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[今日の超短編] 魔法のランプの完全消滅

 N氏が在宅勤務をしている時に、突如として後ろから声がした。
「おめでとうございます。あなたが初めての当選者です」
 振り返ると、そこに金色のランプとアラビア風な衣装の巨漢が存在していた。
「……」
 そんな不審げな表情をしないでください。あなたはめでたく何でも願いをかなえることのできる私と遭遇したのです。
「そうですか」
「ずいぶんと冷静ですね。たった一つだけですが、何でも願いがかなうのです。金持ちになりたい願いでも大丈夫です」
「……」
「若くて美しくて可愛くて料理が得意の奥さんを得ることも可能です。毎日毎日、枝豆とトウモロコシにお吸い物を振りかけて食事にする生活に別れを告げることだって可能です」
 それを聞くと、N氏の眉がピクリと動いた。そしてゆっくりと、あたりを見渡した。
「おや、この家だと一人暮らしだとご心配になりますか。それとも『奥さん』に抵抗がありますか……。大丈夫です。『理想のパートナーと幸せな暮らしがしたい』と願えば、住宅問題なども全て一気に解決させることができます」
「そうですか……」
 それだけ言うと、N氏は再び黙り込んだ。
「急な話で驚かれたかもしれませんね。大丈夫です。私は今から三時間ほど存在できますので、その間に願い事を考えて頂ければ良いです」
「……」
 そう言われたN氏は、静かに目を閉じた。
 あたりは再び沈黙が支配した。
 そして三十秒ほど経過した後、N氏は目を開いた」
「願い事は決まりましたか」
「ええ、決まりました」
「さっそく伺ってもよろしいでしょうか」
 そういうと、巨漢は顔を少しだけN氏に近づけてきた。
 N氏は臆することなく巨漢の目を見て、静かに口を開いた。
「あなたが完全消滅することを願います」
「えっ?」
 巨漢は驚いた表情をしていた。N氏の言葉を理解できなかったのかもしれない。
「繰り返します。あなたが完全消滅して復活しないことを期待します」
「な、なんですと!」
「もう一度くりかえしますか?」
「いえ……でも、こんな幸運は二度とないでしょう。棒に振るのですか?」
「幸運……、たしかにそうかもしれませんね」
「でしょう?」
 それからN氏の視線は、ランプの方へと移った。
「なんなくですが……、あなたは今まで封印されていたような気がします。いずれにせよ、最初が私というのはたしかに幸運だったかもしれません。……もしかしたら人類滅亡を願い者のところへ、あなたが登場していたかもしれません」
「い、いや……」
「枝豆ととうもうろこしにお吸い物をかけて食べる生活じゃいけませんか。そうでなくてもダイエットが必要なんです。人間、欲を出すとロクなことがありません。そして気の毒だけれども、あなたの存在は人類の脅威になり得る。理想のパートナーって、パートナーにされてしまった人の人権はどうなるのですか? 洗脳? 本当にかわいそうで気の毒なことじゃないですか! 申し訳ないけれども賛成できかねます。次に人類の滅亡を希望するような人のところにあなたが参上する前に、あなたには消えて頂くしかないでしょう」
「そ、それがあなたの願いでしたら……あなたを未来永劫に渡って恨むことになるでしょう」
「私の願いです」
 それを聞くと、巨漢は悲しそうな顔をした。そしてN氏が気付いた時には、ランプも巨漢も消え去っていた。
 それを見届けると、N氏は再び机に向かいって独り言をつぶやいた。
「やれやれ、世の中には不思議な存在もあるものだ。それにしても私が人間でなくて、誘惑に捕らわれることなくて良かった」

 実はN氏、生成AI技術を駆使して開発された人類初のアンドロイドなのだった。

(完)

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 小野谷静 (オノセー) 

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