本語の「変局」には「普段と異なった事態、非常事態」という意味を目にできます。

対して中国語の「变局」には「時局の変化」という言葉しかなく「非常事態」という意味合いはありません。

このため、私は中国語の「变局」には「局面の変化」という訳を当てるようにしています。

深刻领悟“两个确立”的决定性意义,增强“四个意识”,坚定“四个自信”,做到“两个维护”


今回は少々長い文で出してみました。この文ですが、「習近平政権へ忠誠を誓う(誓わなければならない)」ことを呼びかける文脈で出てくるものです。

構文が長ったらしく、「難しいよ!」と思う人もいるかもしれませんが、国内の会議や講話で、必ず「コピペのように一字一句違わず出てくる定型文」となっています。

私はこの文章に次の訳を当てています。

「2つの確立」の決定的な意義を深く理解し、「4つの意識」を強化し、「4つの自信」を打ち固め、「2つの擁護」をやり遂げる

先ほども言及しましたが、この文はニュース記事の中で、「コピペのように一字一句違わず出てくる定型文」です。しかも指導者の重要指示、演説、講話ではかなりの頻度で出てくるので、ニュース翻訳をしている方はとりあえず、この文章の日本語訳をあらかじめ覚えておき、目にしたらすぐにでも引き出せるようにしておきましょう。

一番いいのは日本語入力法(IME)の辞書登録をしておくことでしょうか。これだけでも、中国語のニュース翻訳の速度をかなり上げることができます。

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では、「2つの確立」「4つの意識」「4つの自信」「2つの擁護」とは具体的になんぞや?という話になってくると思うのですが、ここからは少し難解な政治用語が入ってくるかもしれないので、頭に入らないという方は飛ばしてもらっても構いません。「こういうものがあるんだ」ぐらいで覚えておきましょう。

では解説していきます。

①两个维护(2つの擁護)

順番からすれば、「2つの確立」の方が先なのですが、初出はこちらの方が先なので、こちらから解説していきます。

この語句ですが2016年12月、習近平総書記が中共中央政治局民主生活会で行った発言が元だとされています。民主生活会の席上、習近平総書記は次のように述べました。

党中央の核心、全党の核心は私にとってまさに責任である。私は生涯の精力と命のすべてをかけて党と人民の信頼に答えていく。

ここから、習近平政権はこの発言を元にして、「2つの擁護」という言葉を作り上げました。

この「2つの擁護」ですが、具体的内容は①習近平総書記の党中央の核心、全党の核心としての地位を擁護すること②党中央の権威と集中的・統一的指導を擁護すること――となっています。

そして2022年10月、この「2つの擁護」は中国共産党規約に盛り込まれ、「党の規則」に正式になったのです。

②“两个确立”(2つの確立)

これは先に述べた「2つの擁護」の発展形とも言えるものです。この「2つの確立」は習近平総書記の党内での指導的地位を一層強化することを目的として提起されました。

初出は諸説ありますが、2021年11月11日に中共中央が発表した第19期6中全会のコミュニケにこのような一文があります。

党は習近平同志の党中央の核心的、全党の核心的地位を確立し、習近平の新たな時代の中国の特色のある社会主義思想の指導的地位を確立した。これは全党全軍各民族人民共通の心の願いであり、新たな時代の党と国の事業の発展、中華民族の偉大な復興の歴史的プロセス推進にとって決定的意義がある

この論述について、翌日の12日に開催された中共中央のブリーフィングで、江金権中共中央政策研究室主任が「2つの確立」として紹介し、重要性を強調しました。

ここから、私は「2つの確立」を①習近平総書記の党中央の核心、全党の核心としての地位を確立したこと②近平の新たな時代の中国の特色のある社会主義思想の指導的地位を確立したこと――としています。

③”四个意识”(4つの意識)

この語句も、習近平総書記が、自分の政治理念のスローガンとして打ち出したものです。

初出は2016年1月29日開催の中共中央政治局会議で習近平総書記が行った講話です。習近平総書記は席上次のように述べました。

政治意識、大局意識、核心意識、見習う意識を強化しなければならない

この「各意識は具体的になんぞや?」という話になると、またかなりの字数を取ることになるので、ここでは割愛させてもらいます。

ちなみに原文は「增强“政治意识、大局意识、核心意识、看齐意识」となっています。私はこの「4つの意識」に、「政治意識、大局意識、核心意識、倣う意識を強化する」という訳を当てています。

ただ、実のところ今私が使用している日本語訳は100%いいとは思っていません。ぜひ皆さんも見かけたら、「もっといい日本語訳」を考えてみるのもいいかもしれません。

④“四个自信”(4つの自信)

「4つの自信」も習近平総書記の政治基盤を打ち固めるためのスローガンです。

「4つの自信」について、私は中国の特色のある社会主義の①道への自信②理論への自信③制度への自信④文化への自信――という訳を当てています。

この「4つの自信」ですが、2012年11月に当時の胡錦濤総書記が第18回党大会の報告で提起した政治的概念「3つの自信」(①道への自信②理論への自信③制度への自信)が元になっています。

習近平政権になってから、習近平総書記がこれに「文化への自信」を加え、2016年7月1日の中国共産党創設95周年祝賀大会で、「4つの自信」として明確に提起しました。

のちに、2017年10月開催の第19回党大会で「道への自信、理論への自信、制度への自信、文化への自信(つまり「4つの自信」)を打ち固めること」が党規約に盛り込まれました。

◇◇

どうでしたでしょうか。私は「2つの確立」「4つの意識」「4つの自信」「2つの擁護」を訳出する際、記事中で最初に出てきた時にそれぞれの「」の後ろに()を付けて、具体的な内容を列挙するようにしています。

例えば两个维护の場合は

「2つの擁護」(①習近平総書記の党中央の核心、全党の核心としての地位を擁護すること②党中央の権威と集中的・統一的指導を擁護すること)

といった感じです。

このようなひと手間を施すことで、ユーザーフレンドリーな訳文になるからです。皆さんも参考にしてみてはいかがでしょうか。


参考資料


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