スプラッシュゾーン09
『スプラッシュゾーン 落下の時空』
○第九話
空を飛ぶ巨人は、ゆっくりと番人の小屋へと近づいてきた。
(何だあれは?!)
ドルワはただただ驚いていた。巨人と言っても、人間でも生き物でもないということはドルワにも理解できた。しかし——
(何であんなにゆっくりと飛べるんだ?)
悠然と、かつ着実に巨人は近づいてくる。その速さはまるで人が歩くくらいに遅かった。
「暴徒鎮圧用っていうのかな?」
ミヅキは呑気にささやく。
「ぼうと?」
「スペースコロニー内の制圧用に作られたのが最初だったかなあ。心理的に恐怖感を与えるとか何とか。ま、宇宙空間に出たら人型も何も関係ないんだけど……」
「???」
ドルワにはミヅキの言っていることが全くわからなかった。ポカンと口を開けているドルワを見て、ミヅキはクスッと笑った。
「ゴメンゴメン。要するにね、あれは乗り物。でもって兵器なわけ」
「兵器……ですか」
「うん。戦うための道具」
そうこうしているうちに、巨人は更に近づく。
全身は白く、陶磁器のような光沢。体の各関節を守るためであろうか、厚みのある覆いが肩や腰に取り付けられている。
「鎧……そうか、ロウキの!」
ドルワは、かつてミヅキが打ち倒したロウキが着ていた鎧を思い出した。
「そう。ロウキが『地滑り』していたのと原理は一緒。こっちはモノがデカイ分、大がかりだけどね」
ミヅキは辺りを見回す。
「よし、こっちへ行こう」
繁みの中を抜けると、二人は小屋を見下ろすところから、今度は反対に小屋を見上げる位置へ移動する。
「こんなに派手に動いて見つかりませんか?」
「それは目で見ている人の意見」
「目で見る?」
「あれはね、センサーで探してる」
「せんさー?」
「色んなものを見つける機械……の筈なんだけどね。あんまり信用しすぎてもダメ。見えるものも見えなくなる」
「あっ、じゃあさっき振り掛けた粉って……」
「そうよ。センサーを攪乱する魔法の粉。肉眼だったら灰を被った間抜けな二人組に見えるわね、きっと」
ついに小屋の上空に巨人は到着した。緩やかに旋回し、辺りを見回す。その顔には目鼻らしきものがあるが、当然仮面のように無表情であった。
(そりゃそうだ、機械なんだから)
そうは思っても、ドルワは心の動揺を押さえるのに必死だった。今まで彼は、ミヅキと出会い、旅をする中で色々なものに出会った。二輪で走る不思議な乗り物や、布のような鎧、そして閃光と共に物を破壊する兵器など……しかし今、目の前にいる人型の機械は、そのいずれの物よりも巨大であり、圧倒的だった。
「大きいよね」
不意にミヅキがささやいた。
「大きい物は、怖い。特に初めて見たら、何だこりゃってね。大きい機械が人みたいに動いて飛ぶんだもん。面食らって戦意喪失……さっき暴徒鎮圧って言ったでしょ」
「怖くないですよ、僕は」
「嘘。震えてるよ」
「驚いてるだけです」
「可愛いなあ」
緊迫すべき状況下なのに、ミヅキは相変わらずドルワ相手に軽口を叩く。
(この人こそ、怖いって気持ちは無いのかな?)
「よし、降りてくるな。チャーーンス♪」
不意にミヅキは木立の中を駆け出した。慌ててドルワがそれに続く。ちょうど巨人は腰の部分に収納されていた羽根を展開していた。直後、羽根の隙間から何かが噴き出す。その勢いに周囲の木々の繁みは大きく揺れ、草は地面から引き剥がされそうになりながら大きくざわめいた。
(なるほど、これで足音は聞こえない)
当初は無謀とも思えた『巨人退治』であったが、ミヅキは着々と獲物に近づいていた。しかし距離にしたら取り巻く程度であり、『狩る』間合いではなかった。その間にも巨人は緩やかに降りてくる。
(降りるのが……苦手なのか?)
巨人の腰の羽根からの『噴き出し』はどうやら着地の態勢を整えるためらしい。大きな体に似合わず、恐る恐るな様子で、巨人はその両足を地に着けた。自重で機体が沈み込む……と思われたが、意外にも多少の機械音がしただけで、すっくと巨人は直立する。
(大きいのに、軽い?)
ミヅキは巨人の真後ろよりもやや右よりの位置までやって来ると、後ろのドルワを手で制して小さく口を動かした。
『チョッ・ト、マッ・テ・テ』
声は出さず、口の動きだけだったが、ドルワは立ち止まり、木の幹を盾に身構えた。ミヅキは一人、更に巨人へ近づいていく。巨人の着地した小屋の前は多少の広さはあるが、木々の繁みがミヅキの姿を隠している。
(センサーとかいうヤツが効かないとすれば、後は目で見ないとダメなんだろうけど……巨人の目ってどんなんだ?)
巨人は羽根を収納する。ミヅキはその隙にその足下に取り付いた。巨人は見回すようにその首を動かすが、どうやら死角らしく、ミヅキの姿を確認できないようだった。歩き出した巨人をよそに、ミヅキは慣れた様子でその巨大なふくらはぎから腿へ、そして腰へと登っていく。
(凄い……)
今までもドルワはミヅキの超人的な技と体力を目の当たりにしていたが、巨人の体をどんどん登っていく姿は、まるで伝説の勇者のようであり、その凛々しさに痺れた。
「ここッ!」
ミヅキは小太刀を振り上げた。その刃は七支に分かれ、枝の間から青白い光が一瞬走る。
バチィッ!!
刃は巨人の体に突き刺さる。右肩の後ろ、そこが巨人の急所らしかった。一瞬ビクッとした後、巨人は各所から火花を噴き出してその動きを止めた。そして体を静止することが出来ないのかヨタヨタとよろめき出す。
「よよっと!」
倒れていく巨人の体の上を走り抜け、ミヅキは大きくジャンプした。着地と同時に草むらに転がり、衝撃を殺す。巨人はズンと音を立てて地に沈んだ。
(あんな人と、僕は旅をしてきた……)
ドルワは感動していた。
(これが、あの人の本気……)
ドルワは呆然とたたずむ。常に彼はミヅキの邪魔にならないように、足手まといにならないように常に注意を払っていた筈だった。しかし目の前の光景があまりにも有り得なさ過ぎた。
ドルワは油断した。背後に迫る足音に一瞬気付くのが遅れた。
「?!」
不意に体が宙に浮き、地面に叩きつけられる。なんとか顎を引いて後頭部を打つのは免れたが、背中に衝撃が走る。
「ウウッ」
むせるドルワは、何とか立ち上がろうとしたが右腕を極められ動けない。首に太い腕が巻き付く。彼は無理矢理起き上がらされると、駆け寄ろうとしたミヅキと相対した。
「ドルワ君!!」
ドルワは、初めて動揺したミヅキの顔を見た。くやしげに彼女はドルワの背後の人物を睨み付けていた。
「迂闊なり、ミヅキ・ホシカワ……大佐」
ドルワを拘束している男は低く、太い声だった。わずかに見える首に巻き付いた腕は、ロウキの着ていた装束と同じである。
「その子を離しなさい、シリュウ!」
「離してどうするんです?戦いますか?」
ドルワの背後で、男は鼻で笑った。
「フフ……嫌ですよ。大佐は強い」
「ミョウジンの所へ連れて行きなさい。その代わり、その子を——」
「我々が欲しいのは、あなたの持つマスターキーだ。あなたではない」
ミヅキの周囲に三人、四人と男達が現れる。いずれもロウキと同じ装束であり、刺客であることは明白だった。
「ああ。でも、あなたの命は欲しいかもしれません。命を奪ってキーを頂く」
刺客達は一斉に刀を抜いた。
(僕のせいだ……)
ドルワは後悔していた。腕は拘束され、身動きが取れない。目の前には、刺客に囲まれているミヅキがいる。その表情を見ることが出来ず、ドルワはギュッと目をつぶった。
(あんなに凄い敵を倒したのに、こんな奴らにミヅキさんが……僕のせいだ)
何とかしなければ、と考えたドルワの選んだ事は、舌を噛むことだった。
(僕がいなければ……)
ドルワの脳裏に亡父・マッセの顔が浮かぶ。
(すみません、父さん)
ドルワは目を開き、せめて死ぬ前にミヅキの顔を見ようとした。しかし、彼は意外なものを見た。悔しげにたたずむミヅキよりも、彼女を取り囲む刺客よりもはるか後方。番人小屋の後ろにある大木の上に一人の男が立っていた。振りかぶり、しなる釣り竿——
(青天さん?!)
「フン!」
振り下ろされた竿から分銅が飛ぶ。それは、どんどんドルワの目前に近づき、右耳の横を通過した。背後で鈍い音がする。
「グエッ?!」
声にならない声を上げ、男はドルワと共に倒れ込んだ。それをきっかけにミヅキも動いた。口をすぼめ、鋭く息を吐く。
「シュッ!」
動かない男の腕から抜け出し、立ち上がったドルワが見たのは倒れた刺客達とその中央でたたずんでいるミヅキの姿だった。その瞳は優しく、せつなげにドルワを見つめる。
「ミヅキさん!!」
駆け寄ろうとしたドルワは足を止めた。ミヅキの背後、近づく人影。
「いいじゃないか、感動の瞬間だ。抱いてもらえよ、少年!」
人影は、先程ドルワを救った釣り竿を担いだ青天飄々その人だった。
「あんたに見せたかないわよ」
ミヅキは、青天飄々を忌々しそうに睨んだ。
「何であんたが此処にいるのよ」
「うーん、どうしてだろう。釣りをする筈が熊が釣れた。とんだ外道だ」
彼の見ている先には、ドルワを人質に取っていた男が倒れていた。大柄な体の、その眉間には釣りの錘がめり込んでいて、即死であるのはドルワにも一目でわかった。
「しかも、この熊は食えない熊だ。糸も切れたし……いやー、参った参った」
愉快そうに笑う青天飄々にミヅキが噛み付く。
「そっちじゃないわよ!あんたが何でこんな所にいるか、ということよ!」
「助けてやったのに、そんな言い方は酷いなあ」
そう言いながら、彼は死体の眉間から錘を引き抜くと、懐紙にくるんで再びしまいこんだ。
「針を付け忘れてたね。これじゃ魚はつれないな。ハッハッハッハッ」
「ハッハッハッじゃない!」
ドルワは、先程までの緊迫からは信じられないくらいのやり取りに呆然としていた。
(何なんだ、この人達は……)
その時、ドルワには閃くものがあった。
「青天さんも……」
「ん。何だい?」
「青天さんも戦い人なんですか?」
「……」
不意な問いかけに、青天飄々はじっとドルワを見つめた。その穏やかな微笑み、その優しげな眼差しの奧にある冷たさをドルワは感じていた。
「戦い人、か……」
青天飄々は空を見上げた。
「そう呼ばれるんだねえ、此処では」
「あなた、何処の所属?」
ミヅキは言った。
「ま、宇宙軍じゃないのは確かよね」
「どうして、そう言える?」
「だって、気に食わないもの!もし、宇宙軍にあんたみたいのが居たら——」
「居たら?」
「ぶっ飛ばす!!」
「あっはっはっはっ!」
可笑しそうに青天飄々は、笑った。
「噂に聞いた通りだな。連邦宇宙軍にて美しく可憐に咲く花二つあり。そのうち一つ、白き百合。ミヅキ・ホシカワこそその人なり」
「な、何それ?」
ぎょっとするミヅキに、青天飄々はニヤリと笑って更に続けた。
「但し白百合、その実は鬼百合。愛でること能わず。男を取って食らう恐ろしき花——」
「?!」
ミヅキは顔を紅潮させて叫んだ。
「ちょ、な、何よそれ!いつ私が男を食ったのよッ?!」
「さあ、知らんね。姉さんに言い寄って肘鉄食らった男は幾らでもいるだろう?恨み辛みの悪口も、こうして美文となるのならば……誉れだねえ」
「誉れじゃない!!」
叫ぶミヅキに、ポツリと青天飄々は言った。
「俺は、連邦政府情報局のエージェント」
「え?」
不意を突く言葉にミヅキは絶句した。
「宇宙軍内部の陰謀を調査している、と言ったら納得してくれるかい?」
「……知っていたの?」
ドルワには二人の話が良くわからなかったが、どうやら青天飄々がミヅキの所属している宇宙軍というものとは別の所属の戦い人だということは理解した。
(それにしても……)
常にミヅキを怒らせ唖然とさせる青天飄々の話術にドルワは感心した。
(まるで何かの武道みたいだ。口喧嘩では遥かに青天さんの方が上だ)
「まあまあ、何はともあれ死体が転がっている所で御歓談、ってのは無粋だ。釣り糸を切ってメシにありつけなかった哀れな男を助けると思って——」
青天飄々はドルワが袈裟に掛けている風呂敷を指さした。
「場所変えついでに、一つ恵んでくれたまえ。入ってるんだろう、握り飯?」
「その前に……出て来なさい!」
ミヅキは、倒れたまま動かない巨人に向かって叫んだ。
「ハッチが開いてるのわかってるのよ。聞こえてるんでしょ?隠れてないで出て来なさい!」
見ると、右脇腹部分が扉状に浮き出している。しばらくの静寂の後、観念したのか右脇腹部分が扉状に開き、一人の男が出て来た。
「ハリス少尉ね。相変わらず注意不足!」
「……恐縮です」
戦意の無さを示すように、男は両手を挙げた。
「お久しぶりです、大佐」
その声はか細く、震えていた。
× × ×
「ありゃー、こりゃお握りと言うより煎餅だな。ペチャンコだ」
「すみません、投げられた時に下敷きになっちゃったんで」
「ま、そのお握りのお陰で君の背中は投げの衝撃から守られたわけだ。うむ、お握り万歳!」
「うるさい!私はハリスと話をしてるの!静かに食べてなさい!」
「話って、尋問じゃない?」
「だから!黙って食え!!」
一同は再び泉のほとりに来ていた。
握り飯を食べている青天飄々とドルワをよそに、ミヅキは捕捉したハリス少尉を尋問していた。彼は後ろ手に縛られ、正座している。
「場所を教えなさい。彼は何処にいるの?」
「それはいくら大佐でも、教えられません」
「いくら大佐でも?……あなた達は殺そうとした」
「……」
ハリスは押し黙るとうつむく。そんな彼を見つめるミヅキの眼差しは穏やかで、優しかった。
「確かに私はあなた達を捕まえに来た。でもね、それはあなた達の為なのよ」
その口調はあくまでも優しい。
「私と一緒に戻れば、穏便に済む。済ませてみせるから」
「嘘だ!」
ハリスは顔を上げ、叫んだ。
「大佐は騙されています!将軍は奸物なり!」
「将軍はどうでもいいのよ!私は——」
「あー、そうそう」
不意に青天飄々が口を挟んだ。
「大将派と中将派の勢力争いねえ、大将を殺した軍人を捕まえる為に、中将が特務大佐をこの星に送り込んだって、風の噂に聞いたっけ」
「中将が?嘘だ?!」
「中将にそそのかされて大将を殺し、今度は中将からの刺客に追われ……刺客の敵は刺客と言うわけだ」
「うるさい!!」
ミヅキは怒鳴った。
「私には中将も大将も関係ない!」
「うん、そうだよね。君は適当に任務を全うして……『ゲート』と引き替えに彼を助けるつもりだろ」
「?!」
ミヅキは息を飲んだ。
「『ゲート』を使って、恒星間移動を可能にする新航海システム……しかしそれは、ゲートの発見があればこそ。例えば、この星には出口はあるが入り口が無い。それじゃ往復は出来ないね。しかし、実はここには入り口がある」
黙っていたハリスに、動揺の色が走った。
「これを知った宇宙軍は、これを密かに捜索し、独占しようとした。しかしそこに派閥争いが絡んで、さあ大変だ」
どっかとハリスの隣に座り込んだ青天飄々は、彼の肩を抱いて耳元で囁いた。
「君も大尉を大事に思っているのだったら、軍に任せず、政府に任せなさい。お上にだって慈悲はある」
ドルワは、ただこのやり取りをポカンと見つめるしかなかった。
(何を言ってるんだか、全然わからないよ)
ただ一つ解る事は、ミヅキが今、とても悲しそうだという事だった。彼女はうつむき、遠い目をしていた。そしてドルワは、初めて青天飄々に対して怒りにも似た感情を覚えていた。
(でも、それは僕が何も出来ないことを青天さんにぶつけているだけなんだ)
ドルワもまた悲しくなった。
(僕には、ミヅキさんを助けてあげる事は何も出来ない。青天さんに言い返す事も、ミヅキさんに対しても何も……)
そんな中、ハリス少尉がその口をようやく開いた。
「わかりました。皆さんをお連れします。ミョウジン大尉のいる所へ——」
読んで下さってありがとうございます。現在オリジナル新作の脚本をちょうど書いている最中なのでまた何か記事をアップするかもしれません。よろしく!(サポートも)