スプラッシュゾーン11

『スプラッシュゾーン 落下の時空』

○第十一話

 爽やかな男だった。

 ドルワ達は、戦艦シルバーライトの格納庫でミョウジン大尉とまみえた。
「ようこそ」
 ミョウジンは口を開き、笑顔がこぼれる。嫌みの無い、自然な笑顔だった。
「出迎えご苦労」
 ぶっきらぼうにミヅキは言った。
「出来ればもっと早く、こうして会いたかったわ」
「迎えは寄越しましたよ。ことごとく貴女に討たれたようですね」
「降りかかる火の粉は払うまで。ずいぶん遠慮のない火の粉ばかりで困ったわ」
「それはお互い様です。で、そのお二人は?」
 ミョウジンは、ドルワと青天飄々にあらためて目をやる。
「私の可愛い同伴者と、もう一人は不愉快なフィッシャー」
「おいおい姉さん、省略しすぎだ」
 青天飄々が声を荒げるが、顔はにこやかに笑っている。一方でドルワは、ミョウジンを前に緊張したままであった。とても青天飄々やミョウジンのように笑ってはいられない。
(この人が……ミヅキさんの……)
 そう思うと、何故か心が重くなる。
「俺は青天飄々。そうだな、取りあえず連邦政府のエージェントだと思ってくれ」
「エージェント? どこの所属です?」
 ミョウジンの問いに、青天飄々は悪びれず答えた。
「この星に連邦政府の人間はオレしかいない。オレが全般の窓口みたいなもんだと思ってくれればオーケーだ」
「大雑把ですね。まぁ、そういうことにしておきましょう」
 ミョウジンは苦笑いを浮かべたが、不快には感じていないらしい。
「で、君は?」
 ミョウジンはドルワを見つめた。ドルワもあらためて彼を見やる。青天飄々よりは低いが、ミヅキよりは背は高い。痩せているというよりも、鍛えられて締まっているのだ、とドルワは思った。
(この人も戦い人なんだな)
 いささか緊張したが、ドルワは物怖じしない態度でミョウジンの問いに答えた。
「九の王都が一つ、三の国が王・ハルが認めし番人の一人。ドルワと申します」
「番人……ああ、ゲートの守り人の事ですね」
「ここの番人はどうしました?」
「我々がこの星に降りて間もなく、病気で亡くなりました」
「本当ですか?」
「本当……と言ってもそれを証明する手立てはないですが」
「それはお互い様だ」
 そこへ青天飄々が口を挟む。
「いずれにせよ、こんな辺境の惑星では軍人や役人の肩書きは関係無い。関係が無いから、連邦政府はこうした開発可能な惑星を発見した場合、植民者による自治政府、自治国家を作る事を奨励したんだ。いずれは連邦政府に併合される、その時までな。というえわけで、今この場所で信頼できるのは少年の『番人』という肩書きだ」
「僕の肩書き? 『番人』がですか?」
「そうだ。『しずくびと』がこの星に降りてきてから、その落ち着き先が決まるまでが『番人』の仕事だろう? 俺達はしずくびとで、少年は番人だ。ドルワ君、君は何の為にここまで来た?」
「見届ける為です。ミヅキさんが何をして、どうするのか。それを三の国の王に報告するのが僕の仕事——」
「だろう?」
 ニヤリと青天飄々は笑った。
「ドルワ君は、我々三人の立会人というわけですね」
 ミョウジンも笑った。
「いい目をしている。ミヅキが惚れるのも無理は無い」
「あんたにもわかる?この子の良さが」
 ミヅキはドルワの肩を抱くと、ぐいと引き寄せる。ミヅキがじゃれてくるのはいつもの事だが、今は大勢人が見ている。ドルワは、思わず顔がカッと熱くなるのを感じた。
「ミヅキさん?!」
「おいおいミヅキ?!」
「大丈夫よ。この子はしっかりしてる。何が正しくて何処へ向かえばいいか自分で考える事が出来る」
「だから……やめて下さい!」
 ミヅキが抱きしめる腕の中で、ドルワはもがいた。必死でふりほどくと、ぜいぜいと息を整える。
「ったく……皆さんが見てます。止めて下さい!」
「ね、つれないのよ、この子」
「そういう問題じゃないと思うぞ、姉さん」
「まあ、ここで立ち話は何なのでこちらへ——」

   ×   ×   ×

 ドルワ達は通路を歩いていた。武器を持った男達に前後に挟まれてはいるが、ドルワは何の拘束を受けているわけでもなく、それはミヅキも青天飄々にしても同様である。一同はただ黙々と歩いた。
(変な廊下だなあ……)
 ドルワは当然、宇宙戦艦の中を歩くのは初めてである。通路は暗く狭く、妙に天井が低い。ドルワは背が低いから問題はないが、大柄の青天飄々は頭がぶつかりそうにも見える。
「宇宙戦艦の通路が狭いわけを知ってるかい?」
 不意に青天飄々が口を開く。前後の男達は一瞬反応したが、彼は構わず話し続ける。
「偉そうにふんぞり返って歩けないようにしてるのさ。宇宙に出たら上も下も関係ない。なあ、そうだろ、ミョウジン大尉!」
「確かに。戦艦は客船じゃない。乗り組んだ人間全てが立ち働かないと成り立ちません」
 ドルワ達はまもなく一室に通された。狭い通路に較べ、その部屋は広く、天井も高かった。壁には絵画が飾られ、何よりも明るく輝く照明は、ドルワにとっては驚きだった。
(何だろう、この灯りは? そうだ、五の国のアルジさん!)
 かつて出会った五の国の司書・アルジは、星の記憶と繋がることが出来る不思議な少女だった。ドルワは、アルジが光に包まれ、輝く様を思い出していた。
(あの時の光と同じだ。油を燃やしても、ろうそくを灯しても、こんなに明るく照らす事は出来ない)
 きょろきょろしているドルワにミョウジンが声を掛けた。
「さあ君、座りたまえ」
「え、あ、はい!」
 指し示された長椅子は座ると体が沈むくらいにふかふかとしていた。思いがけない感触にドルワは声を出していた。
「うわっ?!」
「ははは、ソファは初めてかい?」
 向かい合わせの椅子に座ったミョウジンが笑う。青天飄々とは違った意味で、笑顔の気持ちのいい男だった。ドルワの右隣にはミヅキ、左隣には青天飄々が座る。対してミョウジンの左隣にはハリス少尉が座り、取り囲むように男達が立ち並ぶ。
「戦艦だから居住性ばかりを犠牲にする訳ではないんだ。実際、こんな貴賓室めいたところもある。後で他の部屋も案内してあげよう」
「ずいぶん余裕ね」
「ははは、殺し合いの果てに話し合いを持ちかけるお前の方が余裕だろう? どういう風の吹き回しか説明して欲しいね、大佐殿」
 ミョウジンは、ミヅキに対して上官としての言葉遣いと、対等な関係としてのそれが入り交じっている。ミヅキも部下に対しての言葉遣いと言うよりは同等の口利きに近い。
(それはやっぱり……二人は、恋人同士だったからなんだろうな)
 ドルワはあらかじめ分かっていたとはいえ、ミヅキがかつての男性関係を高らかに匂わせていることに戸惑いを感じていた。いや、むしろ不快だったのかもしれない。
(結局……ミヅキさんは、ミョウジンさんを助ける為にこの星に墜ちてきたのかな)
 ここ最近のミヅキは、巨人相手に戦いこそすれ、以前のような豪放な印象だけではない『女』の顔を見せるようになっていた。
(あの悲しそうな顔……)
 旅の途中、焼き菓子や食べ物を見た時の浮かれ顔は『オンナノコ』特有のものなのだ、と納得はしていたが、ふと見せる悲しげに歪んだ顔は、今までになかった表情だっただけに、ドルワは驚き、そして苛立った。
(あれが、女の人? 女の顔?)
 ドルワは、そんな顔をミヅキには、出来ればして欲しくなかった。それだけに、あの巨人を討ち倒した時は心中で喝采を送った。これこそが真のミヅキなのだと思った(そのお陰で油断をしたが)。しかし、ハリス少尉を拘束してからのミヅキは、今までにない表情を更に見せつける。それはドルワの知らないミヅキであり、不快の原因であった。
(でも、僕は見届けるんだ)
 ドルワは、それこそが自分の使命だと思い返していた。父の意志を継いで一人前の番人になる、そのための第一歩だと。

   ×   ×   ×

「さてと、どうしたもんかねえ——」
 ミヅキとミョウジン、両者の話し合いは青天飄々がまとめ役を買って出る形で行われた。ドルワには彼らが言っている宇宙軍やら連邦政府やらというものがわからない。ドルワは、山で番人として暮らしていく事こそが自分の道だと思っていた。であるから自分自分の住んでいる国から出るのも、ましてや海を渡って幾つもの国を回る事など、彼にとっては大冒険であった。そんなドルワにとって、夜空の向こうの更なる果てに、自分と同じ人間が生きている星々があるという事など、思いも寄らない事であった。ミヅキが落ちて来た、その日までは——
「少年、どう思うよ?」
 青天飄々は、不意にドルワに話を振った。
「どう思うって……お二人の事は、正直詳しくわかりません。ミヅキさんは、落ちて来て一緒に旅をしてきた……その範囲でしか僕はわかりません。でも……」
「でも、何だ?」
「ついこの間までミヅキさんとこの船の人達は殺し合っていたわけですよね」
「うん、そうだな」
「確かに、これ以上戦うってのも、僕もどうかなと思ってたんですが……何か変だなと。さっきまで殺し合ってた人達が何でこんなに和やかなんだろうって……その辺が何だか……」
「うむ、変だ。確かに変だ」
 青天飄々は大きく頷いた。
「しかしな、それは少年のように地に足つけた星に住む人間の考える事だ。こいつらは違う。宇宙暮らしが染みついた、いわば宇宙人だ」
「宇宙人って、失礼ね」
「褒めてるのさ。宇宙船に乗って星から星へ。地上人の理屈とはいささか道徳が違う」
「そう言われると、確かに我らは宇宙人か」
「そうだろうそうだろう! 宇宙の広さはすれ違い、行き違いばかりだ。刹那の利害関係が己を左右する。頼れるものは、己だけってね。姉さんだって、別に大将に義理立てして追っ手を志願した訳じゃあるまい?」
 ドルワがミヅキを見つめる。その視線を感じたミヅキは、うつむき加減に呟く。
「私は……宇宙軍に反逆した人間が生きて逃げおおせるとは思わない。だから私は、どうせ殺されるのならば、自分の手で——」
「いっそ自分の手で殺そうとしたわけか。さすが鬼百合、業が深い」
「!!」
 ミヅキが睨んでも、青天飄々は意に介さない。ドルワは思わず大声を上げていた。
「でも、今は……違うんですよね!」
「ドルワ君……」
「どうだい、姉さん?」
「……」
 しばしの無言の後、ミヅキは呟いた。
「私に、軍を裏切れと言うの?」
「糸の切れた凧は、どこに飛んでも文句を言う奴は無かろうて」
「え?」
「お前さん達は、もはやゲートのどん詰まり、一方通行の果てにいる。例え任務を全うしても、誰がそれを本国に伝える?そこら辺は、姉さんも兄さんも同じだろう。問題は後に続く者に何を遺すかだ」
「新たなるゲート……」
「兄さん、軍の密命で『入り口』の在りかを探ってるんだろう?それを俺に教えろ、と言ったらどうするね?」
「それを教えて、我々にどうせよと?」
「決まった事だ。お前さんはその入り口で、何処かの出口に出ればいい。それが更なる外宇宙なのか、或いは連邦本国のある星系にひょっこり出るか、運を天に任せた大博奕だがな」
「青天さんは?」
「ん?」
「青天さんは、その『ゲート』の場所を聞いてどうするの?」
「おう、いい質問だ、少年!」
 我が意を得たりと、青天飄々はドルワの背中をバンと叩いた。思わずドルワは咳き込む。
「当然、ここで発見された新たなるゲートはスターロードの航路となる。その先の調査に掛からんと本開通とはいかないがな。我らが悲願はまだまだ先だ」
「貴方の正体が、わかりました」
「ほぉ」
 ミョウジンの穏やかな表情は変わらないが、その眼光が戦い人のそれになった。軽くその右手を挙げると、周囲の男達が一斉に銃を構える。その銃口は、悉く青天飄々に向けられていた。
(何故? どうして?)
「政府筋とは偽り。汝は大将派の人間か?!」
「はぁ?」
「違うわよ、ミョウジン」
「ミヅキ、やはりお前も彼奴と通じていたか」
「この男は、軍人じゃない」
「信じられるか!」
「あー、この期に及んで面倒くさいねえ。いいのかい?うだうだやってるうちに来ちまうよ、あいつが」
「あいつ?」

 その時、艦内の警報が鳴った。

「どうした?!」
 ミョウジンが天井に向かって叫んだ。艦内通信がこれに応える。
「本艦上空、巨大質量が接近!」

   ×   ×   ×

「船影だと?!」
「識別信号は……連邦宇宙軍独立第七部隊所属・コスモス級宇宙戦艦ホワイトステラ!!」
「ホワイトステラ? 何でここに……」
 さすがにミヅキも動揺を隠せない。
「やっぱり貴様!!」
 男達が気色ばんで銃を構え直す。
「待て!」
 ミョウジンは彼等を制止すると、静かに青天飄々に向き直った。先程までの穏やかさから一転、その態度は落ち着いてこそいたが、表情には怒りの色が滲んでいるのは、ドルワにも見て取れた。
「何故、宇宙軍の特務戦艦がここに来ている?」
「お前さんもこのシルバーライトに乗ってやって来たんだろう? 同じ事だ、ゲートを越えて来たんだよ」
「いつ?!」
「俺の所に来たのはちょい前かな。なかなか話の分かる艦長だったなあ。鬼百合の話や諸々は、その時に聞いた」
 その時、ドルワは閃いた。船で初めて青天飄々と出会った時、そして五の国で別れ、七の国で再会して——思いつくままに、しかしかなりの確信を抱いてドルワは訊ねた。
「あなたは……五の国の……番人?」
「半分正解」
 青天飄々は笑った。銃を構えた男達は呆気に取られる。
「それって、五の国の方? 番人の方?」
「五の国の方が正解」
 その間も警報は鳴り渡り、艦内通信は刻々と状況を伝える。
「ホワイトステラ、更に接近。レーダー波キャッチ、相手艦の有効射程内に入ります!」
「見たとこ、反撃するにもシルバーライトは動かずか。どうするね、ミョウジン大尉?」
「相手を呼び出せ。貴方と話が出来たくらいだ、ミヅキよりは遥かにましだ」
「何ですって?!」

   ×   ×   ×

 ドルワ達は、ブリッジと呼ばれるシルバーライトの操縦席に移動した。大勢で操作をするらしく、広間の中には様々な機械と座席が居並ぶ。何よりドルワにとっては、中空に浮かぶ立体な映像の数々だった。映像の中ではせわしなく図形が蠢き、何かの計量を行っているらしい。暗く照明の落とされた室内で、その映像の奔流は何か華やかな祭りのようにドルワには思えた。どうやらホワイトステラという船が接近しているらしい。表示の意味がよくわからないドルワであったが、船の情報や距離を記しているであろう映像から察するに、かなり大きな船らしく、シルバーライト同様に『戦う』船らしい。外の様子を映している映像には、やがて大きな船影が近づいてくるのが見えた。

(小山みたいだ……この船より大きい?)

「第一次戦闘態勢のまま待機。俺が話している間に出力炉を上昇。火器管制のレーダーの発信は要らん。但し、火器の安全装置は外しておけ。以上!」
 先程、天井に向かって大声で話していた時とは違い、今のミョウジンは、両耳を挟み込む装置を使って会話をしている。
「ホワイトステラ相手に極秘回線なんか使っても意味無いんじゃない?」
 皮肉げにミヅキが訊ねる。
「やるべき事はやっとかないとな」
「戦うつもり?」
「相手次第だ」
「ホワイトステラから、通信来ます」
 ドルワ達の目の前に大きな映像が浮かび上がり、彼は仰天した。

「こちら宇宙連邦宇宙軍遊撃独立第七部隊特務宇宙戦艦ホワイトステラ艦長、アルキ・アケルナル中佐です」

「アルジさん?!」
 その姿はあの人に似ていた。五の王都にある『らいぶらりー』の司書、白く輝く少女・アルジに。ドルワは思わずその名を叫んでいた。
「アルジさんではありません。アルキです」
 しかし、あくまでも淡々とアルキは語る。
「ミヅキさん、ミョウジンさん、お久しぶりです。戦闘をする気はありません。そこにいる王様……青天飄々と名乗っていると思いますが、その人は五の国の王様ですからね。失礼の無い方が後々……って王様が失礼な事してると思うので、チャラですね」
 淡々と、しかしおよそ『戦い人』らしからぬ物言いでアルキは続ける。顔はアルジにそっくりではあるが、その性格は異なるようだった。
(でも、本当にそっくりだなあ……)
 今までの出来事も忘れ、ドルワはアルキの映る映像に見入っていた。その背中にミヅキの肘が入る。
「痛い!何するんですか、ミヅキさん!」
「見とれてるからよ、このスケベ! ドルワ君も男ってわけか。がっかりだぞ……ってそれどころじゃないッ!!」
 ミヅキは青天飄々に向き直った。
「あんた、王様?!五の国の王様?!」
「うーむ……」
 青天飄々は、今までに無いような渋い顔で頭を掻く。
「アルキ、ばらすなよ! これから面白くなるってのによォ!」
「面白くなる必要はありません。様子を見ていたらグダグダしてそうなので降りてきたまでです。ミョウジン大尉、あらためてお話をしましょう」
「うむ、その方がよさそうだ」
 全てを悟ったようにミョウジンは頷く。
(青天さんが王様? アルジさんが艦長?)
 ドルワは、混乱していた。

読んで下さってありがとうございます。現在オリジナル新作の脚本をちょうど書いている最中なのでまた何か記事をアップするかもしれません。よろしく!(サポートも)