見出し画像

震災・原発事故 復興10年を検証

藤原遥福島大学准教授に聞く

(2021年3月号より)

 東日本大地震・東京電力福島第一原発事故から丸10年を迎える。この10年間は「復興・創生期間」と位置付けられ、被災地ではさまざまな復旧・復興事業が実施されてきた。原発被災地の復旧・復興事業にも相当な予算が投じられてきたわけだが、それらは有効に使われてきたのか。復興財政などについて研究している藤原遥福島大学准教授に解説してもらいながら、そのあり方を分析・検証していく。

 表①は、2018年10月21日に開催された「日本財政学会 第75回全国大会」で、藤原准教授が研究報告した際の資料を一部修正したものである。

画像1

 藤原准教授は、2011年度予備費、補正予算と、2012から2016年度までの東日本大震災復興特別会計(以下、復興特会)を用いて表①にまとめた。復興特会には、国が直接的に事業を実施したもの、国から県および市町村へと支出された交付金が含まれている。つまり、復興特会を分析することで、復興財政の全体を窺い知ることができる。復興特会の所管官署は、国会、裁判所、内閣、内閣府、復興庁、総務省、法務省、外務省、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省、防衛省の16の省庁にわたる。国会議員を通じて16省庁に開示請求を行い、国会と裁判所を除く、14省庁から開示された事業支出を整理したという。

画像3

 「財務省が公表している決算資料では福島原発事故対応の支出を抽出するには資料上の制約がありました。開示された資料をもとに、事業内容から福島原発事故由来と特定できる、もしくは支出先名称が福島県内の自治体または県内事業者である事業であるものを福島原発事故関連としてまとめました。財政支出が何に使われてきたのかを解明するために、独自の支出項目を設けて分類しました」(藤原准教授)

 なお、ここで示したのは2016年度までの累計で、現在、藤原准教授は次の論文発表に向けて、最新のデータを取りまとめている途中だが、「全体的な傾向(比率など)には大きな変化はない」とのこと。

 藤原准教授によると、こうしてデータを取りまとめた中で、以下のような特徴が見えてきたという。

 ○一番大きいのが除染等対策支出で、2016年度までの累計で3兆1647億円となり、全体の44%を占めている。

 ○次いで、被災地域対策支出が2兆2274億円(31%)で、その内訳の大きなものでは生産資本が1兆1551億円、社会資本(インフラ復旧など)が8388億円などとなっている。生産資本や社会資本のハードが大きなウェイトを占める一方で、社会関係資本(コミュニティー支援)は22億円と小さい。

 ○廃炉対策支出は、53億円と少ないが、このデータに含まれない一般会計やエネルギー特別会計などからも研究開発費などが支出されているため、実際はもっと多い。なお、これについては、次回論文にまとめるべく、現在、全体像を整理しているところだという。

 ○被災者対策支出は6444億円(9%)で、その内訳は金銭的支援(災害弔慰金など)が1276億円、非金銭的支援(応急仮設住宅等の設置、被災者支援総合交付金など)が5168億円となっており、本来ならもっと重きを置かなければならないところだが、その割合は小さい。

企業立地補助金の中身

 除染と被災地域対策で全体の75%を占めているわけだが、その中で、藤原准教授が注目したのが「被災地域対策」の「生産資本」の二次・三次産業の部分。その大きなウエイトを占めるのが、立地企業支援と被災中小企業支援である。

 表②は、藤原准教授提供の資料で、表①の「生産資本」のうち二次・三次産業から立地企業支援、中小企業支援に関する財政支出を抜き出して整理したものである。

画像2

 立地企業支援は東日本大震災・原発事故の被災地域で新増設する企業を対象としたもの、中小企業支援は被災した中小企業を対象としたもの。すなわち、前者は他地域から被災地域に進出・立地する際の補助金、後者は地元(被災地)の企業に対する補助金である(各補助金の内容については、藤原遥(2019)「企業誘致をめぐる国と原発事故被災自治体の行財政」『環境と公害』第49巻第4号を参照)。

 表②で示したものから福島県内の被災地域に投じられた費用(2016年度までの累計)のみを抜粋すると、立地企業支援が5009億円、中小企業支援が806億円で、地元企業への支援より、外部向けの支援の方が約6・2倍多い。

 「企業立地補助金のもともとの目的は雇用を生み出すということでした。原発被災地には原発関連の企業に勤める人が多く、それらの企業が失われたわけですから、県としても、自治体としても雇用対策を求めてきた中で、そうした制度ができました。つまりは帰還政策の一環として進められてきたのです」(同)

 国・県は住民が戻れるようにするにはどうすればいいかと考え、同制度を創設したというのだ。ただ、実態は国・県が想定していた形にはなっていない。

 藤原准教授は、原発被災12市町村の中でも、川内村の事例を深く調査・研究したようだが、「特に、川内村のような中山間地域への立地は難しかった」という。

 「企業立地補助金には、『ふくしま産業復興企業立地補助金』『津波・原子力災害被災地域雇用創出企業立地補助金』『自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金』の3種類があります。すべてに共通して、避難指示区域に対する特段の優遇措置がとられました。避難指示解除後1年目であれば最大4分の3が補助されます。手厚い財政措置がされてきたにもかかわらず、先に創設された2つの補助金では避難指示区域への立地は十分に進みませんでした。そこで、避難指示区域に対象を絞った3つ目の補助金がつくられました。その補助金ができても特に中山間地域では立地が進みませんでした」(同)

 一方で、企業誘致にこぎ着けた地域でも、それに伴って住民が戻ってくるという状況にはならなかった。企業立地補助金によって企業が来たものの、住民が戻らず働き手が確保できない、ということが問題になったのだ。

 そもそも、復興庁では2012年度から原発被災自治体の住民意向調査を実施しているが、その結果を見ると、帰還の意向を問う質問で「戻らない」と答えた人は、第一原発が立地する大熊町・双葉町は最初から60%を超えており、そのほかの自治体では最初は30%前後だったが、避難生活が長引くにつれてその割合は増えていった。さらに詳細を見ると、若い世代は「戻らない」と答える割合が高かった。そこからしても、生産年齢人口の帰還希望者は少ないということを国はある程度理解していたはず。

 もっと言うと、「まだ判断ができない」と答えた人に、帰還条件を問う質問では、やはり「事故原発の安定性の確保」「放射線量の低減」などが最も多く、その次に「商業施設の再開」「医療・福祉施設の再開」などが挙げられていた。「雇用の確保」はそれほど多くなかったのだ。

 国や被災自治体は、住民意向調査によって、こうした実態を把握していたにもかかわらず、「雇用確保による帰還推進」といった対応に走ったのは明らかに間違った選択だった。

 「若い世代は被曝の不安もありましたし、子どもがいると学校を転校させるのは負担になります。そういったさまざまな事情があって戻ることができない状況にあります。川内村でもヒアリングを実施しましたが、『いまはまだ子どもが学校に通っているから戻れないが、子どもが自立したら戻ることも考える』という人もいました。実際に、住民基本台帳に登録している住民のうち村に戻り生活をしている村内生活者の割合は、2019年2月現在では、81%ですが、世代別で見ると、50代以上が8割を超え、一方で40代以下は5~7割と相対的に少ないです。帰還推進といっても、元の住民が望んだ復興のあり方を目指したのかというと、そうではなかったと思います」(同)

 本来なら、その時点で方向転換すべきだったのだろうが、実際はあらぬ方向へと向かっていく。

 「どこの自治体でも、立地した企業が労働者を集めることに非常に苦労しています。これでは人は戻らないということが分かってくると、今度は帰還ではなく、新しい人を呼び込むためというように企業誘致の目的が切り替わってきたのです。この背景には、自治体側の内的要因だけでなく、国側の外的要因もあります。当時の経済産業副大臣の発案からはじまり、国家プロジェクトに位置づけられたイノベーション・コースト構想は、廃炉や関連産業を創出して、廃炉作業員や研究者、技術者の『新住民』の定住を促進することで、被災地の経済再生・人口減少対策になると謳うものです。さらに、福島12市町村の将来像に関する有識者検討会が出した提言でも、イノベーション・コースト構想を中心とする新産業の創出で、新たな移住者を呼び込むことが被災地の復興・再生に不可欠であるとしています」

 こうして、当初想定していた形から乖離し、外部から移住者を呼び込むための制度へと変容していったわけである。

 昨年12月、政府は2021年度予算の中で、原発被災12市町村に移住する人に、1世帯当たり最大200万円の支援金を出す方針を決めたことが報じられたが、これもその一環とも言える。 

 前述したように、補助実績は外部向けのものが地元向けのものの約6・2倍になっている。地元企業やもともと住んでいた人のためでなく、外部から被災地に来る企業やそこで働く人のために多額の費用を投じることが復興事業と言えるのか。

 しかも、藤原准教授によると、「外部向け支援」は段々エスカレートしていったという。

 「最初は企業立地補助金だけでしたが、企業がより立地しやすいようにと、福島再生加速化交付金を拡充して産業団地の整備にも補助金を出すようになりました。これにより、自治体がほぼ持ち出しゼロで産業団地を整備できるようになり、誘致合戦が繰り広げられるようになりました。さらには、企業立地補助金の補助対象拡大がされます。後から創設された自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金では、新しく来る人の住むところがないということで、社宅整備も補助対象に加えました。業種についても、最初は製造業が中心でしたが、サービス業などにも対象が広がりました」

 さらに、藤原准教授はこう続けた。

 「私は『ふるさとの変質・変容』と表現しているのですが、そういった政策によって、まちの様子が変わり、そこに住んでいた人たちもガラッと変わってしまう可能性があります。もともと住んでいた人たちが安心して戻れる環境かというとそうではないと思います。むしろ戻りにくくしているのではないかとさえ感じます」

 以前、楢葉町から県外に避難している人に話を聞いたところ、「いまの楢葉町は私の知っている楢葉町ではない」と語っていた。同町は、廃炉作業の最前線基地になっており、事故原発で働く人の宿舎などがあり、県外ナンバーのクルマを見かけることも多い。そうした状況から「もう私の知っている楢葉町ではない」との見解を示した。同町に限らず、原発被災自治体では同じように感じている人は多いのではないか。

 これまでなかったものができ、ある意味では便利になった部分もあるのかもしれないが、もともと住んでいた人からすると、「何か違う」「寂しい」といった感情になるのはやむを得ない。

 藤原准教授が語った「もともと住んでいた人たちが安心して戻れる環境ではなく、むしろ戻りにくくしている」ということを裏付けるようなエピソードだ。本末転倒としか言いようがない。

 「復興の主体が誰かということを見失っているように感じます。自治体が存続すればいい、数字上の人口を増やせばいい、と。被災自治体には、自然資源に依拠した暮らしやコミュニティーにおける被害がいまなお残っています。国庫補助の対象になる除染やインフラ整備が先行して行われ、これらの被害回復は後回しにされてきました。これは自治体に問題があるのではなく、国の政策や制度の問題です。被災自治体は自主財源が乏しく復興事業を行うには、国庫補助金に依拠せざるを得ませんが、その対象は限られています。また巨額の補助事業を実施するには人手・労力がかかります。企業誘致に自治体が積極的に取り組む後押しをしてきたのは、企業立地補助金をはじめとする諸制度に加えて、イノベーション・コースト構想を代表とする新産業の創出と新住民の増加に重点を置く復興像にあると考えます」

 そもそも、被災地にやってくる企業は、さまざまなインセンティブがあるから進出してくるわけで、言うなれば「補助金目当て」の企業。そこに地域の復興を託す、というやり方、考え方自体が真っ当とは思えない。戻る(戻った)人・企業と、どちらが地域への思いが強いかは比べるまでもない。だったら、本当に地域のことを思う、戻る(戻った)人・企業などへの支援こそ、充実させるべきではなかったのか。

 一方で、本来ならもっと手厚くすべきだった被災者支援、コミュニティー支援は、金額(財政支出)的にも、制度的にも十分ではなかった。

 「コミュニティー支援制度の一つに復興支援員があります。この制度は、新潟県中越地震のときに、新潟県独自の復興事業として設けられたものです。今回は国が財政措置して、各被災自治体に配置されました。このことは評価できます。ですが、実際の運用においては新潟県のような自由度や柔軟性に課題があります。ただ単に人材を配置すればいいわけではなく、どう生かすかが重要なわけですが、そのためにはノウハウを生かすための横のつながり、学習する場が必要になり、中越地震のときは適切な中間支援組織があったことなどからそれができていました。今回は、自由度や柔軟性に欠け、自治体によってうまく活用できているところとそうでないところの差が出ていると感じます」

 藤原准教授は「まちには人々の暮らしがあり、コミュニティーがあって成り立つもの。それがない中でまちが成り立つのか、疑問です。10年目を迎える今、国や自治体は復興のあり方を見直し、暮らしやコミュニティーの再生に必要な制度を再構築していく必要があると思います」と語ったが、いずれにしても、企業立地補助金などに多額の費用を投じたのとは裏腹に、そういった部分への支援や財政投資、さらに制度設計などは十分ではなかったと言えそうだ。

 以上、藤原准教授の解説を下に、復興のあり方を検証してきた。以前にも本誌記事で指摘したことだが、国、県、市町村は「場所」の復興に固執し、「自治体の存続」を優先させ、「人」や「暮らし」の復興を軽んじてきた印象は拭えない。総じて言うと、この10年間の復興のあり方、財政支出などは適切だったとは言えず、もっとほかの手法があったのではないかと思えてならない。

通販やってます↓




よろしければサポートお願いします!!