スプラッシュゾーン10

『スプラッシュゾーン 落下の時空』

○第一〇話

「ところでハリス、何であんなデカブツ持ち出してきたのよ?」
「はい…大尉がおっしゃったんです。『大佐は大きなモノを見ると大抵飛びつく』と」
「なるほど。さすが鬼百合、何でも食らうか」
「うるさい! 政府の犬は黙れッ!!」
「えーと、皆さん……静かに歩きませんか?」

 次の日の午前中、ミヅキ達はミョウジン大尉がいるという地点へ向けて移動中だった。先頭は「巨人」を墜とされたハリス少尉。彼は両手こそ拘束を受けていなかったが、腰にはロープが巻かれ、その先をミヅキが握っていた。その後ろにはドルワと青天飄々が続く。一同のルートは、いったん頂上付近まで登り、そこから隠れ家のある地点まで降りていくというものであった。

「そんな事言って本当は、登るよりも回り込んで行く道があるんじゃないの?」
「いえ、それが……見ていただくとわかると思いますが、そんな所じゃないんです。あそこは」
 ハリス少尉は話すのが苦手なのか、なかなか合点のいく説明が出来ない。しかし、ドルワは自身の所持する地図と照らし合わせ、彼の説明が間違いない事を確信していた。
「目標の場所は番人小屋のあった位置からは正反対、裏側にあります。どうやら切り立った崖ばかりのようなので、安全な道筋は今、こうして歩いている……」
「頂上ルートが正解だというわけか」
 青天飄々もドルワの地図をのぞき込む。
「ホシカワ大尉、面倒くさいと思っちゃいかんよ。君は一応軍務なんだから」
「うるさい! あんたも任務でしょ!」

 ミヅキと青天飄々は、一応共闘を組むということで道行きを共にしていた。ミヅキとしては、常に青天飄々の軽口を聞かされるのはいささか腹の立つ事であったが、ドルワの懸命な説得によって不承不承同行を認めた。

「その代わり、絶対ムダ口を叩かない事! 私を怒らせたらタダじゃおかないからね!」
「ははは、怖いな。了解了解」

 そうは言ったものの、約束は早々に破られ、度々投げかけられる青天の言葉に、ミヅキはカリカリしては怒鳴る事を繰り返していた。しかし、それを除けば道行きのペースは順調で、森を抜け、低木だらけの斜面を抜けると、岩山だらけの急坂に差し掛かっていた。

(我慢するなあ、ミヅキさん)

 何だかんだ言って共闘をせざるを得ないという事はミヅキも納得しているのだろう。怒鳴るといっても激怒してのそれではない。

(船旅の時の気まずさに較べれば、今はちょっとしたお喋りくらいだ)

 ドルワはそこまでしてミヅキが接触しようとしているミョウジン大尉という人物に興味を覚えていた。青天飄々は言った——

「君は適当に任務を全うして……『ゲート』と引き替えに彼を助けるつもりだろ」

 宇宙軍という所から逃げ出してこの星にいるミョウジン大尉……ドルワは、彼の事を悪い人間だと思っていた。そして、例え昔好きだった男性だとしても、ミヅキは彼を捕まえにこの星にやって来たのだと信じていた。だからこそ、かつての部下達と戦い、悉く倒してきたのだと。しかし青天飄々の言葉を信じれば、ミヅキはミョウジンを助けるつもりだという。

(今までの戦いは、何だったんだろう)

 更にドルワは考える。

(それもこれも、ミョウジン大尉に会えば明らかになるんだ)

 斜面は岩だらけの断崖となっていたが、先達が取り付けたのだろう、太い鎖が上から垂れ下がっている。どうやらここを登り切れば頂上らしい。気が付けば、空の雲はドルワ達のいる地点よりも遥か下にたなびいていた。
「よぉし、もう一息だね」
 驚くべき事に、青天飄々は全然疲れた素振りがない。先頭を切って鎖を掴むと崖を登っていく。その足取りは、まるでこの山を熟知しているかのように的確であり、その後をたどっていけば足をかける岩場を見つける面倒が無い。
(ミヅキさんも凄いけど、この人も凄い)
 これが戦い人の体力なのか、とドルワは感嘆していた。自分も多少は山登りには自信があったが、彼らの脚力を見ると所詮は子供なのだという事を痛感した。
(取りあえず、番人小屋の時みたいに足手まといにならないようにしないと……)
 ドルワは、あらためて両手首の腕輪を確かめた。亡父・マッセが遺してくれた、自身を守る為の武器であり防具でもある二つの輪。
(何が出来るかわからない。しかし、生きて見届ける事こそが、番人としての自分の使命だ)
 さすがに体には疲労がたまってきてはいたが、元気を奮い立たせ、ドルワは登った。
「さあ、おいで! 面白い物が見えるよ!」
 すでに山頂に立っている青天飄々が声を掛ける。ドルワは力を振り絞り、最後の岩場を登り切る。

「あ……」

 山頂には草木は無く、ゴツゴツした岩ばかりが転がっている。四方の山が低く見えるほどにその高さは圧倒的で、冷たい風が音を立てて吹きすさぶ。そして、ドルワが山の裏側を見下ろすと、ある物に気付いた。

(何だ、あれは?)

 それはドルワが今まで見た事のない物だった。

(何なんだ、あれは?)

 巨大だった。
 白く輝いていた。
 遠くからもその威容さは際立っていた。

(何であんなものが……)

 岩場が張り出し、棚のようになっているところに、それは鎮座していた。ドルワは目が良い。距離の具合から考えて、その長さは三の国の大通りの端から端まではありそうだと見当を付けていた。
(あんなに大きい物が船だって?小山くらいはあるじゃないか)
 呆然と見つめていたドルワの横に、後から登ってきたミヅキが並ぶ。
「あれが、宇宙船」
「うちゅう……せん……」
「そう、宇宙を走る船よ。新造戦艦シルバーライト……」
 ミヅキはいつになく冷静な表情でそれを見つめていた。そして掠れた声でつぶやいた。
「……あの人が、奪って逃げた船」

   ×   ×   ×

 山頂に着いたのが夕方前、とりあえずミヅキ達は、休息を取ることにした。一同は、低木のある地域まで下りると、薪を集め、火を焚いた。水筒の水は多くなかったが、四人分の紅茶を作るには充分だった。ドルワはテキパキと準備を終えると、残りの三人にカップを手渡す。
「いやしかし、カッコイイねえ。プレス用の写真では見た事あったけど、さすが新造戦艦」
 山頂から見た姿も大きかったが、更に近づいたせいか、シルバーライトがよりはっきりと見る事が出来る。船と言うには独特の形をしていて、ドルワは何故あれが船なのか理解できなかった。おずおずと彼は青天飄々に訊ねた。
「明らかに船に見えないんですが……どうしてあれが船なんですか?」
「おお少年、初歩的な質問だね。じゃあ、こちらも質問だ。海を船で旅する時、人は一体何を見ると思う?」
「え……わかりません」
 ポカーンとするドルワを見て、青天飄々はニヤリと笑った。
「夢を見るのさ」
「夢?」
 思わずドルワの声が裏返ったが、青天飄々は構わず続ける。
「そう、夢さ。 見果てぬ海のその先に、一体何があるんだろうってね。船は人の夢を乗せていく乗り物と言えるかもしれない」
「はあ……」
「いつしか人は、宇宙に夢を抱くようになった。人の夢を乗せていく宇宙の船、だから宇宙船。宇宙は、人類にとって新たな見果てぬ海なのさ」
「……」
「どうしたい?そんな怪訝な顔をして」
「いや、何だか丸め込まれているような気が……大本の答えにはなっていないような……」
「ははは、そうかい? はははは!」
 青天飄々は、楽しそうに笑った。
「ところで青天さん……」
 不意に声を潜めてドルワは訊ねた。
「ん? 何だい?」
 ドルワはチラッとミヅキを見た。彼女はハリスと共に少し離れたところに座っていた。うつむきながらカップを両手に持ち、ぼんやりと何か考え事をしているようだった。青天飄々は、何かを察したかのように、ミヅキにも聞こえるような大声で叫んだ。
「よおしそうか、連れションか! 少年、付き合うぞ!」
 青天飄々は立ち上がると、ドルワを目で促す。
(そうか!)
 ドルワも大声で応える。
「ありがとう、青天さん!心強いなあ」
「ははは、何の少年!」
 二人は、訝しげな顔をしたミヅキを残してその場を離れた。

「ここなら鬼百合の耳にも聞こえないだろう」
 ドルワと青天飄々は、大きな岩陰にやって来た。二人は座り込むと顔を付き合わせる。
「で、何だい?」
「あの……ミヅキさんの事です」
「ああ、やっぱりね」
 青天飄々は微妙な笑いを浮かべた。苦笑いと言っていいのだろうか。とにかくその笑みは楽しそうではなかった。
「ドルワ君は、俺の言った言葉が気になっているのだろう?」
「はい……」
「気になって気になって仕方がない、という顔で歩いていたからな。こちらも気になった」
「すみません」
「ははは、まあいいさ」
 快活そうに青天飄々は、笑った。
「どうせ、こちらの動きはすでに読まれている。こちらからこんなあからさまに見えているという事は、逆に先方にも筒抜けという事だ」
「じゃあ、何で襲ってこないんです?」
「ここまで来たんだ。ご褒美ってことじゃないかな?」
「そんなあ……」
「ははは、まあいいじゃないか。ところで姉さんの件だ」
 青天飄々はドルワに顔を近づけると、声を潜めた。ドルワも思わず身を乗り出す。
「実際のところ、姉さんの本当の気持ちはわからん。しかし、俺がカマを掛けたら姉さん、妙な顔をしただろう?」
「はい……」
 ドルワもそれは憶えている。あの時のミヅキの表情は、とても悲しげだった。
「あれは……図星というより、虚を突かれたって感じだな。全く思ってもみなかった訳ではないが、思ってもみなかったわけではない」
「はあ?」
「女ってのはそんなもんだ。ま、こちらは安心したよ。姉さん、ハナから男の加勢に来たわけじゃなさそうだからな」
 青天飄々は立ち上がると、眼下のシルバーライトを眺めた。ドルワの見たところでは、約半日の距離である。低木帯の斜面をしばらく下ると、道は途絶えいきなり切り立った断崖になる。そしていくつかの巨岩が転がる地点を経て、シルバーライトの巨体は横たわっていた。色々な形の固まりが組み合わさってはいるが、本体そのものは巨大な紡錘形をしている。
(あれもしずくなんだ……)
 美しくきらめくしずくに包まれ、ミヅキはあの日の夜、天から落ちて来た。そして、彼女が追い掛けている軍からの逃亡者・ミョウジン大尉も——
(大尉も、あの大きなしずくに乗ってこの星にやって来た)
 おそらくこの地の番人は彼等に殺されてしまったに違いない、とドルワは思った。
(或いは船に潰されたか)
 七の国の番人も、まさかあんなに大きな物が落ちて来るとは思わなかっただろう。ドルワが見聞きしていたどのしずくよりも、シルバーライトは巨大であり、異質であった。
「さあ、行こう」
 青天飄々が声を掛ける。
「あんまり長いと姉さんも怪しがる」
「結局、ミヅキさんは迷ってるってことなんですか?」
「女の気分で連邦の未来が決まる。そんな事になって欲しくは無いが……」
 青天飄々は溜息をついた。
「ま、それもまた一興かもね」
 いつものようにカラカラと笑うと、ドルワの肩を叩いた。

   ×   ×   ×

「ずいぶん長かったじゃない?」
 二人が戻ると、ミヅキが不機嫌そうに訊ねた。
「妬けるかい?」
 青天飄々は相変わらずの調子で応える。
「ドルワ君、たぶらかされちゃ駄目よ!」
「大丈夫、彼は大人だよ。いや、大人になったと言うべきかな。僕が保証する」
 しばし怪訝な顔をしていたミヅキは、不意に顔を赤らめると叫んだ。
「あ、あんた達!一体何やってたのッ?!」
「そりゃあ、互いを晒して男同士の……」
「変態!変態ッ!!」
(何を怒ってるんだ?)
 すごい剣幕のミヅキに、ドルワは困惑した。青天飄々は、ただニヤニヤ笑うのみで何の弁解も説明もしない。見かねたハリス少尉が捕虜の身分を忘れて思わず突っ込む。
「大佐……二人は、男同士の会話をしていたと見る方が正しいのではないでしょうか?」
「え?」
 ミヅキは、更に顔を赤らめて叫ぶ。
「うるさい!紛らわしい言い方をする方が悪いのよ!ドルワ君、そいつと付き合うのはやめなさい!」
 腹立ち紛れにミヅキはカップに入った残りの紅茶を飲み干した。
「さあ、行くわよ」
「え、何処へだい?」
 しらっとした青天飄々の問いに、怒りを鼻息で抑え込んでミヅキが応えた。
「戦艦シルバーライト!あんた達がイチャイチャしてる間にハリスに連絡してもらったのよ!すぐに迎えが来るわ」
「何だ、そっちもこそこそ内緒話か。お互い様だねえ」
「こっちは真面目な話!」
「こっちも……真面目です!」
「ドルワ君?」
 思わぬドルワの言葉に、ミヅキはあっけに取られて彼を見つめた。ドルワも真っ直ぐにミヅキの瞳を見つめ返す。
「僕は……」
 頭の中で引っ掛かっていた言葉をひねり出すように、固く握られたこぶしが更に震える。
「僕は信じて、いいんですよね? ミヅキさんの事を」
「……」
「ミヅキさんの事を、信じても——」
「……」
 しばしの沈黙の後、ブンブンと顔を振ると、ミヅキはあっけらかんと笑った。
「ドルワ君、今の顔、カッコイイよ。うん、惚れちゃうくらい」
「また、そうやって誤魔化すんですか?!」
「え……」
 しばしの沈黙の後、ミヅキの表情は悲しげに歪んだ。
(また、あの顔だ……)
 救いを出すように青天飄々が口を挟む。
「さあさ、お二人さん。つべこべ話している間にお迎えが来るみたいだ。シルバーライトから何かが出て来たぞ」
 見ると、宇宙船の上部が開き、何かが浮かび上がる。
「連絡艇……あれも新型だね。汎用探索艇エンジェル・アイ」
「よく知ってるのね」
「プレスの写真でしか見た事無いけどね。シルバーライトは注目の的だったからね。スターロードを切り開く白き光——」

   ×   ×   ×

 エンジェル・アイに乗り込んだドルワ達は、シルバーライトへ向かった。操縦している男もまた、ミヅキと旧知の仲らしかった。
「大佐、お久しぶりです!」
「シンドウ軍曹、元気そうね」
 軽い挨拶の後、勝手知ったる感じでミヅキは後部の座席にどっかと座った。その横にはハリス少尉が座り、二つ後ろの席には青天飄々とドルワが並んで座る。巨人が浮かぶ原理と同じ仕組みを用いているのであろう、緩やかにエンジェル・アイは進む。
「もっと飛ばせばいいんじゃないの?」
「重力波の周囲の影響を鑑みて、飛行システムは可能な限り低速度で使用しています」
「ミョウジンの指示?」
「はい」
「相変わらずだなあ」
 そんなやり取りをポカーンと聞きながらドルワは考える。結局のところ、青天飄々にもミヅキの本音はわからないと言う。好きな人を助けたいというのはドルワにもわかる。しかし、そのために他の人達をどんどん殺していく、というのがどうにもわからなかった。そもそも、ミヅキはミョウジン達の上官だったという。
(好きな人の為なら、他の部下の命はどうでもいいの、ミヅキさん?)
 そのくせ、ハリス少尉やシンドウ軍曹に向けた優しい態度は何なのか。同じ部下なのにロウキ達は打ち倒され、方や彼らとは他愛のない会話をして笑顔さえ見せている。ドルワはミヅキという女性がわからなくなっていた。
「どうでもいいけどな」
 青天飄々がささやく。
「あんまり女を追い詰めるなよ」
「え?」
「女は理屈じゃないんだ。女に男の理屈を押しつけるな」
 青天飄々はニヤッと笑った。
「ま、それが出来るってえのも少年なるが故か」
「言ってる事がわかりません」
「ふふん、つまり俺も姉さんも、お前さんが眩しいってことだよ」
(何でミヅキさんも青天さんも、訳のわからない物言いをするんだろう?)
 窓を見ると、エンジェル・アイは徒歩で半日ほどの距離だと思われていたシルバーライトにどんどん近づいている。それに伴い、ドルワはその巨体をあらためて実感した。
(でかい……)
 三の国の大通りの端から端ぐらいという見当はほぼ正しい。しかし、その通りに立ち並ぶ商店街を入れてもまだ余るくらいの横幅と、小山のような高さを考えると、その容積は圧倒的だった。
(これは、街だ……)
 船の中に街があってもおかしくない、それぐらいにシルバーライトは大きかった。エンジェル・アイはシルバーライトの上部に向かう。おそらく降りる為の目標なのだろう、大きな円が描かれた甲板の上空で静止すると、エンジェル・アイは緩やかに下降を始めた。巨人の着地に較べれば、しごく滑らかに且つまたあっけない程に汎用探索艇は着艦した。
「まだだ」
 立ち上がろうとしたドルワを青天飄々が制す。ガタンという衝撃の後、ドルワは妙な感覚をおぼえた。窓の景色がどんどん上がっていく。
「どうやら、お出迎えをしてくれるらしいね」
 景色が上がっているのではなく、エンジェル・アイが甲板ごと下がっているのだとドルワが気付いたのは、窓の外がいきなり暗くなり、見た事のない構造物が不意に出現した時だった。
(船の中?!)
「見てごらん」
 青天飄々が反対側の窓を指さす。下降するエンジェル・アイを待ち受ける一団が立っている。武器らしき物を手に持ち、構えている人々の中央に、一人丸腰の男が立っていた。
「ミョウジン……」
 ミヅキが窓を見つめ、つぶやく。
(あれが、ミョウジン大尉なのか)
 ドルワは、これからまみえるであろうミヅキの思い人を睨みつけていた。

読んで下さってありがとうございます。現在オリジナル新作の脚本をちょうど書いている最中なのでまた何か記事をアップするかもしれません。よろしく!(サポートも)