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29歳の私は、幼くて、脆くて、思ってたのと違った(笑)

先日無事に誕生日を迎え、29歳になった。時の流れの速さを実感し、恐れおののいている。そして、20代前半のころに思い描いていた30歳とは大きく乖離していることに改めて驚いている(笑)思ったより、幼いし、脆いし、はかないね、29歳って。

ハタチを迎えたとき、私は早く30歳になりたいと強く望んだ。20歳から見た30歳は、とーっても大人。今以上に経験を積んで人として厚みがあり、もっとパワフルに何か社会に対していいことをしていて、小さく喫茶店を開けるくらいのお金を貯めているんじゃないかなって思っていた。

が、実際そんなことは無かった。ごめんね、ハタチの私。

当時は貧困問題や社会問題に対する興味関心が強く、カフェのような空間が好きだった。だから、30歳以降の自分に期待をして20代では泥水を飲むような経験を沢山積んで、理想の私になっていよう、という決意をしたのだった。

実際に、就職活動では経験と思って敢えて「絶対無理、苦手!」って思っていたITに近い仕事を選んだ。バリキャリになって3年くらいで転職も経験してみようと思った。しかし、蓋を開けたら要領の悪い私は丸4年以上悪戦苦闘。人に恵まれていたこともあったし、自分の中で納得できなかったので転職もしていない。

思っていたのと違う!

その焦りを埋めるために、社外に居場所を求めて複数の学校に通い、外国人の方とのシェアハウスに住んで交友関係を広げてみたり、課外活動でバーに立つようになった。ようやく仕事でやりがいを見出せ、何とか全体像が見渡せてきたと思ったタイミングで部署異動。そしてその新しい事業部で丸2年が経過し、気が付けば年齢では立派なアラサーになっていた。

栄養をまったく考えない食生活と、自ら詰め込みまくるスケジュール。週末や夜間学校の学費に一気に切り崩した貯金、毎月出ていく出費。。。あらゆるプレッシャーから髪がどんどん抜け落ちて20代で女性AGE の治療を受けたこともあった。生理ちゃんは不定期訪問で、来てくれたらそれはそれで苦行。自分で自分の首を絞めていたことはわかっていたけれど、抜け出し方がわからなかった。理想や素晴らしく見える他人様の生き様との乖離から生まれる劣等感と、自己否定感のドブ沼に浸かり、たまの酸素補給を生きがいにするような20代を過ごしてきた。

でも、これはすべて自分で選んできた道で、20歳の私が望んだものでもあった。誰かに強要されたものではないのでいつでも辞めれたし、敷いてもらったレールの上だけを走ってきたわけでもない。しかし、結果としては20歳のころに描いていた30歳像とは全く違う自分ができあがりそうだ。

「自分を愛そう」「自分を認めてあげよう」
という言葉はとっても綺麗ごとのように思えて、20代の多くの時期は嫌っていた。そんなの言えるのって、一部のキラキラ系でしょ?って(笑)

でも今は、よくも悪くも自分に対してある種の開き直りは出てきたようだ。29年私として生かしてもらい、いろんな経験をさせてもらって、「もう、しょうがないね、ハイハイ」って思えるようになってきた気がするのだ。ちょっと。今、幸せですか?と聞かれたら、幸せだと思う。

20歳のころに思い描いていたぼんやりとした30歳の偉大なるイメージはことごとく打ち砕かれているけれど、歩んできた軌跡の中にある物語1つ1つが自分の人生になっているんだなって思ったら愛おしい。
改めて30歳という節目を目前に控えた今、私はあと300日程度の時間の中でどれほどの経験をし、変化を遂げていくのだろうか。後悔の無い1年を過ごしていきたい。

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