見出し画像

風邪の初期には脈が浮く話 〜麻黄湯と桂枝湯の違いについて〜【漢方医放浪記】

 全国のちびっ子たちの例に洩れず、娘も息子も風邪のひき盛りです。夏風邪の代名詞たるヘルパンギーナで高熱から回復してホッとしたのも束の間、2週間もしないうちに再び39℃の発熱に見舞われ、園からのお迎えコールに馳せ参じました。

 先に息子が「あつい・・・」と言ってぐったり。腋窩温で39.7℃です。高熱です。頭痛あり。咳あり。鼻汁あり。咽頭痛なし。腹痛なし。背中の肌を触れると乾いていて全く発汗がありません。熱中症…では咳と鼻汁が説明できません。口の中も乾燥していませんし、皮膚のハリも保たれています。とはいえ暑い日でしたから、まずは涼しい部屋で自家製経口補水液を提供します。

 15分ほど様子をみますが、あまり変化がありません。咳をゲホゲホ、鼻水ズビビです。ううむ、これは風邪っぽい。脈は浮・数・緊。典型的な太陽病位の表実証です。解表剤には麻黄を含むものがよいでしょう。激しい咳症状もありますから、葛根湯の守備範囲に収まりません。ここは傷寒論の「太陽病、頭痛発熱、身疼腰痛、骨節疼痛、悪風、無汗而喘者、麻黄湯主之。」の通り、麻黄湯が最適と考えます。

 麻黄湯1.25g(成人1回量の1/2)を1回与えます。ちょっと多めですから使い慣れない方は用法用量にご注意を。息子は20分ほどで汗をかき始め、1時間後には39.7℃から38.1℃に下がり、そこから1時間半かけて37.2℃まで解熱しました。

 身体は楽そうで機嫌も良くなりましたが、まだ咳がひどい。聴診器をあてますと、軽度ながら狭窄音が聴こえます。RSウイルスやヒトメタニューモウイルスなどを考えます。どちらも流行しています。

 基本的に発汗した後に麻黄湯を繰り返し内服することはありません。もう麻黄湯を与えてはいけません。脈をみますと、浮数ですが緊がやや平に近づいています。十分発汗していますが、まだ肺に熱がこもって咳がでているのでしょう。これなら麻杏甘石湯がいい。寝る前に麻杏甘石湯を1.25g与えて、眠りに誘います。

 これと同時に、数時間の差で娘もぐったりしてきて、測ると38.8℃でした。なんてこったい。1歳の娘には余力がありませんから、初期治療を誤ると入院コースが見えてきます。やはり激しい咳と鼻汁がありますが、背中の肌に触れるとしっとり汗をかいています。これは重要な所見です。脈は浮・数・緩。典型的な太陽病位の表虚証です。解表剤には麻黄を含まないものがよいでしょう。中風の基本処方、桂枝湯が最適です。

 桂枝湯0.83g(成人1回量の1/3)を与えます。ちょっと多いですが1日量で考えたらこのくらいが妥当でしょう。娘は美味そうに薬を飲み干すと、兄弟そろって穏やかな眠りに落ちました。

 翌朝には二人ともしっかり解熱し、いつもの活気が出てきました。

 咳がひどいので念のため行った検査では某感染症の抗原は陰性で、ヒトメタニューモウイルス感染症ということが判明しました。咳のケアのために、それぞれ小柴胡湯の加減方や桂麻各半湯などを調剤して、どうにか軽快しました。

 この間、妻も私も軽い咽頭痛があって、妻の脈は浮数緩、私の脈は浮数緊でした。妻には桂枝湯合桔梗湯を作り、私は葛根湯加川芎辛夷を飲みました。二人とも一晩のうちにすっかり違和感も消え、元気になりました。


 風邪の初期には脈が浮くことが多いものです。

 脈の浮沈は慣れると比較的わかりやすいもので、手首のところの脈を触れたときに、かるくふれただけで脈を感じ、深く按じていくと脈が弱くなっていくものを「浮脈」といいます。反対に深く按じていくと強く感じる脈を「沈脈」といって、それぞれ病の本体がどこにあるのかを反映しています。
 言い換えると、浅いところから深いところまで脈をとっていくときに、最も脈を感じやすい深さを「浮」か「沈」で表し、健康な脈は浮でも沈でもありません。

 風邪の初期は空気にふれるような浅いところに病邪がいるので、殆どの場合には脈が浮いています。

 風邪なら葛根湯…というわけではなくて、最低限「麻黄を使うか否か」の判断が必要です。葛根湯にも麻黄が含まれますから、かえって具合を悪くする人もいるのです。

 ここで重要なポイントが「汗をかいているかどうか」で、脈では「浮緩」「浮緊」かの違いに表れます。

 風邪の初期で寒気や熱があってサラサラした汗をかいている人は、体表のエネルギーが少ない状態です。脈は浮緩。緊張感のないフワッとゆるい脈です。これを表虚証といって、桂枝湯を基本とした処方を考えます。桂枝湯は傷寒論の初めに出てくる処方で、最も基本的で重要な漢方薬です。

 寒気や熱があって汗をかいていない人は、多くの場合、抗病反応の強い状態です。脈は浮緊になります。ピンとかたい糸の張ったような脈です。これを表実証といって、麻黄湯や葛根湯の出番です。麻黄は免疫賦活作用や発汗作用があって、極めて応用力の高い生薬です。


 これ以上は専門的になり過ぎるため、ここでは簡単な解説に留めますが、ご質問などありましたら、ゆるーく回答させていただきます。

 医療関係者の方々にも参考になるかもしれないと思い、ふわっとした症例報告のようにまとめさせていただきました。


 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、風邪よ治れ!!!



#漢方医放浪記 #ヒトメタニューモウイルス
#娘1歳 #息子3歳 #風邪 #桂枝湯 #麻黄湯
#漢方 #漢方薬 #傷寒論 #風邪は万病のもと
#私の仕事 #漢方医 #呼吸器内科医 #占い師
#子どもの成長記録 #風邪ひきながら強くなる
#漢方薬は用法用量を守って安全にご利用ください

この記事が参加している募集

子どもの成長記録

ご支援いただいたものは全て人の幸せに還元いたします。