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メニエール病を治す【漢方医放浪記】

 その女性は音楽の才能に恵まれた人でしたが、ある時を境に目眩の発作に悩むようになり、同時期に酷い耳鳴りが始まったそうです。耳の不調は次第に悪化し、音程が変わってしまったため音楽をできなくなったと、とても哀しそうに彼女は呟きました。

 耳鼻咽喉科を受診して精密検査を受けて蝸牛型メニエール病の診断となりましたが治療抵抗性で、有名病院を紹介してもらってあらゆる治療を試したものの、効果はありませんでした。

 メニエール病はひどい眩暈の発作を繰り返すことを特徴とする内耳疾患ですが、蝸牛型と呼ばれる病型の場合にはこれが音を感知する部位にも影響を及ぼして、聴こえ方に異常が発生します。


「ひどく疲れているんです。頭も痛いし、だるくて。」


 そう言った彼女の顔色は蒼白でした。相当具合が悪く、精神的にも参ってきているのでしょう。

 みますと、脈が深く沈み細く遅く触れます。脾虚が目立ち、それ以上に腎虚が著しい。腎の陽も陰も著しく虚しています。比して心は浮き、ちぐはぐなバランスが症状の根底にあることが分かりました。

 太陰病合少陰病位・虚証。これに太陽病位の表虚証が重なった状態と診断します。五臓論で表現すると「腎両虚・脾虚・胃熱」、気血水なら「気虚・気鬱・血虚・水滞」と表現できます。

 帰脾湯と八味丸を基本に、頭痛には升麻葛根湯の頓服がよいでしょう。

 2週間後の再診日、彼女の表情は明るく「頭痛が消えた」と笑いました。まだ疲れているものの、かなり回復してきた様子で、顔色も相当に改善しています。

「飲み始めたその日に、身体が温かくなったような感じがして頭痛が消えて、それから少しずつ体調が良くなってきています。」

 耳の症状は完全ではないものの、眩暈は起こらなくなり、聴こえ方にも僅かな変化が出始めたようでした。希望が出てきた、と彼女は喜びました。


 命にかかわらない症状が、人生を壊すこともあります。

 検査に異常はないからと切り捨てる医師にはなりたくない。そう思いながら私は今日も診療に臨みます。医師にとっては多くの患者のうちの一人だとしても、当人の人生はひとつしかありません。命至上主義の昨今ですが、何が重要かなんて人によって様々であることを、私たち医療者は決して忘れてはいけないのだと思います。

 彼女の音楽人生に、祝福を。



 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございます。願わくは、貴方の大切なものが守られる日々でありますように。




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