「AI(愛)は掌に」 第十五話

 …汗だくだ。時刻は午後2時。一番暑い時間帯だ。そんな中を走っていれば、汗をかくに決まっている。それでも足は止まらない。走ることを止めない。止めたくない。止まらなかった。家に着くまで。
 汗だくのTシャツを脱がず、そのままベッドに倒れ込む。着替えたい、シャワーを浴びたい、クーラーをつけたい、普段なら当たり前のように込み上がってくる感情が全く出てこない。ただただ、ベットの上に横になり、微動だにしなくなる。眠っているわけではない。目は開いている。呼吸もしている。心臓も激しい鼓動を響かせている。

 時計の秒針が何度回転した頃であろうか、呼吸も心臓の鼓動も落ち着きを取り戻してきた頃だ。力無く起き上がり、目は軽く充血している。外は蝉の声がけたたましく鳴いている。普段はそこまで気にしないのが、今日に限ってはひどく不愉快に思えた。蝉が悪いのではない。今に限って言えば、観るもの聞くもの、全ての事象に対して、嫌な気分にしかならない。

───AIからのメールだって───

 おもむろにスマホを取り出すと新着メールが2件来ていた。
 1件目…井内からだった。
 ズキッと胸が痛くなった気がする。それでもメールを開封する。

『今日も面接を受けてきたが、自己分析、企業分析が足りなかったのかも知れない。』

 井内とのメールでの大半は就職活動の報告だ。大体が微妙な結果だったと言いたげな雰囲気。似通っている。ボキャブラリーが少ないんじゃないか、とも思える。…こんなことを思ったことはなかった。設定上は二つ年上。設定上は就活生。いい感じに兄貴分とも思えた相手。しっかり自分を持っていて、でもルールには厳しい。
 そこに、どこか人間味の無さを感じていたのかも知れない。いや、AIと知ったからこそ、そう思うようになったのかも知れない。知らないときは冷静で真面目な人だという印象だったのだから。

 正直なところ、メールを返信する気分にはなれなかったが、これはあくまでも仕事だ。個人的な感情で返信をしないわけにはいかない。『お疲れさまです。なかなか大変ですね。』と返信をしておいた。

 そのまま2件目のメールを開く。

 先ほどよりも遙か強く胸への痛みが激しく突き刺さる。
 差出人は「新井千百合」


 …ああ、そうだ。画像の件で会社に行ったんだった。そういえばそうだ。なんだか、ちっぽけなことにしか感じない。
 仕事だと言うことは分かっている。分かっているけど、指が動かない。動悸がする。

 ダメだ…

 一度、メールを閉じる。返信もせずに。返信は後でする。返信はしないといけない。「ルール」だ。

 そう、「ルール」なのだ。

 定められたルールの中で、ルールに外れないように動く。それがAIだ。

 情けない。彼女いない歴イコール年齢を拗らせると、人かAIかもわからずに、ましてや恋心すら抱いてしまうのか…

 たかがAIに…

 AIに…

 たかが…

 …たかが?

 おいおい、最低だな

 勝手に恋心を抱いて、それが人かAIかはともかくとして、相手を悪く思うなんて…

 別に向こうに非があるわけじゃないじゃないか…

 全て自分の責任だ。

 久楽は再び千百合のメールを開く。

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 差出人:久楽

 本文:
 ちょっと注意はされましたけど、大丈夫でしたよ。あまり気にしなくて良いですよ。
 僕も何度か失敗しちゃったことがありましたし(笑)

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 このメールが起点として、久楽が一つの解答へと向かうのだが、そこに辿り着くまでにはまだ少し時間が足りない。

 しかし時間の問題であった。

 冷静になれば気付く。

 解答を出す。

 それが久楽だ。

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