overflow.

\title OVERFLOW
\author 西野績葉
\chap 0
 スーツを着た僕がいつもゆく公園には、丸い鉄の塊や、木で出来た上下する棒や、椅子や、青いそらがある。手を交差させて横を見れば、椅子には、線の細い、青いスカートを穿いた少女が居る。彼女はいつもそらばかり見てる。薄手のTシャツを着て、そこにはこう書いてある。
''No Fair.''
 僕は砂場で三角形を作る。完璧な三角形を作る……。それが仕事だ。つまりそれが仕事だ。

\chap 1
 8月のある日、蝉がジージーとうるさい日。病院の自動ドアを潜るまだ幼さの残る少女の姿が見える。冬目\Kana{雛茶}{ひなた}は娘の瑠璃子を連れて、病院を訪れていた。
 検査を終え、病院のロビーで待つ事数十分。雛茶の隣にいる少女、十二歳になる娘の瑠璃子は白いワンピースを着て、雛茶の隣に腰掛けていた。娘は\Kana{双眸}{そうがん}を揺らし、自らの艶々とした長髪を弄んでいる。雛茶は落ちつきなく、長椅子で待つ。二十分ほど待っていると、ようやく名前を呼ばれた。
「冬目さん、冬目瑠璃子さん。6番へお入りください」
 看護婦の気だるげなアナウンスが聞こえ、雛茶は娘の手を引く。
「ほら、瑠璃子、行きましょう」
「うん……」
 瑠璃子の顔からは何の感情も読み取れない。
「残念ですが……四ヶ月目です」
 事も無げに医者は言った。
「今、なんて仰りました?」
 雛荼は理解する事を拒む代わりに、そう言った。
「すでに、危険が大きいでしょうね」瑠璃子を見ていた医師は雛茶と向き合い、言い直した。言葉の意味が良くわからない。もう一度言ってみろ、と雛茶は思ったが、別に聞き間違いでも錯覚でもなく事実なのは明らかだった。現実の認識が追いつかないまま、医師は続けた。「妊娠四ヶ月過ぎなんです」
 小さな白い部屋の、小さな椅子に座った小さな女の子の、小さな涙の音が聞こえた気がした。
「誰の子かも……わからないんですよね?」
 恐る恐る、雛茶が聞いた。
「DNA鑑定をしようにも、元がないと……」
 雛茶は考える。瑠璃子は、何を思っているのだろうか。しかし娘の顔を見る事がどうしても出来なかった。
「さらに残念な事をお伝えしなければならないのですが……」医者は言った。「胎児は、検査によれば障害を持っている可能性が高いです。ご決断を」
          ◆
 瑠璃子が、男に暴行されたと雛茶に告白したのは一週間前の事だった。
 痣を作って帰ってきた瑠璃子に、雛茶が問い詰めたところの言葉「レイプされたの……」十二歳の少女の口からこの言葉が出ると誰でも硬直する。「誰に?」と聞いても暗がりで分からなかった、と言うばかりだった。瑠璃子の弟の\Kana{統也}{とうや}も、雛茶の夫である\Kana{一樹}{かずき}も、勿論雛茶自身も、ショックを隠せなかった。誰もかも無言の夏休みという感じで「警察に届けるのか?」「そんな恥は晒せない」などと言っていた。当然、そうなるのはこの家族では当たり前だ。
          ◆
 その日の夜、家族で瑠璃子がレイプされた件について、どうするか話し合いが行われたが、結局、瑠璃子の事は誰も考えては居なかった。雛荼も、一樹も、腫れ物を見るような目で瑠璃子を見るしかなかった。瑠璃子はといえば、一言も喋らなかった。誰も瑠璃子に目を合わせない。――統也以外は。統也だけはジッと瑠璃子の目を見ていた。どこを見ているとも判らない、瑠璃子の目を見ていた。程なくして誰もが言葉に詰まった深夜、瑠璃子が席を離れるとともに、その件はつまり、『無かった事』になった。おなかの子は無かった事には出来ないのに。

\chap 2
 森の中で、追われている夢を見ていた。
 自分のおなかの中には赤ちゃんがいて、それを必死に守る親が自分だ。だが変じゃないか。俺は、冬目統也は男なのに、おなかが膨らんでいるなんて。
 何から逃げているのか。獣か、黒か、悪意なのか? それとも俺はデブなのか?
 なんとか泉までたどり着いた。喉がカラカラに渇いている。水を飲もう。\Kana{水面}{みなも}に顔を出す。水面に映る、自分の姿は――愛すべき、自分の姉の姿で。
 本当に唐突に、水面の上に、探偵が現れる。その男は、Yシャツに黒いスラックスで、サーカスのステッキのような、まるで昔ながらの床屋の店先で、くるくると回っているアレみたいな柄の杖を持って、水面に立っている。奇妙だが、俺が実は姉だったくらいだから仕方が無い。
「君に思い出してほしいのは、つまり『これ』はなにか、ということだ」
 探偵は語る。
「『これ』がなんであるか、それがこの事件の謎であり同時にトリックでもあるからだ」
 どうしてこの夢に探偵が出てくる余地があるのかわからない。これは事件なんかじゃないのに。探偵は何もせずどこも見ていないし、何処も指していなかった。
 場面は切り替わる。そこは一本の道だ。よくある田舎の、ごく普通の道だった。
 だが俺には確信があった。世界は終わるのだ。飛び切り大きな悪意によって、俺たちの世界は崩壊する。その後に残るのは、打ちひしがれた誰かの顔であり、無力感であり、鉄の味のする水の味。道端の草達も俺を嘲笑っていた。
 草に話しかけられた。
『おまえ小学生の癖に、なにやってんの?』

「そりゃ、気持ちいい事をしてるんだよ」

『ハッハ? それで、お姉ちゃんの言われるがままになったの?』

『うるさい、うるさいんだよ、黙れよ、おまえら草なんだろ、何で喋ってんだよ』

『そりゃあ、俺たちの声ははおまえの声だからだ』『おまえの声だからだ』『そうだ、あはhA』

「うるさいうるさいうるさい!! だってお姉ちゃんが言ったんだ、統也と、俺とエッチしたいって言ったんだよ!」

『あっ、そこいい、そこ――もっといじってほしい』『とーやのがおおきく』『出た?』『終わった?』『あたしまだイってないよ』『びちぴちゅ』
 草たちは、あの日のあの行為の、『音』を、歌う。
「やめろ、やめろ、やめろーー! 冒涜するな、おまえら、ボートクするな!」

『わすれんなよ、自分自身の声を』『そうだ、これはおまえの声だ』『おまえの生み出した混乱だ』『死にたいんだろ?』『それでもまたやるんだろ?』『下のほうが疼いて仕方ないくせに』『エロ餓鬼だな』『そうだな』

「おまえらはうるさいんだよ! しおれた季節はずれのタンポポが! くっさいドクダミの癖に! 雑草の癖に!! ひまわりはどこだ! バラはどこだ! どこにもない!」
 また場面が切り替わった。俺は、やっぱり今日も白濁した粘性の液体をお姉ちゃんに振りかけずにはいられなかったらしい。
 夜、明日の仕事の為に両親が寝静まったころ、俺の部屋に、お姉ちゃんが来ていた。
 嬉しそうな顔をする、お姉ちゃん。
 ――瑠璃子。やめてくれ? なんで、嬉しそうな顔をするんだよ?
          ◆
 夢を見ていたらしいが、良く思い出せない。一部が現実で、一部が夢想。夢などそんなものだ。
「ねえ、統也、お姉ちゃん、赤ちゃんできちゃったんだよ?」
 追い討ちをかけるようにお姉ちゃんは言った。お姉ちゃんはいつもは無口だ。だけど夜は良く喋る。
「……知ってるよ、お母さんが、落ち込んでるから」
「きっと統也の赤ちゃんなんだよ?」
「……わかってるよ、お姉ちゃんのせいだ」
「あんたも、共犯だよ? 気持ちいいこといっぱいした癖に……」
「やめろよ、誘ってきたのは――」
 ぺし、っと左の頬を叩かれた。
「あたしの中で、何度も何度も、それは統也――でしょ」
「そ、そんな事は――そうだけど」
「小学生の癖に、いけないんだよ~?」
 何が楽しいのかクスクスと、声を潜めて笑う瑠璃子お姉ちゃん。
「お姉ちゃんだって、まだ十二歳じゃんか」
 俺は泣き出した。だって、泣くしかないじゃないか……どうすればいいというのか。
「あっ、ごめん……ごめんね、統也」
 頭をなでる手があった。その手は、俺の髪を優しく撫でた。恥部を濡らして、姉は言う。
 お姉ちゃんは、統也のことが、だいすきなんだよ――?
 俺も――嫌いじゃないし好きだと思う。だが思うところに何の意味がある。言葉で思ってもあいにく世界は変わらない。フェアじゃない。
 世界は終わる。俺はそれを確信する。なぜなら、俺が終わらせる。俺がいない世界は、俺にとっては終わった世界だし。もうあとの事なんか知らないからだ。
 最初から決めていた事だった。俺はこの世界に失望しているからだ。
          ◆
 三文小説のように、とても卑猥っぽく、やってて恥ずかしくもある、どことなく、というかかなり滑稽。語彙が足らない。人物が貧弱。『見ている人』はそう言う。ところが、あたしにはそれがまた快感でもある。彼……つまり弟のことでもあるけど、それ以外の誰にしても、掘り下げていっても、基本的にリアルってのは貧弱なものでしかない。子供の頃から作り話ばかり聞かされて育った誰かさんは、つまりそれがリアルだと言うけれど、どちらにせよ等価値・同一だよ。
 あたしには、彼らが自分たちの実存が、ただの記号にすぎないってことを認めようとしないだけの、自意識過剰な人たちに見えるの。あなたたちの実存も、私たちの実存も、それは大差が無い事だと……なぜ気が付かないのかな。\Kana{零}{ゼロ}は、何も無いがあるという意味。小学生でもわかる事なのに。つまらない。どんなに狂っていようと、どんなに刺激的であろうと、実際にそうしたら、きっとそれはつまらないものなのよ。まるで、男たちが射精し終わった瞬間に脱力して寝てしまうみたいに、とても詰まらないものなのよ。 命がどうとか、そんなことは考えても馬鹿らしい。命の重さが言うより軽い事なんて、自明じゃない? もっとみんな欲望に忠実になるべきだと思わない? だからといって、弟に手を出した、そういうわけじゃないけどね。もとはといえばね、パパが悪いのよ。でも、どうでもいい。楽しいし、気持ちがいいし。妊娠したら流すし、妊娠しなくなったらそれはそれで楽だよね。壊れていく僕たち、とか言って、世間に背を向けて、いつまでもいつまでも反抗期とモラトリアムやってね。最低。とある人は人形を愛してる。人間と向き合うのも嫌だと言う。気が付かないんだね。あなたも人形にすぎない。ストーリーもシナリオも作れない無能は、折角作り出したキャラクターにモノローグを語らせて、固めておくのもまあいいよ。みんなが理解できればいいと言うものでもない。一部の人しか理解できないというのも、また尊い事かもしれないよ? だからまた一握りの人が理解できればそれでいい。考えれば考える程、人間は狂気という幻想に取り込まれていくのだから。だから、あなたは「ちんちんー」と言って壊れていなさい。あたしが全部飲み込んであげるから。あなたの欲望を。そしてあなたは薄らぼんやりと虚ろな目をして、生きていけばいい。男はさ、頑張って働いて家族でも持って、子供でもつくって、生活していればいい。それ、さいこーよ。面白いよ。
 でもさ、あたし子供生むの嫌。

\chap 3
 冬目家の浴室、当然のごとく瑠璃子は統也を襲っていた。
 統也もすでにそれを楽しんでいて、本来性欲の盛りである彼らに、歯止めが効くはずもなかった。
「あぁぁぁ……、お姉ちゃん。お母さんいるのに、こんなこと出来るなんて……最高ぁぁ」
 風呂の壁に残響を残して、喘ぎ声が耳をキリキリさせる。
「……とーや、  ん       さしちゃって……はぁはぁ」
 浴室のドアを雛茶が空ける。
「……ら、統也ぁ~」という声が雛茶の耳に届いた。
 そして、雛茶は二人を見て固まった。
「……にやってるの、あなああなたた達達たいいた……」
 \Kana{残響}{エコー}は雛荼の声の意味をかき消す。
 別に、現実を見るのが怖かったわけではない。雛茶には、《それがなんであるか》認識することができず、すぐにはどうこうする事ができなかった。
 だが、女のカンとでも呼べるものが、雛荼に事実を認識させた。《そういうこと》だったのか?
 雛荼が次の言葉を口にするよりはやく早く、統也は逃げた。それは二人の約束だった。
 瑠璃子には、こういうときの為に、決めていた言葉があった。
「統也が……あたしをっ……」
 そんな馬鹿な。

\chap 4
 冬目一樹は懺悔していた。何に対して? 言いようのない挫折感。後悔だ。やっぱりあいつ、手を出していたのか。そうか、あいつは、つまり僕の子供だったと言うわけか?
 空に真っ赤なきのこ雲。違った、積乱雲だ。ミンミンと鳴く蝉。冬目一樹……「僕」の名前。
 スーツを着た僕がいつもゆく公園には、丸い鉄の塊や、木で出来た上下する棒や、椅子や、青いそらがある。手を交差させて横を見れば、椅子には、線の細い、青いスカートを穿いた少女が居る。彼女はいつもそらばかり見てる。薄手のTシャツを着て、そこにはこう書いてある。
''No Fair.''
 僕は砂場で三角形を作る。完璧な三角形を作る……。それが仕事だ。つまりそれが仕事だ。
「……なにやってるの?」
 気づくと、ベンチに座った、青いスカートの少女が、上……そらの彼方を見上げていた。
 声は彼女のほうから聞こえる。
「砂遊びさ」

「なぜしてるの?」

「それはね、僕が、会社を首になったから」

「『首』なると、お砂遊びをしなくちゃならないの?」

「そういう、わけじゃない。だけど」
 振り返ると、少女はこっちを見ていた。ここは寂れた公園だ。公衆トイレもないし、何もない。本当に何も無い。ただ、木陰に僕が脱いだスーツがある。砂場がある。他のものは、いらない。
「だけど美雪……? じゃあ僕はどうしたらいいと思う?」

「よくわかんないけど、美雪と遊ぼう」

「遊ぼうか?」

「どうして?」

「じゃあ、三角形を作ろう。正確な三角形を作ろう」

「つまんない、美雪は帰りたい」
 僕はためらった。どうしていいのか、僕にはもうわからない。だから三角形を作ろうと思う。
「……君の家は僕の家だろ」
 僕は、三角形を作る事にした。
 美雪は未だベンチで空を見上げたままである。
 いくら上を見上げても、彼女の目に空は映らない。
 なぜなら、彼女に目はないし、腕もないし、鼻の穴も片方しかないし、足はあるけどあまり動かない。体は中学生だけれど、知能は5歳児くらいしかない。
 けれど彼女には青いスカートだけがある。
 三角形はどんどん出来上がって小さい物は完成してしまった。
「美雪、つまんない」
 また彼女がぼそりとつぶやく。
 僕は作った三角形を美雪に触らせてやりたいと思い、美雪を抱いて砂場に戻ってくる。
「ほら、さわってみるといい」
「……これが三角形なの?」
 美雪は困惑した声を出す。
「わからない」
 嗚呼……。
「ねえ美雪? 今、どんな気分なんだ?」
 僕はたまらなくなって、訊いてみる。
「わからない」
 僕はどうしても、知りたかった。
「強いて言えば?」だから続けた。
「『しーていえば』がわからない」
 彼女は、美雪は……。
「何を考えてる?」

「……わからないも、わからなくなったらいいのにね」

          ◆
「結局私は一体なんなのよ最初はあなたの性欲の捌け口次はあなたの子守飯炊き?ペットの飼育係だとでもいうの結局あなたが瑠璃子を犯してたんじゃないの私が気が付かないと思ったの判らないとでも思っていたんでしょうねええ、そうでしょうねいいのよ一樹さん最初からあなたは言っていましたものね自分の娘に手を出すかもって笑いながらあなた言ってたもんねふふふだけどあなた私に誓ったわよねそう君が一番大事だとか言ってたわよね結局あなたは子供とセックスしたかっただけなのねしかもしかもしかもよよりにもよって統也まで瑠璃子に手を出してちがうってふざけんじゃないわよ私の瑠璃子がそんなことをするはずがないでしょうが責任取れ!!!!!!!!」
 お前もな。
          ◆
 一樹が瑠璃子を犯したのは、瑠璃子がまだ小学生のときだった。その時一樹は、痛みがまだ引かぬ風でいる自分の娘にお守りを渡した。痛かったよね、ごめんね、お父さん、いじめるつもりじゃなかったんだ。きっと、僕は狂ってるんだよ、ごめんね。一樹は繰り返した。だけど一樹はまったく、一滴の涙も流していないし、その後も、瑠璃子を繰り返し犯し続けた。
 一樹は娘に、瑠璃子に手渡した。三角錐の鉄片に、丸い頭がついた天使のマスコットだった。
 \Kana{自己欺瞞}{ジコ・ギ・マン}という名前のマスコットだ。
          ◆
「一樹、一樹、一樹、何をしているの。やめなさい、一樹、一樹、一樹」
 母親の声がする。
 そうさ、僕はロリコンだ。だけど何が悪いって言うんだ。恨むなら『神様』を恨んでくれよ。僕は物心付いたときから性欲があったし、子供の頃から女子が気になって仕方が無かった。僕だって、こんな体で生まれてきたくてきた訳じゃあないんだ。こんな頭を持って生まれてきたくてきたわけじゃあない。
 僕は保育園の帰りに、黄色い帽子の女の子を連れ出そうとして、そして母に怒られている。昔の記憶だ。だが、僕はその女の子を物置に連れ込んで暴行(つまり、殴る、蹴る、いじる、肉の壁などを傷つける)をして、オナニーをした。彼女はかわいそうに、処女を4歳で失ってしまったらしい。
「申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません……ほら一樹、あなたも謝りなさい、ほら、あ・や・ま・り・な・さ・い!」僕は自分の額が地面の細かい砂利を吸い込んでいくのを感じ取っている。つまりめり込んでいて血が出ている事。
 創世記三十八章九から十節
『しかしオナンは、その生まれる子が自分のものとならないのを知っていたので、兄に子孫を与えないために、兄嫁のところにはいると、地に流していた。彼のしたことは主を怒らせたので、主は彼をも殺した。』
 子供の頃よく言ったものだ。おお、偉大なる神様。僕は聖書など生まれてこの方トイレの紙にすら使った事がありませんが、この言葉を教えてもらう事がありました! 今度からは聖書のネタで何発抜けるか競争するのも悪くないと思います!
 そこで僕は小学校の時にはクラスの女子を男子20人とともにレイプした。教育なんとかという機関がその事件の発覚を恐れてすべてすべて『なかったこと』にしてくれた。誰も責任なんて取って生きちゃいないないんだ。
 僕は殺されたかった。あるいは羊のように殺されたかった。獣のように殺されたかった。自分を生んだものを恨んだ。故に神を恨んだ。神の存在を教えるものも恨んだ。すべてを恨んだ。
責任なんてどうやって取れっていうんだ。僕を生んだお前の、僕を見つめるあなたの無責任を俺は忘れない。だから僕は責任を放棄して生きていく事に決めた。
「あんたなんて生まれてこなければよかったんだよ」といった母親の言葉を忘れない。だから僕は「だったら\Kana{堕胎}{おろせ}ばよかったじゃないかよ、生まなきゃよかったんだよ」と言った言葉も忘れない。それが僕のたかだか六歳かそこらの時のセリフ。
 そうか、こんなに過去を思い出すのは、僕が死にいく今そのときだからなのだろうか? 別にいいんだ。しばらく耐えれば終わる事なんだ。すべて。すべて。すべて。
          ◆
 もう夕暮れ。辺りは段々に暗く沈んでゆく。
「わからないも、わからなくなるよ……美雪」
 僕は美雪の首に手をかけて、そっと、そっと、少しずつ力を加えていった。
 

\chap 5
 何も無い闇があった。もしくは見る者によっては、そこは白一色の世界でもあった。そこに黒いスラックスの……ズボンの《縦線》が麗しい『探偵』が、佇んでいる。
「語られうるべきことは語られた。目を見開く人よ、あなたの目はどこにあるのか……なんてな」

「Yシャツに、黒いスラックス。変なステッキを持った探偵……あいにくこの探偵は事件を解決してくれたりはしないのである、って言うセリフを言いたいと今おもったんです、ね、私」

「やあやあ、そうですよ……ええ、私、にはわからない、私も、私も、私もだ。そして神も感じられない、私、は五体一心満足ですが、故にすべてが不満足……謎を掛けても仕方がないか」
 私が話すとやや5メートル先にもう一人の私……つまり探偵と呼ばれるし呼ぶし呼んでいる私がいる、その私がいる。故にここでは『私』は複数形として『も』使わなければならない。何も無い闇であるから、そこに探偵がいる事も判る人にしかわからない。私が何人称なのか、そういうことも意味を成さない。『私』はあなたでもあるし彼でも君でも汝でもあるし、世界にあるすべての固有名詞でもある。
 この事件を振り返ってみれば不思議な事に気が付くかもしれない。この『事件』とでも呼ぶしかない一定の法則にのっとった精神の活動……その結果は、何の意図があってそこに存在しているのか、まったくわからないではないか。
「近親相姦もあった。冬目家も悪意もたしかにあった。しかしここで問題となるのは、細部ではなく、その大筋が何を表しているかではないかということだ」ふっと現れた私が私に言った。
「瑠璃子が生理が来ないのを偽装するために、股間をカッターで切ったとか、雛荼も統也に手を出していたのだとか、言われていない事実もあるが、そんなことはどうでもいい」「そんな事は初耳だが……」
 そしてつまり、私は、この細部をつなぎ合わせると何が出来るのか、それを知らなければならないわけか……、困った事に私は右の行へ、あるいは上の字に行く事が出来ないのだ。
「それならば先に進む他ないではないかっ、先に進めば答えがあるかもしれん」私が笑った。私も笑った。『私』たちが笑った。とぎれとぎれに笑った。
「進めば闇ばかりかもしれん」と私が言った。
「事件なら犯人がいるはずだ」私の中の誰かが言った。区別できないから私が言ったということでいい。
「つまり、最大のヒントは、この無間地獄の中の私を一人と数えたばあい、過去に『八人』の人物が存在したという事、それが最大のヒントだと……?」「何を今更自明の事を」「作為があるのはわかりきっているのに」「と、私が言っている」

「ご感想は?」と私が私に聞いた。
 闇の中、上の方で目が動いた気配があった。その目はしばらくの後にこの闇を去って行くようだった。

\bottom (終)

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