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夕方のロバ #15 終話

ロバが目を覚ました時
辺りはすっかり暗くなっていて
雲の隙間から月が見降ろしていた。

慌ててあたりを見回すと
潜水艦も、カエルの姿も
跡形もなく消え失せていた。

潜水艦があった場所には大きな広葉樹の木が佇んでいるだけで、
根元には名前も知らない、小さなキノコがいくつか生えていた。

ロバはカエルが帰ってくるのを落ち着かない気持ちで暫く待っていたが、
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「君は君で、元気で」

その時見た夢の中で、カエルを見た気がしたけれど
よく思い出せない。
ただ溶け残った雪のように
寂しさだけが僅かに残っていた。

ロバはまだ、自分が寝ぼけているのかと思った。
確かについさっきまで、目の前には銀色の潜水艦があったし、
それがどこに行くはずもなかった。
しかしあたりを見回してみても、そこには
月あかりに照らされた木々が、かさかさと鳴っているだけだった。

心細さも加わって、ロバの寂しさは徐々に大きくなった。
ロバは全てを失ってしまったような気がして
空を見上げた。涙が溢れないように。

その時、薄い雲の間から
小さな雨粒がはらはらと降ってきた。
柔らかい水滴が頬に当たるのを感じた。

『雨の降る夢を君は見るだろう。弱く優しい雨だ。』

ロバは風に言われたことを思い出す。
雨は霧雨になり、辺りを白く包み込んだ。
月明りの中を、雨はサラサラと舞った。

『ずっと降り続くように思うかもしれない。
でもいつか終わりがくる。
長い雨もいつか止むことになる。』

もう、夢も現実もロバには関係がなかった。
雨に濡れた地面を踏みしめ、固さを確かめてみる。

背中にはまだ、カエルが眠っていた時の感触が残っている。
目を閉じれば、潜水艦の銀色の船体がギラリと光ったのを思い出すこともできる。

『それでは、また会う日まで。』

ロバは山を下りることにした。
雨が止むのを待っているわけにはいかない。
優しく月明かりが照らす道を、ロバはゆっくりと歩き出した。
麓に着くのは明け方だろうか。

そして出発の準備ができたら、
南の島を目指さなければならない。

そこではきっとセミが、けたたましく鳴いていて、
うんざりした顔のカエルが生暖かい風に目を細めている。
ロバはカエルの寝言を思い出して、少し笑ってしまいそうになった。

ふと、風の声が聞こえた気がして、
ロバは足を止めた。

「僕は大丈夫。なんとかなりそうだ。」

声に出してみたけれど、
もう風の声は聞こえてこない。

たださらさらと降る霧雨の向こうに
昨日と同じ形の月が、ぼんやりと浮かんでいるだけだった。


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夕方のロバ 終


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