「AI(愛)は掌に」 第五話

目を閉じて、しばらくしてから久楽は夢を見た。
真っ暗闇の中に言葉が流れてくる。
女性のような声が流れてくる。

久楽の聞いたことのない女性の声。

『はじめまして。新井千百合です。』

その声は名前を名乗った。新井千百合と。

「はじめまして。」

別の声が聞こえる。聞き覚えのある声。
それは男の声である。

「久楽って言います。よろしくお願いします。」
『久楽さんですね。よろしくお願いします。』
「新井さんは大学生なんですよね?」
『そうですよ。私のことは千百合って呼んでくれますか?みんなからそう呼ばれているので。』
「わかりました。…なんだか照れますね。女性を下の名前で呼ぶことってあまりないので。」
『そうなんですか?』
「はい。千百合さん…千の百合って素敵な名前ですね。」
『ありがとうございます。私も気に入ってるんです。』

久楽と千百合の、初めてのメールの場面のようである。
声は聞こえるものの、声の抑揚や起伏が全くない。
感情というものも感じることができない。
おそらくは千百合との会話は、全てメールという文面だけであったこと。
一度も声を聞いたことがないことが、要因なのかも知れない。
千百合の声も、久楽が脳内で作られた、作り上げられた幻想の声なのだろう。


ザザッ


無機質なノイズのようなものが流れる。

『雨の日って嫌いじゃないんですよ。雨の音を聞いていると落ち着くんです。』
「僕は雨の降り始めの匂いなら割と好きですよ」
『わかります。私もです。』


ザザッ


『ピンクってあまり好きじゃないんですよね。』
「そうなんですか?女性ならみんな好きだと思ってました。」
『嫌いな人だっていますよ。私の場合は花言葉のせいかな?ふふっ』


ザザーーーーーー………


会話はそこで途切れる。
ノイズはわずかの間流れ、やがて闇の中に引き込まれて消えていった。

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