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妄想練習003: 色彩の王国

定期的に800字以内の小説を完結させる、それが妄想練習。題材は自分のInstagram。写真にそれっぽい物語をつけます。通し番号を振っていますが、それぞれが独立した短編です。

 足に力が入らない。何週間も、ろくに食べていなかった。食べ物を乞うては、首を振られつづけた。
 わかっている。誰もかれも、人を助ける余裕などない。それでも人を見れば乞い、首を振られればまた歩きつづけた。足を引きずり、どこまで歩きつづければいいのかも知らずに。
 ある街で、女があそこに行けばいいよと指さしたとき、私は弾かれたように顔をあげた。目の前が明るくなる。同時に、こんど裏切られればもう立てないと思った。
 が、次の男も同じ方向を指さした。次の男も。次の子どもも。私は最後の力を振り絞り、その場所をめざした。とうとうすぐそこだと指さされたのは、巨大な礼拝所だった。躊躇する余裕もなく、生ける屍のように、開かれた扉の中へと吸いこまれた。
 礼拝所は明るく広大で、風がよく通る。奥行きのある部屋に、色とりどりのガラス窓が並び、鮮やかな光が満ちている。空腹極まった私にも、そこは快適だった。私の力はすでに尽き、誰かに食べ物を乞うこともできなかった。疲労と眠気が、私を床の絨毯へと引き倒した。
 一度、礼拝へと招く、歌うような声で目を覚ました。起きる力はなかった。薄く目を開け、再びこんこんと眠った。次に目を覚ましたのは夜だった。夜でもここは開け放たれたままで、どういう事情か同じように床で寝ている者も多かった。追いだされないとわかり、私はまた眠った。
 朝になり、私が自ら立ちあがるまで、誰も私を揺り起こしはしなかった。朝の光がさしこむ絨毯のうえで、私は呆然としていた。同じく目覚めた人々が指さす方向へ、わけもわからずついていく。
 女たちが椀を配って回っている。やってきた女に、おそるおそる手をさしだした。女はうなずき、湯気のたつ椀をよこしてきた。
 私は椀に口をつける。あたたかさがからだに満ち、私は眠気を覚える。私はそうして、何度も椀をとり、眠ったが、やがてそこを去った。色彩満ちる、その王国を。

(793字)

妄想練習の経緯については↓


今回のアイディアメモ

色ガラス
居眠り
受容、寛容
何度目覚めても、変わらない風景
自分で立ちあがる
足にはもう力が入らなかった。

作者コメント

ハッ、今回は「ババっと書いて800字以下に削る」というのを意識していて、構成考えるのすっかり忘れてた。写真がシリア・ダマスカスのウマイヤド・モスクなので、ひっぱられて宗教的なテーマに。

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