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追憶/鍼灸の師

 それは私が医学生の頃、弓道で腰を痛めて歩くのが難しい状態のことでした。縁あって鍼灸の先生の下に通い、治療を受けながら脈診や鍼灸治療学の基礎を教えていただく機会を得ました。

「惺仁君。病気は自分で治さなきゃ治らないよ。」

 当時、腰痛以外にも幾つかの問題を抱えていた私はその言葉を何度も咀嚼しながら理解しようと努めました。

「僕は君の身体が元気になるように手伝うことはできるけど、健康になるためには自分が頑張らなくちゃいけないんだ。」

 先生は若い頃に大病を患って病床に臥し、医者からも見放され、5年間の病床生活を余儀なくされました。死の淵を彷徨いながら、尚諦めずに辿り着いたのが東洋医学だったそうです。2000日にわたる闘病生活の末に病を克服した先生は鍼灸の道を極め、多くの人を救いました。

「病気には意味があると思う。ただ治せば良いわけじゃない。その人の抱える問題があるはずだから、それが解決されないと何度でも何度でも、同じような病気に苦しむことになるんだよ。だから僕は、技術的に直ぐに治すことができる場合にも、そうしないことが多い。昔ね、ある男の人を治療したときに、肝胆が弱っていたから元気になるように治療をしたら、却って荒れた生活を送るようになっちゃって。不調がなくなったから歯止めが効かなくなったのかもしれないね。次に来た時には、もう治せないくらい悪くなってたんだ。」

 老齢の眼差しは遠い過去に哀しみを浮かべていました。

「病気は、ただ治せば良いものじゃない。
 メッセージだよ。忘れないでね。」


・・・・・・・


 東洋医学を専門にする意向を先生に伝えたとき、先生は心底嬉しそうでした。いいね、すごくいいと思うよ、手先が器用だから出来ると思う、良い先生になってね、と優しい言葉を幾つもかけて下さって、それは今も私の励みになっています。

 私に漢方医学を教えてくれた師匠も、私に鍼灸治療学を教えてくれた先生も、とうに引退されました。師匠と先生の医道の心技を途絶えさせてはいけないと、衝動が私の胸を突きます。


 過去に意味を与えるのは現在です。
 未来を選択し創造するのも現在です。


 私は刹那の人生を、命の限り燃やしましょう。


 
 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、いつか世界の安寧を。




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