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暇といえる人生を希う話

「自分は暇してるんで、いつでも大丈夫です。」

 義弟の言葉を聞いたとき、心の枷が音を立てて崩れました。それは私の不調を案じて話を聴いてくれる約束をする際に、自然に溢れた言葉でした。

 ひま。

 振り返れば15年以上、そんなことを言える日はありませんでした。瞬間的には余裕のある時間があっても、いつも何かに追われているような日々を送っていたのだと私は漸く思い至ることができました。

 その感情が羨望であることを、私は認めました。きっと疾うに限界点など超えていて、精一杯の少し向こう側を生きてきたのだと思います。

 あれから1年半が経ちました。

 義弟の傾聴と提案は見事なもので、最良の結果を齎してくれたように思います。すべての問題が解決したわけではないものの、何れも快方に向かい穏やかな日常を取り戻しつつあります。

 最近「忙しい」という言葉を使うことは滅多にありません。同時に「暇」といえる時間が増えました。私は何と戦っていたのだろうかと、今では不思議に思います。いつも何かに追われていたような、息が切れても胸が痛くても走り続けていたような、張りつめていた糸が解けたとき、私は私を取り戻すことができました。

 おかえりなさい、私。

 自分の口から忙しいという言葉が出たら、それは危険信号と捉えることにしました。余力を残しておくことは、有事に対応できるということです。

 長閑な空に浮かぶ雲のように。
 野生の鶴の優雅に佇むように。

 今日も誰かの笑顔を見られる奇蹟の中で、私は心を青く研ぎ澄ませて、貴方の幸せを祈ります。



 拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、不条理の向こう側に沈む影をひとつでも多く掬えますように。



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