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<日本灯台紀行 旅日誌>2021年度版

<日本灯台紀行 旅日誌>男鹿半島編

#6 二日目(1) 2021年7月15日

大広間で朝食

入道埼灯台撮影3

時間調整

男鹿半島旅、二日目の朝は、最果ての温泉旅館の一室で目が覚めた。すでに朝の六時半だった。昨晩の記憶は定かではなく、<走り書き>にも何時に寝たかは書いてない。だが、おそらく、夜の十時過ぎには寝ていたのだろう。寝不足感はない。夜中に、物音もしなかったし、熟睡できたほうだ。洗面などをすませ、着替えた。七時半に、二階の大広間で朝食、という予定になっている。

七時半少し前に部屋を出て、大広間へ行った。入った途端にカビ臭い。これは、自分が匂いに敏感だから、といったレベルの話じゃない。かなりカビ臭い。ま、文句を言うわけにもいかず、席に着いた。その際、ちらっと大広間を見回すと、かなり遠くに、年配の夫婦連れが一組だけいた。

席に着くと、どこからともなく<ゆりやん>が現れて、ご飯とお茶、味噌汁を持ってきてくれた。目の前のお膳には、朝食とはいえ、かなりたくさんのおかずが並んでいた。ほぼ完食してしまったが、まずくはないが、うまいとも思わなかった。あと、<ゆりやん>のよそってくれたご飯だけでは、ものたりず、すぐ近く置いてあった電気釜まで行って、茶碗に山盛りのごはんをよそった。これだけ食べれば、夕方までもつだろう。

電光石火、あっという間に平らげて、満腹。ただ、添えてあった<ヤクルト>は、部屋で飲もうと思って、手をつけなかった。食後、お茶をのみながら、今一度辺りを見回した。またカビ臭いにおいがしてきた。なるほど、たしかに、大広間だ。半分で仕切ってあるが、それを取り除けば、小さな体育館くらいの大きさはある。

ちなみに、舞台もあった。最盛期には、あそこで<なまはげショー>や<歌謡ショー>が繰り広げられたのかもしれない。経験的に言えば、<ストリップショー>もやっていたはずだ。若い頃、バイト先で、半強制的に連れていかれた社員旅行での出来事だ。ストリッパーや社員たちの俗悪さに、慄然としたものだ。

お茶を飲み終えて、すぐに席を立った。またカビ臭いにおいがした。老夫婦は、まだ食べている最中だった。大広間を出ると、横の調理場から、<ゆりあん>が出てきた。<ごちそうさま>と声をかけると、丁重に<お気つけて行ってらっしゃいませ>とか言って頭を下げた。訛りはなかったような気がする。

部屋に戻り、<ヤクルト>を飲んだ後に、出発準備をした。ふと思いついて、カメラで室内の様子を、二、三枚撮った。むろん明日のチェックアウト時でもいいのだが、同じことだろう。だが流石に、ユニットバスの扉は開けなかった。<ヤスデ>がトラウマ?になっている。排便は、多少出たので、気分はよかった。<シュール>なトイレではあるが、温水便座はちゃんと機能していた。

下におりた。受け付けカンターへ行き、金属製のベルを<チン>と押すと、奥からすぐに女将が出てきた。マスクをしているので、表情はよくはわからない。とはいえ、笑顔でお愛想を言っている。鍵をあずけ、美人の声を背中に受け、広い玄関口に立った。下を向くと、自分の軽登山靴が、きちんとそろえて置いてある。さらに少し離れたところに、男物と女物の靴が二足、並んでいる。大広間に居た老夫婦のものだろう。とすると、泊っていた客は、三人だけか!どおりで人の気配がしないわけだ。

<8:00出発>と手帳に書いてある。外に出た。朝から暑い。今日も快晴、雲一つない。駐車場には、何台か車が止まっていた。宿泊客は、自分のほかには老夫婦だけだから、誰の車なのだろう?ほかにも宿泊客がいたのかな、どうでもいいこと思いながら、車に乗った。ナビはセットしなかった。灯台への道順は覚えている。というか、出てすぐ左に曲がって、突き当りを右に行けばいいだけだ。

<8:30 入道埼 さつえい>。灯台前の駐車場には、一、二台、車が止まっていた。土産物屋はまだ閉まっている。閑散とした感じだったが、朝から陽射しが強く、すでにげっそりするほどの暑さだ。灯台はといえば、東からの斜光を受けて、いい塩梅だ。まだ太陽が低いので、広場の緑も鮮やかだった。

<撮影は午前中>と、なにかで読んだ覚えがある。たしかに、陽が昇るにつれて、地上の色合い、とくに緑色が、黒っぽくなっていく。きれいには撮れない。とはいえ、自宅から700キロも離れた、この最果ての地に来て、午前中だけしか撮らない、なんてことはあり得ないだろう。

写真がきれいとか汚いとか、そんなことは問題ではない。午前、昼、午後、夕方、夜と、最低限、このバリエーションだけは撮るつもりでいた。時間とともに変化する灯台と、その風景を、この目で確かめたいと思った。なぜだかわからない。とにもかくにも、丸一日、灯台と向き合うつもりで、ここまで来たのだ。カメラは、その行為をサポートしてくれる相棒だし、写真はその行為の記録なのだ。

まず初めに、道路際から、灯台の正面を撮った。次に広場の遊歩道に入って少し撮り、そのあと、遊歩道から草深い中に入った。みな、構図的には、昨日とほぼ同じだ。だが、明かりの具合で、写真が全然違う。なにしろ、広場の緑が鮮やかだ。これは、東からの斜光のおかげだ。なので、断崖に近づけば近づくほど、つまり西側に移動していくと、いきおい逆光気味になり、緑の鮮やかさが失われる。太陽が東側にある時に、西側から撮れば逆光になる。おわかりいただけるだろうか。

したがって、二日目午前の撮影は、広場入口から、ほんの50mほど移動しただけだった。とはいえ、同じルートを戻ったのではない。復路は、往路よりは、灯台に対して、遠目を歩いた。見え方が多少はちがうだろう。もっとも、構図的にはたいして変わらないから、ほとんど意味はなかった。そうはいっても、同じ道を戻るわけにはいない。それが、自分で決めた撮影流儀だからだ。しかし、暑いということもあり、やる気がでない。とりあえずは車で休憩だな。まだ<9:30>だった。小一時間の撮影だが、むせかえるような暑さに、げんなりしていた。

車に戻った。エアコン全開で、水分補給をしたような気もする。靴と靴下を脱ぎ、さてと、これからの予定を考えた。少なくとも、あと一、二時間、お昼までは、この明かりの延長上の情景で、見え方に劇的な違いはあるまい。終日、入道埼灯台で粘るつもりでいたものの、あまりに暑すぎる。それに日陰もない。

そこで、日程の都合でカットした男鹿半島の南側、<塩瀬埼灯台>と、その付近にある<ゴジラ岩>を見に行くことにした。距離的には往復で一時間半くらい。遅くとも午後の一時には戻ってこられる。移動中は、車のエアコンがきいているから涼しいだろう。一息つけるし、男鹿半島の縁をたらたら走るのも一興だ。<10:00 出発>、駐車場を後にした。

男鹿半島は、地図で見る限り、何とも形容しがたい形をしている。半島の首根っこには、干拓されてしまった<八郎潟>がある。半島自体は、親指を立てたような形で、西側の日本海に突き出ている。親指の先っちょに入道埼灯台があり、今走ろうとしている<塩瀬埼灯台>と<ゴジラ岩>は、その下側の小指あたりにある。その間の距離はおよそ25キロ、時間にして三十分くらいらしい。ちょこっと行って帰って来るにはちょうどいい。なにしろ、昼過ぎには入道埼灯台に戻ってきて、一応は、太陽の一番高い時間帯にも、写真を撮っておきたいのだ。

走りだした。山が急角度で、海に落ち込んでいる。右側は海で、道路の下は断崖絶壁だ。左側は、剥き出しの、垂直に切り立つ岩場で、つまり、なんというか、山の斜面に道路を作ったのだろう。素人目にも、難工事がうかがえる。幸い、ほとんど車は走っていない。時速40キロくらいで、ゆっくり走りながら、景色を楽しんだ。

道路わきには、ところどころに展望スペースがあった。帰りに寄ってみよう。そのうち、下り坂になった。下りきったところは、漁港になっていた。真っ青な空と海。少し沖合の消波提に、赤い灯台(戸賀港南消波提灯台)が立っている。すごく目立つし、いい感じだ。ただ以前のように、写真として、モノにしてやろうという気にはならなかった。最近は、写真的に見栄えのいい、大型灯台の撮影に重きを置いているからだ。とはいえ、この海景は、撮っておきたい。

道路沿いに、細長い駐車スペースが目に入ったので、ハンドルを左に切った。公園というほどでもないが、なぜか、縁にアジサイがたくさん植えられている。満開だ。海とアジサイの取り合わせが新鮮だった。外に出て、道路を渡り、道路際の防潮堤に寄りかかりながら、湾の中の赤い灯台を見た。あまりにも遠目過ぎる。それよりも、左の方に、白い灯台(戸賀灯台)がある。こちらのほうは、やや近目だが、まるっきり絵にならない。

写真はほとんど撮らず、すぐに出発した。海岸沿いに大きな施設が見えた。<男鹿水族館>だ。横に、広い駐車場もある。ここも帰りに寄ってみよう。道は、ここからまた上り坂になる。山深いというか、秘境だな。さらに行くと、左側の切り立った岩場に、落石除けのフェンスとか鉄のアーチとかが目立ってくる。そのうち、がけ崩れの補修工事なのか、片側通行になる。そういえば、二、三日前、秋田県には大雨が降ったのだ。

ま、ヤバイ場所であることに間違いはない。と、また道が下り坂になり、砂浜が見えた。目的地が近い。きょろきょろしながら、ゆっくり行くと、岩場の上に灯台らしきものが見えた。あれだな。ただし、道路際の駐車スペースを改修工事しているようで、止められない。あれ~、という間に、通り過ぎてしまった。しかも、いけども行けども、駐車できる場所がない。

猛暑だった。長い距離は歩きたくない。いい加減行き過ぎて、Uターンした。ふと見ると、工事用フェンスの横に、<ゴジラ岩はここから>という案内板があった。だが、周りに、駐車場がないのに、どうやってここまで来るのか?それに、灯台へと至る岩場の降り口にも、<立ち入り禁止>の看板がある。車を止められたとしても、灯台に近づくことはできないのだ。あきらめよう。工事中の灯台をチラッと横目で見て、来た道を引き返した。

復路は、来る時に目星をつけておいた、水族館の駐車場や道路際のアジサイの咲いている小さな駐車スペース、さらには、山道の展望スペースなどに、何回も止まりながら、防波堤灯台や海景を撮った。観光気分になっていて、ま、記念写真だね。

坂道の途中にあった展望のいい駐車場には、大きな<なまはげ>がいた。比較的きれいなトイレもあり、用を足したあとに、カンカン照りの中、<なまはげ>を撮った。漁港を見下ろす断崖の柵際には、色の褪めたパラソルが二つ並んでいて、その一つの下に、大きな日除け帽子をかぶったおばさんが座っていた。どうやら、サザエなどを売っているようだ。

そのうち、どこからともなく黒い軽のバンがやってきて、黒シャツの中年男がおばさんに、なにか盛んにしゃべっている。はじめは客かなと思ったが、かなり気安い感じだ。知り合いなのかもしれない。男は大声でしゃべっているが、早口であるうえに、訛りがきつい。話の内容はよく理解できない。一方、おばさんの方は、訥々とした感じで、言葉少なげに応対している。

おばさんをちらっと横目で見た。大きな日除け帽子で、少し影になっていたが、色白で顔立ちがいい。漁師の女将さんなのだろうか、<秋田美人>だ。とっさに、あの野郎、おばさんに気があるなと思った。この最果ての地でも、色恋沙汰が進行中だ。おばさんはともかく、声の大きい、厚かましい中年男に、心の中で舌打ちした。すぐに女にちょっかいを出す、どこにでもいるタイプの男だ。軽薄な野郎だ。いや、ひょっとしたら、やっかんでいるのかもしれない。気軽に女性を口説ける男が羨ましいのだろう。ここでもう一度、舌打ちした。今度は自分に、だった。

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