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それでも人とつながって 014 非行気分3

『修行時代は大変ですよね』


遊びたい盛りの年頃。お小遣い制などというものは無く、なんとか稼いでお金を手に入れるしかなかった。周りがみんなそうだった訳ではないと思うけど。元気の余っている幼馴染達もみんな何処かでアルバイトのようなことをしている。今思えば解体屋だったんだなと思う内容や飲食関係。味噌の訪問販売という今考えると恐ろしい内容のものもあった。年端も行かぬ少年が玄関を叩いて「お宅は白味噌ですか赤味噌ですか」などと尋ね回るのは、まるで不可解な心霊現象の一つのようにも思える。やらせる方もやらせる方な気がするけど。

見た目の問題でなかなか採用の難しかった幼馴染もいたが、内容に拘らなければ皆どうにかこうにか報酬を得る方法にありつくことが出来た。中にはちょっとそれは出来ないかなと思えるような話もあったけど、それをする本人が良いのなら良いんだよね。同じ「お金」が貰えるんだから。そのころはそんなふうに感じていた。

自分も色々な内容のアルバイトをこなした。気分で転々としたり、少しお金が出来るとやめてしまったり。せっせとアルバイトをする割に勤勉とは程遠かった。遊ぶカネ欲しさの行動。あの頃といまではお金の見え方も随分変わったけど。とにかくお金さえ貰えれば良いという考えだった。

そんな気持ちで働いていたファミリーレストラン。ここもずっとではなく忙しい時期や欠員が出た時に臨時で入るようになっていた。上役の方がなんとなく自分を気に留めてくれていたようで一定の期間働いて辞めた後にもお店がヘルプを頼まなければならない状況になると電話をくれた。元気だけは良かったから使いやすかったというのもあったんだろうけど。でも頼られると嬉しい。理由は何でも。

今回のヘルプは週末早朝。お昼時など。週末早朝は開店準備の仕込みがある。オーダー表に書かれた「米何キロ」「サラダ何キロ」という内容通りに大きな食用のバケツのようのような物にお米は研いで水も分量を入れる、サラダなどは野菜をちぎったり刻んだりしてバケツに入れる。それを歩いて入れる冷蔵庫に並べておくのだ。

ある日の早朝出勤。仕込みのオーダー表をざっと見てびっくりした。「サラダ12kg」と書いてある。これは本気を出さなければならないと必死に野菜を処理していく。途中でなんだか素材が足りない気がするんだけど何しろ12kgだ。とりあえずありったけ作ってやれと思って作りまくった。歩いて入る冷蔵庫にサラダを入れた食用のバケツを並べていく。改めて並んだサラダのバケツを見て達成感を味わっていた。忙しい仕込みを終えて開店前に退勤。ちょっと爽快な気分で帰路についていた。

次回の出勤は昼時の仕事。その日は厨房に入る。厨房と言っても一番端で簡単な調理だけ担当。あとは雑用に回る。分かる人には分かるポジションだと思う。厨房には変わらないメンバーが二人いる。アルバイトという感じでもなくシッカリしていて少し怖い感じもある。大人の迫力のような。今日も元気よく挨拶してアルバイトが始まった。

途中途中の大人な二人の会話が気になる。「この前のサラダな」とか「あれ誰がやったんだ」とか。なんか心当たりがあるなと思いながら二人の方を見ると横顔がニヤッとしている時がある。「あのサラダよぉ」とまた聞こえる。完全に気になってこれはと思い二人を見ると意地悪そうに笑っている。「お前12kgもサラダ作るんじゃねぇよ!!」と大笑いし始めた。なんだなんだ?と混乱していると教えてくれた。「お前、あれオーダーは1.2kgだぞ」と言われ思わず叫びそうになった。

とにかく謝った。一生懸命謝った。でも二人は大笑いしている。問題にならなかったのかなぁ?と心配になったが、12kgのサラダについてはそこまでの話しかなかった。週末はお昼と夕方の間に少し長閑な時間が訪れる。お客さんが少し途切れるのだ。大量のサラダを仕込んだ犯人は自責の念に駆られていた。この隙間の時間に何か出来ることはないかなと思い尋ねてみると、二人の大人な感じの方から一つずつ。「下水のマスの掃除」と「グリルの洗浄」を命じられた。最高に嫌な仕事だとこれにも大笑いしている。

なんでもやりますという気分だった。こんなのはもっと怒られたりしそうなもんだけど。とにかく少しでも何かしよう。下水のマスの掃除は驚くほどの悪臭だった。ヘドロのようになっている物体をすくい上げ、網カゴを取り上げて洗浄。いつまでも鼻の奥に悪臭が残った。次はグリルだ。やったこと無いけど。もう一方の大人な感じの方が「大変だぞぉ」と笑いながらグリルを外して一緒に店の裏の屋外の水道の所に運んでくれた。これで擦れと植物で出来ているようなブラシを渡してくれた。

ゴシゴシゴシ。ゴシゴシゴシゴシ。力を込めて擦る。そして水道ホースでザァーっと流す。ゴシゴシゴシゴシ。繰り返し。しゃがんでやるんだけど中々の重労働。手にも足にも効いてくる。でも罪を犯した人間として一生懸命やっていた。

ふと、背後に視線を感じる。自分の居るところより身長分だけ高い所に緑色のフェンスがあり歩道が通っている。そこにお爺さんが立っている。散歩かなくらいに思いグリル磨きに精を出す。ふぅ。なかなかキレイにならないなと思いながら痛い手と足を休める為に立ち上がる。また視線を感じる。振り返ってみる。さっきのお爺さんの眼差しがやや熱い。えっ?と思ったけど良く分からないからとにかく自分はコレをやろうと思いゴシゴシゴシゴシ。

だんだん腕にも力が入りにくくなってきて連続で動かせない。たまに手が止まってしまう。そんな時、背後から「うぅ。うっうっ」と嗚咽するような声が聞こえる。んっ?と思って振り返ると先程のお爺さんがフェンスに前かがみによりかかり顔を伏せている。明らかに泣き崩れている。

えっ?どうしよう。えっ?いやでも自分が何か?何だろう?どうしよう。少し慌ててお爺さんの方に身体を向けて様子を伺っているとお爺さんはゆっくり顔を上げて「大変ですよね。ご苦労さまね」と涙ながらに声を掛けてくれている。何となくあっ!そうかと思った。違うんですよお爺さん。これは自分が失敗をしたからなんで。どう言ったら良いかな。えーと。
「この前サラダを12kgも作ったんです」焦りのせいで意味不明なことを伝えてしまった。

するとそれを聞いたお爺さんは驚いたように感極まったように『修行時代は大変ですよねぇ』と絞り出すように言って今度は声を上げて泣き出してしまった。遊ぶカネ欲しさで修行でもないし、もうどうして良いのか分からない。

『はい。ありがとうございます。一生懸命に修行頑張りますから』とその場の雰囲気に合わせたような事を大きな声で答えてその場から逃げた。忍者のように裏口から厨房に入った。

二人の大人な感じの方が戻ってきた自分を見て「随分遅かったな」と声を掛けてくる。
もう何かを説明する元気も無くなっていたので「サラダ作ってました」と答えた。

それからもたまにヘルプで呼ばれた。
このファミリーレストランは随分な年月が経ったいまも営業している。


これは非行気分の巻の三。この後に続く体験はまたの機会に。

もし読んでくださる方がいらっしゃったなら。
お読み頂いたあなたに心からの御礼を。
文章を通しての出会いに心からの感謝を捧げます。


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