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地域通貨ってなに?


日本では1990年代後半から「地域通貨」が導入され、一時期は3000種類もの地域通貨が存在していたという。久しく聞かなくなっていたが、最近、また耳にするようになった。スマートフォンやキャッシュレス決済の広がりで、地域通貨にも新たな役割が出てきたのだろうか。

外務省勤務時代に、100カ国以上もの国を訪れ、仕事をしてきた経験を持つ、ORIGINAL Inc.のシニアコンサルタント 高橋政司が、今話題のインバウンド用語をピックアップし、世界目線で詳しく、やさしく解説する本連載。

第9回では『地域通貨(Local Currency)』について取りあげる。世界目線チームの若手筆頭、ヒナタが素朴な疑問をぶつけてみた。

ーー地域通貨とはなんでしょうか

「地域通貨とは、特定の地域と特定の目的に限って使われる通貨を意味します。英語では、Regional CurrencyCommunity Currencyと言います。ここでいうコミュニティは地理的な地域という意味だけでなく、特定の価値観を共有するグループという意味も含んでいます。

地域通貨の目的は消費・相互扶助を促進し、地域の連携を強めることにあります。ここで大切なのは地域通貨が地域内において頻繁に利用されることです。逆にいうと、一番よくないのは、地域通貨が全く使われず、タンスの肥やしになってしまうことでしょう。」

ーー地域通貨は以前からあったのですか

「地域通貨にはとても長い歴史があります。江戸時代の日本には『藩札』という、地域通貨(当時はそのような言葉はなかったにせよ)が既にありました。ドイツ人の経済学者、シルビオ・ゲゼル(1862-1930)が提唱した『自由貨幣』という、経済学においてとても有名な通貨制度があります。

これは時間とともに価値が下がっていく貨幣を作ろう、という考え方です。

どういうことかというと、例えば、100円を150円相当の地域通貨に替えたとします。はじめは得したような気持ちになりますが、1ヶ月、2ヶ月と経つうちに価値が下がっていくのです。こうすることによって、人々の消費意欲を刺激し、貯金せず、お金を循環させることを目的としています。」

ーーそれは当時のドイツの法定通貨もあった前提での話ですか

「そうです。1930年代の世界は大恐慌に陥っていたわけですが、その間、いくつもの地域において実践されていたのが、この自由通貨なのです。例えば、オーストリアでは使用期限が設けられた紙幣『スタンプ紙幣』が採用されました。

これはゲゼルが考案したもので、スタンプ紙幣を保持する者は、その有効性を保つために毎月スタンプを購入し、貼り付けていかなければならず、保持期間が長引けば長引くほど損をするという仕組みです。

また、スイスではWIRという地域通貨が導入されています。WIRの特徴は、スイスの銀行法の許可を受け、今でも使用されている点です。これは法定通貨よりも低金利での融資を可能にするため、スイスの事業者間で積極的に利用され、海外の事業者の介入を難しくしているのです。

最終的には賃金もWIRによって支払われ、スイス国内で決済手段として使用され、循環していくという仕組みです。」

ーー不況下においてどのように効果があったのでしょうか

「不景気下の世の中で、1番の敵はデフレ(デフレーション)なんです。デフレとは、物価がどんどん下がっていき、企業の収益も悪化。賃金も低くなることによってお金の流れが滞ってしまうことです。

そこで地域通貨を導入し、『時間とともに価値が減っていく』という前提で、法定通貨よりも多い額で両替することで消費を促そうという狙いがあったのです。

例えば、法定通貨が1であったとして、地域通過に交換すれば1.5倍相当の価値になるとしたら、これまでお金を貯蓄していた人たちもこのタイミングで両替して、お金を使おうという気持ちになりますよね。」

ーー利用可能な範囲を国全体でなく、より小規模な市町村レベルの自治体に限定する意味はなんでしょうか

法定通貨に対して付加価値があるから人は地域通貨を手に入れるのです。活性化させたいポイントも地域によって異なりますよね。例えば地域Aは漁業、地域Bでは製紙業がそれぞれ不振だとしましょう。

となると、地域Aにおいては漁業の活性化に寄与するような立て付けが必要ですよね。地域Aの地域通貨で魚を買えば、法定通貨で買うよりかなりお得、ということになればそれは立派な付加価値です。

地域Bの製紙業についても同様の立て付けが必要です。それを国全体で使用可能な地域通貨にしてしまうと、結果的には『日本円#2』のような存在になってしまい、付加価値も減り、あまり意味が無くなってしまうんです。」

ーー世界恐慌後はどのように発展していったのでしょうか

「第二次世界大戦後も地域通貨は発展し、80年代にはブームが到来しました。カナダのLETS(Local Exchange Trading Systems)(*2)やアメリカのTime Dollars(*3)などがこの時期に生まれた代表的な地域通貨です。

日本でも少し遅れて普及し、90年代後半から2000年代中盤にかけて、最大で3,000種類もの地域通貨があったとも言われています。LETSに影響を受けている千葉の『ピーナッツ』や、タイムダラーの日本版とも言える新居浜の『わくわく』といった地域通過も出てきました(*4)。

しかし、その後、ブームは衰退へと向かいます。」

(*2)
自身の能力や技能を他人に提供することで、ポイントが付与される。その付与されたポイントを使って、また別の人に何かしらの仕事を依頼する頃ができる。コミュニティ内でLETSに登録をしているメンバーどうしの物々交換を促進するシステム。

参照: TED “LETS does it: Ingrid Thys at TEDxUHowestSalon” https://www.youtube.com/watch?v=UdsFiujOO5U

(*3)
地域内における、能力・技術を資本とした物々交換の促進という意味においてはLETSと同じだが、費やした時間数に応じてポイントが加算される。例えばAとBの間で物々交換が行われたとして、Aが3時間、Bが2時間費やした場合、AにはBより1ポイント多くポイントが付与される。

参照: Investopedia “Time Banking”
https://www.investopedia.com/terms/t/time-banking.asp

(*4)
参照: Rui Izumi “The Role of Community Currencies and the Development in Japan”
https://www.jstage.jst.go.jp/article/janpora/1/2/1_2_151/_pdf/-char/ja


ーーなぜ一度、衰退したものが再び注目を浴びているのでしょう

「衰退した大きな理由は、運営母体の負担の重さでした。地域通貨の印刷や、その管理は手間を要したのです。しかし、フィンテック(*5)の登場によって潮目が変わりました

これまで商品券のような物理的なものであった地域通貨に、ICT(情報通信技術)が導入されたことにより、システム上の管理が可能となったことで運営側の負担が大幅に軽減されたのです。2014年に内閣府特命担当大臣(地方創生担当)が誕生し、補正予算が組まれたことも追い風となりました。

このような地域通貨の新潮流における代表的事例として、岐阜県の飛騨地方で流通する『さるぼぼコイン』が挙げられます。利用するには専用のアプリをダウンロードし、地域の窓口やチャージ機でお金をチャージします。

今年から全国のセブンイレブン店舗のATMによるチャージも可能になりましたね。地域通貨としてははじめてのことで、利便性は向上していると言えるでしょう。決済の際は、店舗で提示されるQRコードを読み取り、アプリ上で支払い金額を入力します。

さるぼぼコインのHPをみて気づくのが、有効期限がしっかりと設けられている点です。ここからも、消費を活性化させようという狙いが読み取れます。

また、先般、大学での運用が開始された福島のデジタル地域通貨『白虎』はフィンテックの技術である『ブロックチェーン』(*6)を活用しており、これは地域通貨としては国内で初です。

一般的なQRコード決済では、事業者が情報を一度取りまとめて店舗の銀行口座に送金するのに対して、ブロックチェーン技術により、店舗側が速やかにお金を受け取ることが可能となっているようです。

フィンテック、そして、ブロックチェーンの登場により、地域通貨は『地域通貨2.0』に生まれ変わり、その利便性と効果が向上したことによって今後、様々な自治体で運用されていく可能性があります。」

(*5)
“金融を意味する「ファイナンス(Finance)」と、技術を意味する「テクノロジー(Technology)」を組み合わせた造語”

引用元: 富士通総研「フィンテック(Fintech)とは」
https://www.fujitsu.com/jp/group/fri/businesstopics/fintech/definition/

(*6)
“ブロックチェーンは、ネットワークに接続した複数のコンピュータによりデータを共有することで、データの耐改ざん性・透明性を実現することで、単に送金システムであるにとどまらず、さまざまな経済活動のプラットフォームとなり得る”

引用元: MUFG Innovation Hub「今さら聞けない「ブロックチェーン」とは何か?~その基本的なメカニズムと進化の方向を探る」
https://innovation.mufg.jp/detail/id=367


ーー今後、さらに地域通貨を普及させるために必要ななんでしょうか

「まず、絶対条件として利用者の利便性が上がることだと思います。チャージや決済、送金のスピードなどあらゆる面で、利用者目線でデザインしていくことが必要だと思われます。

2つ目は地域通貨ならではのメリットの高さです。利用者が欲しい!と思うようなインセンティブ(動機)を与えられるかがポイントとなります。

3つ目は、これらの魅力をどのようにプロモーションしていくかだと思います。この3つがうまくシンクロすれば、地域通貨の魅力は今よりも上がっていくでしょう。

また、運営上の利便性ももっと追及すべきです。どんなに良い地域通貨もそれを動かす組織がないことにはうまくいきません。地域通貨を作り、地域活性化を目指す組織ができるためには、その運営コストと労力をできる限り軽減していく必要があります。

良い例でいうと、マクドナルドなどのフランチャイズと同じ考えだと思ってください。

日本で最先端の地域通貨を運用可能なキットのようなものをフランチャイズで提供できる企業があったとしたらビジネスとしても大きな可能性を秘めていることでしょう。事業運営のための余計な出費と労力が削減され、よりスピーディーに多くの利益上げることが期待できます。

新型コロナの影響で社会活動が低迷する今、地域の特色が反映された地域通貨が日本各地に誕生し、積極的に活用されるようになることで、地域の社会経済は活性化されます。ひいては地域の魅力の向上に繋がり、地域の住民だけでなく、来訪者も地域通貨を利用してくれるような状況が生まれてくることを期待しています。」

高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント1989年 外務省入省。日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2009年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。2018年10月より現職。2019年、観光庁最先端観光コンテンツ インキュベーター事業専属有識者。2020年、宗像環境国際会議 実行委員会アドバイザー、伊勢TOKOWAKA協議会委員。

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