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マッチ売りの少女のマッチを横から吹き消す

「人間は幸せになるために生きている」「人間は幸せなんか求めてない」どちらにせよ実態から乖離した物言いだと思うが、社会的に成功した人物を評価するとき「あの人はあれだけお金持ってても幸せになれなかったね」と言って、成功者へのルサンチマンを軸に前者の価値観を強化する者がいて、醜悪だ。
「人間は幸せになるために生まれてきたのだから、全ては幸せの追求に向かうべきであり、幸せをかなぐり捨てるような不合理な行動は狂っているし、社会的成功を収めたのに幸せになっていないことは、嘲笑するに値する」そのような価値観を持つものは多いし、そのような価値観を持つものに講義をされたこともあった。ジジェクがナンセンスと言いそうだ。
 しかしこの言説も反知性主義的(反エリート主義的という意味で)観点から批判すれば「エリート主義」なのであって、心理的・生存的安全がすでに保証されている状態からそれをかなぐり捨てて夢へ邁進する様を指して「人間は幸福を求めたりしないのだ!」と言っているだけだ。
 要は幸福に対する二つの態度があるわけだ。一度も幸福を持つことができなかった者が絶対視する楽園的幸福の幻想と、それを一度受益しておきながら退屈だ窮屈だとかなぐり捨てて冒険へと出かけた非幸福的自尊心充足の、二つの態度が。寒さを凌ぐための毛布すら持たないマッチ売りの少女が、マッチのまたたく一瞬の光の中に「純粋なる幸福の光景」を幻視しているさなか、誰かがマッチを吹き消して言ってみるわけだ……「人間は幸福を求めたりしない」と。

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