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さびしさをよろこびに溶かして

3月末、恋人のいる東京へ行ってきた。

彼が東京の大学へ進学し、私は地元に残って勉強をするようになってから、もう4度目の春になる。

私たちが遠距離恋愛をここまで続けてこられたのはごくごくあたりまえのような気もするし、一方では奇跡のように特別で、驚くべきことのようにも思えるから不思議だ。

今回東京へ行くことになったのは、彼の下の妹さんが、

「春休みに東京に遊びに行くんですけど、(青葉)さんも一緒に行きませんか?」

と誘ってくれたからだった。

私が恋人の妹とはじめて顔を合わせたとき、彼女はまだ小学生だった。

最初はお互いどうしたらいいかわからなくておどおどしたり、同じ空間にいてもどこかよそよそしかったりしたけれど、すこしずつなかよくなって、彼女が中学生になってからのこの1年は何度か国語の勉強を教えたりもした。

「なかよしになれている」ということを実感として感じられるようになってきたタイミングでのお誘いだったから、とてもうれしかった。


けれどその一方で、私の妹の進学に伴って私たち家族には金銭的余裕がなく、そのためにすごく悩んだ。両親とも恋人ともじっくり相談して、そして最終的には、せっかくの機会だからと行くことにしたのだった。

東京滞在期間は、母の大学の同級生の女性と、その旦那さんが住んでいるマンションのゲストルームを貸していただいたり、お仕事の関係で東京におられる恋人のお父さんに夕食をご馳走になったり、あらゆる方にお世話になった。


私は東京という場所に今までに1度しか行ったことがない。今回は2度目の訪問だった。

1度目はとても幼かったからおぼろげにしか覚えていないけれども、そのときは今はもう亡くなってしまった母方の親戚(詳しく言えば、祖父の兄にあたるひと)が東京に住んでいたから、そのひとを頼りにして家族で行った。

けれど今回頼りにしているのは母の友人と私の恋人、そしてその家族で、それはなんだかすこし特殊だと思ったし、それと同時にとてもすばらしいことだと思った。


夜行バスを降りて雨の東京に降り立ったとき、
最初に口から出たのは、

「山の代わりにビルがある」

という一言だった(それを聞いて彼の妹が笑っていた)。

恋人と合流し、彼と妹と私と3人で、網目のように張り巡らされた電車や地下鉄を縫い、あふれるほどの人の波をぐんぐんと進んで改札を抜けていく。


私はずっと恋人の背中についていくことに必死だった。彼がいなくては迷子になって東京をさまよっていただろうと思う。その背中を頼りにして私はこの場所まで来たのだ、と、数日間のうちに何度もそう思った。



今回の旅で印象的だったのは、なにより、夜行バスというもののことだ。

恋人が東京と島根を行き来するとき、大抵は夜行バスを使っているから、慣れるまではちっとも眠れないんだ、という話を聞いていたけれど、まさかあんなにも眠れないものだとは思わなかった。


私は睡眠不足になるとたちまち弱ってしまう。
ただでさえ環境の変化に弱いし、睡眠というものを何よりも必要としているのだ。

初日は眠れなかったので、寝不足のまま人混みを歩き回り、さらには雨の日のひんやりとした芯から冷える冷気によって身体が冷え切った結果、頭が割れそうなほどの頭痛に襲われた。


なのに、そんなふうにたよりない私を、
恋人とその妹は心から気遣ってくれた。

夜に連れて行ってもらったすてきなパスタ屋さんでは、サラダの野菜さえろくに食べられずフォークを置き、絶対に美味しいということがわかりきっているパスタに至っては、わずかふた口で食べるのをやめてしまったくらいだった。

ひとというのは、あまりに疲弊すると食べられなくなるのだということがわかった。

そんなふうに具合が悪い私を、同行しているふたりはずっと気遣ってくれた。

彼の妹は私の手荷物を見ては、

「持ちましょうか?」

と言ってくれ、駅を歩き回っているときには、私がちゃんとついてこられているかどうか何度も確認してくれた。

何も言わず、彼女が隣にそっと立ってくれているだけで、私がどれだけ安心したことか…

そして恋人は私の手を引きながら、

「大丈夫?」
「かわいそうに」
「はやく帰って、今夜はよく寝ようね」

と、私の背をその大きな手でさすっていてくれた。そのことにすごく安堵した。

「かわいそうに」と言われるのがきらいで、
だれかにそのことばをかけられたときに「かわいそうって言わないで!」と怒鳴った女性を私は知っているけれど、

具合が悪いとき、愛するひとにかけてもらう「かわいそうに」ということばほど甘やかなものはないと私は思う。

それは蔑みや憐れみではなくて、いたわりという名のあたたかな愛情なのだ。

寒いだろうに、恋人は私が前の春休みに選んであげたジージャンを私の肩にかけて、ぎゅっと身体を抱いて歩いてくれた。

申し訳なさや、彼らのやさしさのおかげで泣きそうになったけど、私はこのひとびとに大切にしてもらっているんだなあ、ということを感じてぐっと堪えた。



そして夜行バスが私にもたらしたのは寝不足と疲労感だけではなかった。

新たな種類の「さびしさ」の感情だ。

彼が私を地元に残して東京へ旅立つたび、彼はひとりぼっちで、カーテンで窓を塞がれた夜のバスに乗っていなくてはならないのだ。

その孤独感を、私は人生ではじめて味わった。

私の場合は、行きも帰りも彼の妹が隣に座ってくれていたからよかったけれど、
彼は土地を行き来するたびにひとりきりでそれに耐えなくてはならないのだと思うと、このさびしさは、相手を待っている側には決して分からない、ちがうさびしさだと思った。

いつだって、残していく側は文句も泣き言も言えない。だって自分が置いていくのだ。あるいは、置いていかなくてはならないのだ。


「いやだ」「いかないで」と言われても言われなくても、だれか大切なひとを残してどこかへ旅立つことを後ろめたく思う気持ちは、胸の中でかたまりになって残り続ける。

彼は「置いて行く側」なので滅多に弱音を吐かないけれど、きっとその分さびしさがくっきりとした影を心に落としているのだと思う。あのほの暗いバスの中で。

バスが到着すれば、そこには好きなひとのいない淡々とした日常が待っている。

そのさびしさを知れてよかったと思う。


人生とはおそらくさびしさの旅でもあり、あらゆる種類のさびしさを知っていかなくては、そのさびしさを知る誰かにやさしくなんかなれっこない。

そしてやはり、彼も彼で、私の普段感じているさびしさを知ることになったと思う。

昨日までいたひとが隣にいない切なさ、
この街のどこにも恋人がいないという事実、
一緒に眠っていたひとが傍にいないまま超えていかなくてはならない夜と、それでもやってきて来てしまう朝。

待ち続けなくてはならないさびしさ。

そういうのは想像してみてもわからない。
絶対にわかりっこないのだ。



東京旅行ではいろいろなところへ行って、たくさん歩いた。東京にはたくさんのひとがいた。かわいいひとも、格好いいひともたくさん見かけた。

それでも彼は離れていて会えないような私を好きだと言うし、それは私もおなじだ。そうでなくてはこの恋はとっくに壊れてしまっているだろう。

そこまで私たちを結びつけているものは果たしてなんだろう、と考える。

今まで積み上げてきたたくさんの思い出、同じ時間と空間のことばと体温、そして互いを知ることで得られたものや、ひととの関係性。傷ついたこと、うれしかったこと、互いと向かいあう中ではじめて知っていったこと。

何が正解かはわからないけれど、さびしさに耐えてまで愛おしく思い続けられる相手がいるということは、しあわせなことだと思う。

そのしあわせの中でもたらされるさびしさならば、私はいくらでも愛することができるだろう。

彼は私が帰りのバスに乗り込むとき、ひどくさびしそうだった。まわりにひとがいたせいで、恥ずかしくて「だいすき」は言えなかったから、手を伸ばしてぎゅっと軽く抱きしめた。それしかできなかったのだ。

そして、そのままバスに乗り込んだ。

バスが動き出したとき、涙がいっぱい目にたまって、話しかけてくれた恋人の妹にはきっとばれちゃっただろうけれど、彼女は何も言わないでいてくれた。

なんて切ないんだろう。
いつか素晴らしい思い出になるだろう。

「東京がこんなに楽しいところだって知らなかった」
「あなたがいたら、こんなに楽しいんだね」
「だけど、帰って思い出をおしゃべりしながら寝たかった」

バスに乗り込んだあと、彼が私に贈ってくれたまっすぐなことばは、私の心をふにゃりとやわらかくさせる。

私たちはこの旅で互いの気持ちを知って、またすこしつよくやさしくなった。さびしさはよろこびの中へ、紅茶に注ぎ入れるミルクのようにそっと混ぜ入れて溶かしてしまおう。

そうやってまた何度でも夜を超えていく。

私は今も、これからも、あなたのことを好きでありたい。





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