「AI(愛)は掌に」 第四話

場所は久楽の自室へと移り変わる。
用事があるというのは、真っ赤な嘘であり、単に悠仁からの追求から逃れるためである。
太陽はとうの昔に暮れて、心地よい風が網戸を通り抜けてくる。
久楽はベッドに寝転び、スマホを操作している。
目的はバイトのメールである。

「あ、井内(いうち)さんからメールが来てる。」

久楽のメールの相手は男性2人、女性2人の計4人。
年齢は次元が当初説明していた通り、それぞれが久楽に近い。年齢こそ近いが、4人ともがタイプの違う人達である。

今、久楽にメールが届いた井内は現在、就職活動中の男性で、最終選考もいくつか控えているらしい。
とても博識で、大人な印象の強い人で久楽の中で「良き兄貴」と思えるくらいに慕っている。

メールの内容は就職活動の現況で、大変な時期なのに疲れを見せない文面に、「強い人だな」と印象付いた。
それでも、表に出さないだけで本心では疲れているかも知れないと、労わるメールを返した久楽。返信した直後にメールボックスを覗くと、新しいメールが受信されていた。

「あ、千百合さんからメール来てる!」

テンションの上がった久楽は思わず正座になる。
久楽はそれぞれの人達と1日に何度もメールをしている。そして悠仁の予想通り、この中で久楽の中で僅かながらに恋心が芽生えかけている相手がいる。

その人物の名前は「新井 千百合(あらい ちゆり)」

顔も声も知ることは禁じられてはいたが、メールをする上で名前を知らないのは流石に不便ということで、次元からそれぞれの人物の名前と年齢、職業などの、ちょっとした情報は前知識として教えて貰っている。
久楽のおおまかな情報も相手側には伝えてくれたそうだ。

千百合は久楽と同じく大学生であり、吹奏楽部に所属しているようだ。

バイトでのルールとして、千百合の顔も声もどこに住んでいるのかも分からないが、毎日のメールを通して千百合の優しい人柄が久楽には伝わってきているようである。

得体の知れないバイトがキッカケで知った相手ではあるが、日々のことをお互いに話していくうちに、久楽は次第に千百合を特別視していたのである。

「顔も声もわからない相手を好きになるって変なのかなぁ…」

誰に問いかけるわけでもなく、誰に答えて欲しいわけでもない台詞を呟きながらメールを続ける久楽。

「あ、そういえば明日は会社に行かないといけないな…」

毎月、久楽はバイト先の会社に訪問する。

一つはメール内容を確認してもらうため。
ルール違反がないか、そういうことをチェックしているのだろうと久楽は思っている。前もって毎月メールのチェックをされることは聞いていたので、久楽も文面には気をつけていた。

一度、井内とメールで盛り上がり、うっかりと突っ込みすぎた質問をした時に「それはルール違反ですよ」と釘を刺されたのである。
そくざま井内に謝罪のメールを送り、次の日にバイト先に行って、事情を話をしに行ったこともある。

次元から軽く「次は気をつけてくれたらいいよ。」とさほど咎められることもなく、解決したことはあったのだ。

もう一つはバイト代を受け取るため。
毎月、微妙に金額が変わっていることから「出来高制」らしいとは久楽も暗に気付いていた。
しかし、毎月貰えるバイト代は増えている方向なので、あまり気にしないようにしていた。
久楽も当初はバイト代のためと考えていたが、ここ最近はバイト代よりも、千百合と連絡を取ることを楽しみにしている。

ただし、あまりに露骨にしてしまうとメールチェックの時に恥ずかしいので、なるべく他の人との差が出来すぎないように気をつけている。

「えーっと…『そうなんですか?女性ならみんな好きだと思ってました。』んー、どうなんだろ、これ。」

そんなことを呟きながら、メールを続ける久楽。
メールを続けるうちに久楽の瞼は少しずつ重くなってくる。

抵抗できていた瞼の力も、やがては負けてしまう。

そして久楽の瞼は開くことはなくなった…

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