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『世界でただ一人の存在になる』(三浦大知)人生を変えるJ-POP[第3回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

前半から続く)

情熱をコントロールできる冷静さ

三浦大知というアーティストの歌手の部分に目をやる時、私は彼の非常にバランスの取れた客観的歌唱力を感じることが多いです。ダンスという感覚の鋭いパフォーマンス力を持ちながら、歌の部分ではあくまでも冷静に非常にバランス感覚の良い歌を披露します。

歌手には主観的な人と客観的な人がいて、双方とも非常に魅力的ですが、三浦大知の場合は、常に歌との適切な距離感というものを感じさせるアーティストです。歌の中に感情を入れ込みすぎることはよくあることですが、彼の場合は、情熱を心の奥底に秘め、コントロールされた歌声でしっとりと歌い上げてくる歌手でもあります。

新曲「燦燦」で感じる、甘くストレートな歌声

今回の朝の連ドラの主題歌である『燦燦』には、彼の歌の作り方と歌声の特徴が非常によく出ているのを感じさせます。

彼の歌声の特徴は、ハイトーンのビブラートのないストレートボイスが特徴です。ビブラートはないのに、中音域から高音域にかけては非常に甘い響きをしています。時折見せるシャウト気味の歌声は、特に甘く、ストレートな響きと相まって、清涼感のある少年のような歌声を聞かせます。

また、高音部のファルセットからのヘッドボイスは、濃厚で綺麗な響きのやや幅のある歌声をしており、中音域の歌声とはまた違った魅力に溢れています。

このような彼の歌声ですが、実は、この歌声は、彼がソロデビューをした時から持っていた歌声ではありません。

2005年、ソロデビューした彼の歌声は十代であるにもかかわらず、全体的に伸びのない堅い響きの歌声でした。この歌声は、2009年の『Delete My Memories』まで続きます。高音部は明るく直線的で、中・低音部はややソフトな響きになります。

また歌い方としては高音部になると突き上げるような歌い方になり、現在の彼の歌い方とは全く異なります。では、彼の歌声はいつ変わったのでしょうか?

9枚目のシングルが大きな転換点

それは、2010年8月に発売された9枚目シングル『The Answer』からです。この9枚目のシングルが出るまでの期間は、実に1年3ヶ月という長期の空白期間があります。

この間、彼が何をしていたかと言えば、それはボイストレーナーについて徹底的に基礎から発声をやり直していたと考えられるのです。
彼は、『The Answer』の発売に伴うインタビューの中で、「以前の歌声は完全に捨て去ったから覚えていない」と話しています。

彼の中で、以前の歌声の出し方、身体の使い方を完全に忘れ切ってしまうまで徹底的に新しい発声の訓練をした、ということになるのです。

歌の練習は、よくスポーツにたとえられます。野球を考えてみると、それがよくわかります。

野球選手は、たった一本のヒットを打つために、来る日も来る日も素振りを繰り返します。それは何千回、何万回でも身体が覚え込むまで繰り返される練習です。

歌の新しい発声法を身につける練習は、野球選手が新しい打撃フォームを手に入れるために練習するのと酷似しています。即ち、何千回、何万回も新しいフォームでの発声を繰り返し、それを完全に身体が覚え込むまで練習するのです。

そうやって身につけた発声法というものは、一生の財産になります。歌おうとすれば、身体が無意識にそのフォームを思い出し、反応するのです。
しかし、そうなるまでには時間がかかります。

彼が「以前の歌声は完全に捨て去った」と言うように、先ず、身体がそれまでに覚え込んでいたフォームを捨て去らなければなりません。その上で新しいフォームを覚えていくのです。

これは簡単な作業ではありません。正しい発声の仕方を自分のものにするまで、彼は一年以上の期間を十分に取って身につけたと言えるかもしれません。そうやって彼の歌声は2010年以降、全く別の歌声になりました。

彼の手に入れた発声法は、歌い込めば歌い込むほどに高音部が伸び、音域が伸びていきます。それは、声帯を薄く薄く伸縮させる呼吸法を身につけているからです。

踊りながらも全く息が上がらない、呼吸法の秘密

また、彼の呼吸法については、驚異的なダンスを踊りながらも全く息が上がらず、音程がブレないテクニックを持っています。これは、彼も話すとおり、ヘッドマイクではなく、ハンドマイクを使うことで、自分のブレスの乱れが音声に入らないようにコントロールしているのです。

しかし、それだけではなく、当然、背筋と腹筋のインナーマッスルは強靭なものを持っています。この背筋力と腹筋力というものは、いわゆる運動でいうところの背筋、腹筋ではありません。

歌うことで鍛えられる体幹の筋力であり、彼はそれを「現場(歌ったり踊ったりすること)でしか鍛えられない現場筋」と言っています。それらを持っているからこそ、ブレスコントロールを完全に掌握することが出来、どんなに激しく動いても歌声を安定させることが出来るのです。

こうやって彼の歌声は非常に澄んだ響きの伸びのある歌声になりました。この歌声に魅了されるファンは多いことでしょう。

また、彼の歌には、独特のグルーヴが存在します。グルーヴとは、いわゆる音楽のリズムの中での”揺れ”のことで、単に強弱だけでなく、音符と音符の繋ぎ目、次の音符に移っていくときの空間のことで、これは楽譜のどこにも書かれていないものです。

このグルーヴ感は、歌手それぞれが持っている独自のものですが、彼の場合は長年のダンスによって培われたグルーヴがあり、それが、歌を表現していく中でも明らかに存在しているのです。

楽曲『music』は音楽の楽しさを伝えるものですが、彼の歌声には音一つ一つに躍動感があり、それは音符が五線紙から飛び出していくような感覚を与えるものです。これは、優れたダンサーである三浦大知にしか表現できない世界と言えます。

ライブでこの楽曲が歌われると、会場のあらゆる空間に彼の歌声から音符が飛び出し、それらが自由に飛び回っているというほどの躍動感を感じさせ、自分が音楽の中に溶け込んでいるような錯覚を覚えさせるほど、音楽との一体感を味わうことができます。

「音楽とは音を楽しむもの」。まさにその言葉通りの世界が実現しているのが、三浦大知のライブの世界であり、それを支える大きな柱の一つに彼の歌声の存在があるのです。

「三浦大知」という唯一無二の存在として

「歌って踊れるソロ歌手」「三浦大知というオリジナルになる」という彼のスタンスは、それまで歌手はマイクの前で立って歌うという観念を持っていた聴衆に大きな影響を与えました。彼の新しいスタイルは、欧米人でなくてもポップスで世界に通用する存在になれることを示しました。

彼のダンスパフォーマンスは多くの人に影響を与え、特にJ-POPという枠に捉われず、欧米で日本人のR&B音楽が十分に通用することを証明しています。

「僕の目標の一つとして「日本の音楽って面白いよね」って世界を驚かせたい目標がある」「日本語の曲で世界中どこに行っても盛り上がれるものを作れたら最高だなと思っている」と話すほど、彼は日本語で楽曲を作ること、歌うことに拘っています。

海外シーンに向けて日本語で歌うのではなく、「僕は日本語が大好きなので、日本語の曲が海外のラジオで普通に流れるようになったら最高だなって思う」と発言する彼はまさに日本の音楽を世界に押し出していくアーティストなのです。

欧米ポップスの殻を打ち破り、J-POPで世界中を席巻していく存在、それが三浦大知なのです。

マイケル・ジャクソンがマイケル・ジャクソン以外の何者でもなかったように、三浦大知は三浦大知として唯一無二の存在です。

そして日本語の曲で世界中の多くの人の人生を変えていくアーティストとして、これからも活躍し続けるでしょう。

彼の歌うJ-POPが世界中の街角から流れる日もそう遠くない。そんな確信を多くの人に与えていく存在なのです。

久道りょう(松島耒仁子)
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞