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今年も手に入れた絶品のシュトレンから、豊かさについて考える

いつの間にか、外を歩けばマフラーと手袋が欠かせない寒さだ。

店についてガラガラと摺りガラスの入った引き戸を開けると、そこはクリスマスの世界だった。

室温が暖かいだけではない、ぬくもりを感じる別世界。

店の中央には、オーナメントがぎっしりのクリスマスツリーが飾られている。店内にところせましと飾られたドイツ製の雑貨たちも、クリスマスを意識したものに変わっている。
前回この店に来れたのは、たしか10月だったかな。

少しだけ時間をかけて近所のカフェに来ただけなのに、クリスマスの祝福を受けたような気持ちになった。

今日このお店に来た目的は、ほかでもないシュトレンを手に入れるため。
昨年、購入して食べてみたら、あまりにも絶品だったので、ずっと1年間楽しみに待っていたのだ。

今年も店長さんが4日間店を閉めて、仕込んだという。
店長さんは、ものすごくストイックなのだ。
目標としている味は、昔ドイツで食べたとある老舗カフェの味なのだとか。

ちなみに、しばらく置いて熟成するのがよいらしく12月の半ばがその時だというので、まだ今年のシュトレンを口にするのは我慢している。

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このお店に通い始めて5年ほどになる。
その間、一度移転したので、今は家から遠くなってしまったけれど、でも時間をかけても通いたくなるお店だ。

それはなぜなんだろう……と考えてみると、何よりも店長さんの作り上げる空間と料理が、純粋に好きだからなのだと思う。

雑貨はすべてセンスの良い店長さんが長年かけて集めてきたもので埋め尽くされている。料理は一切手抜きがされておらず、店長さんの切磋琢磨がつまっている。

だからなのか、なんだかすごく居心地がいいのだ。

お店は、小さな駅から少し離れた人通りの少ない通り沿いにある。

それでも、ほどよくなじみのお客さんがきて、ちょっとした会話を店長さんと交わす。おすそ分けのリンゴを持ってくるお客さんもいるし、ほんのひと時、至福の時間を過ごして自分を取り戻してリセットしたり(それは私)。小さな赤ちゃんを連れたお母さんが、息抜きにやってきたりもする。

そして店長さんはまるで商売っ気がない。自分一人で、いっぱいいっぱいにならない規模で、生活できる程度に店を回していければいいと考えているとのこと。

実は私は、そういうところも気に入っていたりする。

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こんなにも居心地よくさせてくれるお店は、意外とあるようで、なかなかないようにも思う。

ちょっと、生き物でおきかえれば、絶滅危惧種のような気さえしている。


話が少しとんで息子の虫捕りの話をしたいと思う。

少し秋めいてきたある日、家族で山梨のキャンプ場に出かけた。そこは、人よりも動物のほうが多く住んでいるというくらい山深い場所で、キャンプ場にはヤマビルがたくさんいて大変だった。30分林の中を捜索したら、息子と夫の足に3匹くらいヒルが吸い付いていた。全くヒル対策をしてこなかったので、これはなかなか恐怖だった。でも自然というのは、まさにこういうことなのだ。

そこの敷地内のある池から続く小さな小川で、息子がいつものように網を一振りすると、な、なんと!
絶滅危惧Ⅱ類と思われる、とある水生昆虫が、網に入り息子は大興奮。

この虫は、農薬の使用や水質汚染、ため池や水路の改修、外来種による捕食などで数が激減している昆虫だ。息子曰く、何年も探し続けてもなかなか出会うことが難しい希少すぎる生き物なんだそうな。

もちろん私も43年生きてきて、実物は初めて見ましたよ。

そんな生き物に、最初の網の一振りで出会えた息子は幸運だった。(実は息子、不思議なんだけど向こうから希少な虫が息子のもとにやってきた事が、これまでよくあったりする)

けれど、この水生昆虫くんを家に持って帰って飼いたいと言い出したので、ひと悶着あった。
一応、環境省のルール上は捕獲して飼うことを禁止はされていないようだ(でも、きっと捕獲は望ましくないはず)。

私としては持って帰って、この子が幸せなのか疑問だった。やっぱりいるべき場所で、本当なら、そっと誰にも見つかることなく生を全うするのがいいだろうという気持ちがあった。

でも、息子は憧れの虫に出会えた喜びと好奇心でいっぱいだった。

私たちは、色々と話し合った結果、結局、息子は虫を持って帰ることにした。今、実は専用の水槽でのびのびと元気に過ごしているようだ。

夫は「息子が飼いたいと切望する気持ちも、虫を大切に想う気持ちにつながる。その経験が、将来、虫が生きる環境を守ることにつながるかもしれない」とのことだった。

それも一理あるのかもしれないと思った。私は、渋々納得した。こんなにも目を輝かせているのだから仕方ないかと…。
持って帰るからには必ず一生懸命世話をすること、何か将来、虫を守る活動をできるようになってほしいということを息子に伝えて、持って帰ることにした。

今回は、持って帰ることにしたのだけど、その種に合った環境で、いつもの餌を食べて生きていった方が、幸せだったんじゃないかなとやっぱり思っている。そういう点では心残りだけど、この経験が、息子に何か良い影響を与えて、将来につながるのならきっと良いのだろうなと、心を落ち着かせる。

そんなことがあったのだけど、なぜ、こんな話をしたかというと、お店についても、同じようなことがあるんじゃないかなと思ったからだ。

例えば、私はこの記事で店名を敢えて出していない。それはあまりに私にとって希少すぎるお店だからだ。
例えば、ここで私が店名を出すことで、お客さんが殺到して(そんなことはきっとないのだろうけど。自意識過剰か。笑)、このお店を静かに愛する人たちや、店主さんのペースが崩されたらよくないな、などと考える。

だから、お店の名前も敢えて出さない。

というかあんまり有名になって、私がお店に行ったときに席が空いていなかったらやだなというのも大きな理由かもしれないけど。笑

だから、ずっと、今のまま。

ひっそりと地元の人たちに愛されて、このお店が幸せに続いてほしいなと願っていたりする。

そんなことをぼんやりと考えたりした。

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そんなことを考えていたら、店主さんが「寒かったらどうぞ」と温かい湯たんぽを手渡してくれた。

店の中はそこまで寒くはなかったのだけど、その湯たんぽを受け取る。
ぬくもりが、少しだけ冷え冷えとしていた心の中まで温めてくれるように、じんわりと伝わってくる。

湯たんぽを抱えながら、店内にある本をぱらぱらと眺めてみる。
河合隼雄さんの「猫だましい」と白洲正子さんの器に関する本を拾い読みした。

豊かで贅沢な時間だ。

気がつけば、最初は私一人だったお客さんも、今は増えて、ほぼ満席になろうとしていた。

私は席を立ち、帰ることにした。

帰りには、お目当てだったシュトレンを2つ購入して、家に戻った。
湯たんぽのぬくもりは、家に帰っても、まだずっと続いているようだ。







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