あめふらし

まだ雨も降っていないのに建物の壁や街路樹の葉の震え、交差点にあふれる人々の顔、すべてがどこか潤んで見える。  

所々光の筋の混じる灰色の雲がゆっくりと街を
覆いはじめた。  

「雨の匂いがする。」
隣を歩く君が前触れもなく立ち止まり空を見上げ、二人の距離でしか聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

しばらく夜を超えて、また日が昇ると君は街を出た。  

暗い雲は街の影を吸いとり少しずつ膨れ上がった。ゆっくりと息を深く吸い込めば水の匂いがした。  



いつかどこかで雨に打たれる君を見つけた。  

翻るはずの髪は水を吸い込み重たげに揺れてい
て、雫のついた手のひらを雨空にかざすように君はいたずらにそこを濡らしていた。  

ワイシャツが透明な膜のように肌に吸い付いて君はいまにも雨に溶ける寸前だった。  

( 雨は嫌いじゃなかった? )
( こないだ嫌いなら今日は好きだよ )  

額、瞼、唇には余さず水が滴り、君が口を開くたびそれは端から溢れて、顔の輪郭を伝いひとつになって流れおちた。  

( こないだ好きなら、今日は嫌いだよ。
そして次はまた好きになる。)  

雨の中に吸い取られていく言葉たちはあまりにも所在なさげで、ぼくはその音に耳を凝らしながら雨越しに君の姿を眺めた。  



君のいる街にはいま雨が降っているだろうか。
今は雨が好きなのか、嫌いなのか。  

ふたたび訪れたこの季節に少し色の褪せた君を想う。
そして思い知る。
梅雨がこれから始まるのだと。


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