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(浅井茂利著作集)新しい在留資格「特定技能」の問題点

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1638(2019年5月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利

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 2019年4月より、外国人労働者の新しい在留資格「特定技能」が導入されました。しかしながら、十分な国民的議論もなく、目先の人手不足解消のため性急に導入され、とくに人権や適切な賃金・労働諸条件、職場環境を確保するための制度設計が不十分と思われることはきわめて残念です。わが国として、外国人労働者に関する国民的議論を急ぎ、基本政策を確立し、それに基づいて各種制度を見直していく必要があります。

長期的な労働力需給を踏まえ、外国人労働者受け入れの全体像の議論を

 外国人労働者について検討する前に、まずは、わが国の将来推計人口を踏まえて、長期的な労働力需給の姿を明確に提示することが重要だと思います。この点については、2019年1月25日号の本欄で取り上げていますので詳細には触れませんが、長期的に生産年齢人口の減少が続いていくとしても、それは労働力需給を決定する要因のひとつにすぎません。
 2020年の東京オリンピック・パラリンピック以降の経済情勢、企業活動の動向は非常に不透明ですし、とりわけ第4次産業革命の急速な進展によって、大幅な仕事の変化が見込まれることについて、留意していく必要があると思います。
 そうした長期的な労働力需給の姿を前提に、将来的な外国人労働者の受け入れのありよう、たとえば、受け入れ規模のあり方や国籍の取り扱い、生命の安全と人権の保障、適正な賃金・労働諸条件、職場環境の確保、および送り出し国との良好な国際関係構築などの観点について国民的議論を急ぎ、基本政策を確立し、具体的な施策に反映させていくことが必要です。「特定技能」が導入された今となっては、いささか後先の感もありますが、目先の人手不足に目を奪われ、わが国の長期的な利益や日本で働く外国人労働者の幸福を損なわないようにするためには不可欠であると思います。
 加えて政府は、外国人労働者に関して、生命の安全や人権、賃金・労働諸条件、職場環境などについて、詳細な情報の掌握に努め、たとえば「外国人労働者白書」を作成し、公表していくことが必要です。これまで外国人技能実習制度に関しては、死亡者についてはJITCO(国際研修協力機構)、失踪者や、監理団体・受け入れ企業の不正行為については法務省、加えて厚生労働省も労災や労働法令違反について別のデータを公表するといったように、ばらばらに情報が発表され、また、とりわけ2017年11月に新しい制度に衣替えしてからは、そうしたマイナス情報にアクセスできない状況となっています。
 2018年10月末時点の外国人労働者数は146万人に達しており、技能実習生は前年に比べ19.7%増、地域によっては3割(栃木、福岡、鹿児島)、4割(熊本)、5割(沖縄)の増加となっているところもあります。「特定技能」の導入により、増加ペースはさらに拡大するわけですが、外国人技能実習生や「特定技能外国人」に止まらず、外国人労働者全体について、実態の掌握に努め、積極的な情報公開を行い、制度の適正化に役立てていかなくてはなりません。

「特定技能」と外国人技能実習制度

 技能実習制度では、優良な監理団体、優良な受け入れ企業に限って、4年目、5年目の実習生を受け入れることができますが、「特定技能」の制度では、3年目を修了した外国人技能実習生を、特定技能外国人として受け入れることができるので、少なくとも特定技能外国人を受け入れることのできる「特定産業分野」では、事実上、外国人技能実習制度での優良要件が無に帰することになります。
 ただし「特定技能」では、転職が自由であるということが、大きな利点となっています。技能実習制度でも受け入れ企業を変更することは可能ですが、とくに3年目までの場合は、相当ハードルが高くなっています。転職の自由がなければ、賃金・労働諸条件が抑えられてしまいますし、そうなると、よい賃金・労働諸条件を求めて失踪者が発生する、というのはごく自然な流れです。「特定技能」において、転職の自由がどれほど実効的に確保されるかということが、きわめて重要になってくると思います。
 なお外国人技能実習制度については、本音と建前の乖離がつねに問題となってきました。「特定技能」がまさに本音ベースで外国人労働者の活用拡大を図る制度である以上、こうした制度の導入に伴い、外国人技能実習制度については、純粋に途上国・新興国への技能移転をめざす、本来の趣旨に沿った制度となるよう抜本的な見直しを行っていくことが不可欠だと思います。

特定産業分野の選定について

 現在、特定技能外国人を受け入れることができるのは、介護、ビルクリーニング、素形材産業、産業機械製造業、電気・電子情報関連産業、建設、造船・舶用工業、自動車整備、航空、宿泊、農業、漁業、飲食料品製造業、外食業の14業種となっていますが、特定産業分野として認められるためには、
*生産性向上や国内人材確保のための取組(女性・高齢者のほか、各種の事情により就職が困難を来している者等の就業促進、人手不足を踏まえた処遇の改善等を含む)を行っていること。
*人手不足が深刻であり、当該分野の存続・発展のために外国人の受入れが必要であること。
が求められています。しかしながらその判断は、「有効求人倍率、雇用動向調査その他の公的統計又は業界団体を通じた所属企業への調査等の客観的な指標等により具体的に示す」とされており、
*有効求人倍率、雇用動向調査その他の公的統計
*業界団体を通じた所属企業への調査
のいずれかでよいわけで、これでは、業界団体に求められれば認める、ということに等しいと思います。もちろん、さすがに全部を認めることは、政府としても制度設計上具合が悪いので、まずは14業種を選定したのではないかと推測せざるをえません。
 外国人労働者の受け入れ拡大を行う際には、国内労働市場に悪影響を与えないかどうかの「労働市場テスト」を行うのが当然だと思いますが、それすらされていないというのは、驚くべき杜撰さです。
 2018年12月に閣議決定された「特定技能の在留資格に係る制度の運用に関する方針について」では、14業種それぞれについて、「特定産業分野における人材の不足の状況」が記載されていますが、
*賃金引き上げの状況について、数値を挙げて記載しているのは、介護、自動車整備、飲食料品製造業、外食業の4業種のみ。
*生産性向上に向けた取り組みについては多くの産業で触れているが、素形材産業、産業機械製造業、電気・電子情報関連産業では、事実上、経済産業省の政策を紹介しているだけ。
というお粗末な状況にあります。
 特定産業分野については、生産性向上努力や国内人材確保のための取り組みを他の産業以上に行っていること、それでも人手不足が深刻であることについて、あくまで公的統計による客観的な指標によって立証されるべきであり、「業界団体を通じた所属企業への調査等」については、参考程度に止めるべきだと思います。また特定産業分野において、特定技能外国人を導入したのち、公式賃金統計ベースでパート労働者や若年層の労働者の賃金水準が趨勢的に低下した場合には、 「国内人材確保のための取組」と相反する状況となることから、当該業種における受け入れを中止する必要があります。

仲介を行う「外国の機関」について

 外国人技能実習制度では、実習生が母国の送り出し機関から、過大な費用や保証金、違約金の支払いを求められることが大きな問題となっており、諸外国からこの制度が「強制労働」とみなされている要因のひとつとなっています。
 「特定技能」においでは、
*(本人や親族が)特定技能の活動に関連して、保証金の徴収その他名目のいかんを問わず、金銭その他の財産を管理されず、かつ、特定技能雇用契約の不履行について違約金を定める契約その他の不当に金銭その他の財産の移転を予定する契約が締結されておらず、かつ、締結されないことが見込まれること。
*(本人が)活動の準備に関して外国の機関に費用を支払っている場合にあっては、その額及び内訳を十分に理解して当該機関との間で合意していること。
が必要とされていますが、どれだけ実効的な規制となるのか、きわめて疑問です。
 そもそも違約金などの契約が「締結されていない」ように見せかけることなどは簡単ですし、外国の機関に支払う費用についても、本当に重要なのは、本人がその額及び内容を十分に理解して合意しているかではなく、客観的に見て妥当な金額であるかどうかだと思います。
 結局、この程度では根本的な対策にはならないと思われることから、外国の機関に対する支払いは、すべて特定技能所属機関(受け入れ企業)が共同で負担するしかないだろうと思います。

有給休暇の確保、帰国費用、日本人と同等以上の報酬の問題

 そのほかにも、「特定技能」では、
*特定技能外国人が一時帰国を希望した場合に有給休暇を与える。
*特定技能外国人が特定技能雇用契約の終了後の帰国に要する旅費を負担することができないときには、受け入れ企業が負担する。
ことになっていますが、具体的な仕組みを示していかないと、有名無実になりかねません。
 たとえば、ひとくちに特定技能外国人が「帰国に要する旅費を負担することができないとき」といっても、家族への仕送りにすべてを回してしまえば、負担することができないわけで、それで帰国費用を企業が出してくれるなら、たいていの人はそうすることになるでしょう。逆に、仕送りで帰国旅費がない場合には、受け入れ企業は負担しないということにしてしまうと、ギャンブルで無一文になり旅費がない場合は企業負担、仕送りして旅費がない場合は本人負担、というきわめて奇妙な制度となってしまいます。
 企業として帰国旅費を本人に負担させるため、社内預金を強制するなど、新たな人権侵害が発生するかもしれません。
 また「特定技能」においても、外国人技能実習制度と同様、「日本人が従事する場合の報酬の額と同等以上」が求められています。2017年11月に技能実習制度の見直しが実施され、同等報酬要件が強化されて以降、実習生の賃金水準がどのように変化しているかは定かではありませんが、単に企業内で日本人と同等以上かどうかを確認するだけでなく、地域の賃金水準との比較も行っていくべきであると思います。

立ち止まって再検討を

 新しい在留資格「特定技能」は、2018年6月の「骨太方針2018」で方針が示され、11月2日に法案の国会提出、12月8日に成立、そして2019年4月に制度開始というきわめて慌しい日程で導入されてきました。わが国の経済・社会を激変させるかもしれない重要な政策が、このように性急に進められたことはきわめて遺憾です。
 もうすでに制度は開始されており、日本で働くことを希望する者に対する試験も実施されていますが、ここはひとつ立ち止まって、受け入れは最小限度に抑え、冷静に制度の適正化を図っていくことが必要です。

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