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詩1

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2016年6月以前にネットで発表した詩
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記事一覧

ためいき

冬の午後カフェテラスで

きみは悩みを打ち明ける

ひとみに涙を浮かべながら

ためいきをついて

そのためいきを

ぼくはとっさにつかまえる

両手の中にとじこめて

街の冷気と混ざらぬように

こんなにずしりと重い吐息

そのちいさな体のどこに

ためこんでいたの

いまこの手の中

すきとおるかなしみの塊が

じんじんとうなりをあげている

ぼくは両の手に力をこめ

祈るように指を組みあわせ

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キドアイラク

きみがよろこんでいると

ぼくもよろこびたくなる

ともに手をとりあって

ほんとうによかったねえと

きみがたのしんでいると

ぼくもたのしみたくなる

ともに手をたたきあって

えがおではしゃぎながら

きみがおこっていると

ぼくもおこりたくなる

ともに手をふりあげて

ちからをあわせたたかおう

でもきみがかなしんでいると

ぼくはわからなくなる

ともにかなしんでしまったら

ふさぎこ

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眠り姫

神楽坂にほど近い

雑居ビル五階に住む祖母は

骨ばった体を煎餅布団に横たえ

ワカルとワカラナイの水際にいた

婆チャン 耳元で語りかけても

天井を見つめたまま応えない

奥の台所からは 介護のひとの

薬缶に火をかける音がする

エレベエタアのない痩せたビルを

日々階段で昇り降りしていた

明治の女(ひと)のたくましさも今は

少女の可憐さに帰っている

俺ダヨ ワカル? 

ちぢこまった

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愛の辞典

 P.1 あい【愛】 

生まれたときには無色だが

のちに対象・強度・時間等により

うすもも色からくれない色にかけて

無段階で変色する

濃度は脈拍に比例する

セイシェル島のスコールのように

突如として降りつけることもあれば

柚子の実のように

長年かかって育まれることもあり

発生の過程・要因については未だ不明

惜しみなく奪ふという意見がある一方

惜しみなく与ふという反論もあり

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humour

だれかが冗談を言う

そこにいるぼく以外のみんなが笑う

ほんとうに面白くて笑ってる人も

合わせて笑ってるだけの人もいるだろうけど

ぼく以外のみんなが笑う

ぼくだけが笑わない

ぼくはほんとうに面白いときにしか笑えない

にんげんが未熟すぎて

合わせて笑うこともできない

それこそがこの集団に

ぼくだけ溶け込めずにいる

理由なのだろう

悪いひとたちではない

嫌いなひとたちでもない

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夜光貝

寝静まる宿を抜け出して

星のない空の下

あなたとふたり

冬の岸辺を歩く

真夜中でも波は眠ることなく

よせてはかえしている

プランクトンの死骸の匂いが

鼻先をかすめる

昼間啼いていた海鳥たちは

どこへ消えたのだろう

彼らには彼らなりの

帰るべき宿があるのだろうか

ぼくらは岩場に腰かけ

くりかえす波音を聴いた

あなたの石鹸の香りが

かわいた汐風に溶け

闇へと吸い込まれて

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オブラート

わたしの想いは

苦すぎて

やさしいあなたには

強すぎるでしょうから

オブラートにくるんで

お渡しします

あなたへの想いは

粉々で

ため息ひとつでも

散らばってしまうので

オブラートにつつんで

お渡しします

コップ一杯の

ぬるま湯とともに

どうぞそのまま

お飲みください

あなたの中でゆっくりと

薄い膜が溶けだして

少しずつでもこの想いが

伝わりますように

さわぐ人

ビートルズは思った

「黄色い声援をあげるばかりで

だれも音楽を聴いてくれない」

やがて彼らはライブ活動を

やめてしまった

サッカーボールは思った

「暴動やら応援歌やらで

だれも僕の回転に興味などない」

来世は静かなる地の

テニスボールに生まれたいと

神さまは思った

「お祭りさわぎに興じるばかりで

だれが豊作など祈っていよう」

その年 雨不足の

飢饉がおとずれた

桜の木

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割れてしまったら

中身がこぼれ出し

息絶えてしまいそうな

卵だったから

壊さないように

握りつぶさないように

ぼくらはそっと掌にのせた

孵ってしまったら

中身が羽を広げ

飛び去ってしまいそうな

恋だったから

温めないように

温まらないように

ぼくらは寒空の下を歩いた

それなのに

どうしようもなくぼくは

あなたをもとめた

出会ったときから

さよならを孕んでいたのに

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文鳥

古ぼけた鳥かごの中で

ぼくらはひしめきあう

仲間にしか通じない声で

こそこそさえずりあい

アラ 上品ナ歌ダコト(オ世辞)

アナタコソ素敵ナ歌ネ(オ返シ)

なんて褒めあいながら

ご主人さまの手に乗って

ぼくらは身をよせあう

ここにはヒエラルキーがあり

先輩より大きな声で

うたうことは許されない

上手に飼いならされるための

暗黙のルール

あゝ つまらない

この狭い檻を抜け

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痛み

悲しい打ち明け話を

聞いた帰り道

きみの心の痛みは

どんな風だろうと考えていた

しくしく ちくちく

ひりひり みしみし

うまく想像ができない

辛くて重い告白を

聞いた夜の寝床

きみの心の痛みは

どれくらいだろうと考えていた

ずきずき じんじん

きりきり がんがん

うまく想像ができない

ためしに左の胸を

ぎゅっとつねってみた

思ったより痛かったけど

こんなもんじゃな

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湖のほとりで

よく晴れた冬の朝

にぎやかな街をはなれて

あなたと湖に出かけた

だれもいない湖畔に

ふたり並んで腰をおろし

緑青色の水を見ていた

あたりはしんと静まりかえり

山々の息吹さえ聴こえない

みなもをすべってゆく

白鳥たちをおどかさぬよう

ぼくらは声をひそめあった

そしてあなたが作ってくれた

サンドウィッチを分けあった

日がかたむくまで

ぼくらは波立たぬ水と

白鳥の群れをなが

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月とオルゴール

ベランダに出て

月を見あげながら

あなたの眠りについて

考えています

もう休んでいますか

まだ起きていますか

いつも疲れているあなただから

すでに寝息を立てて

夢の中にいるといいけれど

わたしは変わらず夜更かしで

ままならぬ夢にイラついたりして

夜風にあたろうと出たベランダで今

あなたのことを考えています

もしも眠れずにいるなら

あのオルゴールのネジを

そっと巻いてく

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標本

甘え上手なあなたに

引き寄せられて

ぼくらは真正面から

抱きしめあう

こうしていれば

ぼくは窓の夜景を見て

あなたは部屋の壁を見て

目を合わさずにいられる

あなたは嘘をついていて

ぼくはそれを知っていて

ぼくが知っているということを

おそらくあなたは知らない

いまあなたの目に映る

壁紙の模様を

ぼくが知らないように

華奢な肩の付け根から

♂の匂いがする

吐き気をも

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