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雨水とドーナツの穴|京都日記




一日目
 新幹線の、両隣の人がしずかに本を読むのにはさまれて、おべんとうを食べた。昨日の夜、ブロッコリー、シルクスイート、しいたけを蒸して、金時草はごまあえにしたもの。もち米にちりめんをのせたのを食べるのに、お米がきゅうきゅうにかたまって、箸でちぎろうとしてもなかなか切れないのを、上のちりめんが隣のふたりにとびちらないよう集中して、そおっと箸を入れる。

 天気予報は、五日間、雨。ちょうど雨水なんだと、気づいた。京都へくると、いつもぐんぐん歩くから、バスはひさしぶり。銀閣寺ちかくの、素食Renでお昼ごはん。ぷくぷくまんまるの甘酢あん団子はぱりぱり、中はふわふわ、熱々で香ばしく、お米がいくらでもおいしい。ひとりで、ゆっくり、じっくり味わうごはんは、湯気もごちそう。

 『やさしいせかい』を、北白川のKaninさんに納品。ずっと、行きたかった。シスターフッド書店で、女性の作家の作品がならぶ。ひとことコメントも、書かせていただいた。吉屋信子さんの訳した源氏物語のとなりに、じぶんの本がある。はずかしそうに、そうっと息をしている。ここから、ひつようなだれかの手もとへ旅をする。どんな道でもいい。歩きたい。古本の棚に、探していたハン・ガンのエッセイ『そっと静かに』をみつけた。巡りあわせに、うれしい。



 次は、ホホホ座浄土寺店さん。こちらでもお取り扱いしていただいているので、ごあいさつ。本には、声があると思う、その声は本屋さんごとに、おなじ本であってもちがう声色を出す。ここでは、おもちゃ箱のような、色とりどりの声がする。だれと隣りあっているかとか、どんな本棚にあるかで、声、音はかわるんだと思う。大杉栄の『日本脱出記』、林真司さんの『ぼくがヤングケアラーだったころ』などを購入。


 雨宿りに、喫茶店を探すも、みつからずふるい家のような食堂にふらりと入る。お酒の入った地元のおじさまと、店主さんのおしゃべりを音楽に、長崎あうん堂さんのトゥルシー茶をごくごく。今までに飲んだトゥルシーのなかで、だんとつで、いちばん。鼻を抜け、深く、いろんな味がする。だしてくれる水も、ちょっとお湯で、やさしい。畳の小上がり、こたつがあり、ストーブにやかん。濡れたダウンを、乾かした。

 学校帰りの、小学生がやってくる。おじさまが、ここ座ったら?おじさんの隣やけど、というと、いや、お兄さんやろ。毅然と、その子は返す。あんた、おしゃべりうまいな。あたし、おしゃべりやから。ねえ、あたし何人兄弟でしょう?三人、六人、四人。んー、六人。正解。男何人?ひとり。えー、あとみんな女なん?そうや。 
 
 そのあとも、その子は、ぺらぺらぺらぺら、あんな話に、こんな話が、とまらない。頭の回転が、はやすぎる。店主さんが、今日は習い事ないの?もう五時やで、と促し、あ、ほんまや。じゃあね。あっさり、帰る。なんなん、あの子!おじさまは、びっくり。口がうまいな、末恐ろしいな。店主さんの、顔はみえないが、呼吸が変わったのがわかった。あれね、ほとんど嘘なんです。虚言癖。・・・え。親がもてあましてるからな、愛情に飢えてるんです。きょうだいの面倒ようみてるのに、ええ子なんよ、でもおかあさんに駄目出しされる。あの子だけ、お父さんちがう人。



 外にでると、小雨になった。河原町のほうへ、ぷらぷらあるく。このあと、どうしようかな。今、短編映画をみてきた気分。主演は、あの子の顔をした、ちいさな私。映画館の外は、こんなに外で、わたしは今ひとりで京都にいて、いつも京都は、わたしにわたしを思いださせる。次どうする、に、こうでしょうと、答えをくれる。熊野のあたりまできて、ぶあつい雲の一面覆った空に、ドーナツみたいにぽっかり穴があき、そこだけ晴れ間がのぞいていた。あれが、あの子の毎日にも、あったらいい。もう、あるかもしれない。物語とともに生きている、あの子だけのドーナツの穴。

 京大熊野寮を過ぎる。これは、東京にも、鎌倉にも、今まで住んだどの街にもないにおい。ヤギが二匹、寮内で飼われている。こういうところに、青春がどっぷりあるのも、いつかやってみたい気もする。




 河原町のファーマーズをのぞく。近くにすんだら、きっと通う。あかるい店。米粉にんじんケーキをひとつ。おととしだったか、三月に来たとき、春菊だった。あれは、苦味が効いておいしかった。
 夜は、北野天満宮そばの、韓日茶苑まで。薬膳粥をだしてくれる。雨が、はげしくなる。小豆粥、かぼちゃ粥、黒米粥、黒ごま粥。まよう、まよう。きょうは、小豆粥。薬膳茶、あれもこれもずらりで、十全大補湯まである。暖まって、宿へ帰る。ここへは、またくる。帰りは、どしゃ降り。



 ひとり、京都、夜。ここでは、いつもなにかを思い出しそうになり、そして思い出していて、また歩きだす。胸が弾む。もう会えない人に会えるような道を、ほんとうは会えないけれどそれでいいと思える、ただ目の前の道を。





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