「AI(愛)は掌に」 第八話

ポツリポツリと降り出してきた雨。
久楽は雨から身を守るために、折りたたみの傘を差している。
帰路を歩く。
普段よりも、ゆっくりと。
足取り重く。

庄司の言葉を心の中で何度も何度も繰り返し、意味を探る。

ここしばらくは、この仕事の意味や目的を気にすることは少なくなっていた。
メールをする相手は、クセのある人もいるが、少なからず悪い人ではないと認識していた。

しかし、『深入りは禁物。文字なら取り繕える。』と言うのは、どういうことなのだろうかと、悩んでいた。

庄司の真意は何なのか、メールの相手は何者なのか。そもそも、この仕事を紹介したのは成り行きとはいえ庄司であったのに…。

今の状態では正解は出せないだろうし、答え合わせを期待することもできないだろうが、今の仕事への不信感が久楽の奥底に、浅く薄くとも刻み込まれたのかも知れない。

ふと、立ち止まりスマホを取り出す。
見れば、千百合からのメールが届いていた。それを見て、久楽は呟く。

「千百合さん…あなたは一体何者なんですか?なぜ、僕とメールをしてるんですか?」

その言葉は雨音にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
届くのは…文字。

久楽は千百合にメールを送ってから、何度もスマホを開いていた。何度も何度も。

『なぜ、僕とメールをしてくれるんですか?』と送った返信を待っていたのだ。このメールを送った直後に『すいません、忘れてください。』とも送った。答えを聞くことが怖かったからである。

予想しうる答えはいくつかある。最有力は一つ。『仕事だから』である。千百合に対して少なからず好意を持っているが、そう返信がきた時には落ち込む自信があった。事実であったとしても、それを隠してくれていれば確証がないままに、忘れることができる。それがまやかしであり、「逃げ」であったとしても。しかし、本当の答えを、真実を叩きつけられた時には、忘れることはないだろう。
久楽の中では、千百合もメールを楽しんでいてくれているのではないか、と言う根拠のない自信があった。しかし、根拠のない自信は現実を叩きつけられた時に脆くも崩れ去ってしまう。それが堪らなく恐怖であったのだ。崩れてしまうくらいなら、いっそのこと見て見ぬ振りをしていたいのだ。目を背けて、想像を掻き立てて、ただ一人楽しんでいればいいのだと、そう思い至ったのだ。答えを突きつけられない片想いこそがほろ苦くも甘美なのだ。だからこそ、こちらの問い掛けを忘れて欲しかった。

だが、久楽は答えを一度は求めてしまった。

そして、一通のメールが届く。
井内や他の人からのメールではない。
待ち望んでいたようで、待ち望んでいなかったのかもしれない人からのメール。

千百合からである。

メールを恐る恐る開き、文面を確かめる久楽。
その瞬間に、昨日、夢で聞いたような感情のない女性の声が聞こえてきた。

『変な質問ですね?楽しいからに決まってるじゃないですか(笑)』

いつの間にか雨は止んでいた。久楽は見上げると、空には天使の階段が降り注いでいた。

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